携帯大手、官製値下げから脱却へ 5Gと動画が救う

「昨年は本当に苦しかった。だが値下げによる減収幅は着実に減少している。2023年度上半期中には、通信料収入をプラスに反転させたい」
KDDIの髙橋誠社長は5月11日の決算会見でこう力を込めた。
菅義偉政権が実施した携帯料金の引き下げ圧力により、携帯大手3社のNTTドコモとKDDI、ソフトバンクは21年春以降、料金プランの値下げに踏み切った。値下げに伴う各社の減収は年間600億〜900億円弱に達し、業績悪化に苦しむ期間が続いた。値下げの影響が今後3年は続くとの見通しから、携帯大手3社の幹部から「魔の3年」とのコメントも飛び出したほどだ。
だが携帯大手3社はここに来て、この逆風を乗り切りつつある。ポイントとなる指標は、1契約当たりの月間平均収入である「ARPU」だ。値下げに伴って、減少傾向にあったARPUが下げ止まりつつあるのだ。
例えばNTTドコモの22年度通期のARPUは、期初の予想を110円上回る4050円となった。前年度比で100円減となるが、減少幅は縮小している。NTTドコモの井伊基之社長は5月12日の決算会見で「23年度にARPUを下げ止めにする。(値下げの影響で減益が続いてきた)コンシューマ事業を増益転換する」と断言した。
ソフトバンクの宮川潤一社長も5月10日の決算会見で、「ARPUの減少幅は弱まってきている」と話し、値下げの影響を脱しつつある点を強調した。
KDDIに至っては、ARPUが回復基調にあることから、ARPUと契約数の掛け算に相当するモバイル通信料収入について、23年度上期中に前年同期比でプラスに反転する見通しを示した。
業績回復をけん引するのが、高速通信規格「5G」契約の浸透と動画利用の拡大だ。契約者がより多くのデータ通信を使うことから、値下げの影響を上回るARPU増をもたらすようになってきた。
例えばNTTドコモの5G契約数は23年3月末に2060万件を突破した。NTTドコモの井伊社長は、5Gの浸透も後押しし「中大容量プランへの契約が拡大している」と話す。
調査会社のMM総研(東京・港)によると、23年1月時点のスマホ利用者の平均月間データ通信量は、通信量を把握していない利用者を除くと10ギガバイトを超えた。月間データ通信量が増えると、利用者はより高い料金プランへと移行するケースが多い。
実際、KDDIの髙橋社長は「5Gのユーザーは(4Gと比べて)2.5倍くらいのデータ通信を使う」と打ち明ける。
「5Gにキラーコンテンツがない、はウソ」
5Gの商用サービスが日本で始まって早3年が経過した。利用者からは「5Gのメリットを感じられない」という声も目立つ。
だが、KDDIの髙橋社長は「『5Gにキラーコンテンツがない』という意見は間違っている」と断言。5Gのキラーコンテンツは「動画」である点を強調する。
「動画というと配信サービスのイメージが強いかもしれないが、若い世代はTikTok(ティックトック)など様々な動画関連サービスを使っている」(同)
昨今は、SNS(交流サイト)などで動画が再生されるケースも増えてきた。米調査会社のニールセンによると、22年9月時点で30代以下のユーザーのうち、実に62%がSNSで動画を視聴しているという。
各社は、動画サービスの拡充に動く。例えばKDDIは5月9日、auやUQモバイルの契約者向けに、動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」を1カ月無料で提供するサービスを発表した。利用者の動画利用を促し、ARPUが高い大容量プランへと誘導する狙いだろう。
携帯大手3社はここ数年、値下げの影響で通信事業の業績が悪化したことから、金融・決済などの非通信分野や法人分野を成長領域として位置づけて注力してきた。5Gと動画の浸透で通信事業が復調すると、各社は成長領域へとさらに手厚い投資ができる余力が生まれる。
ソフトバンクは5月10日の決算会見で、中長期戦略として日本各地に分散型のデータセンターを設置する考えを示した。KDDIもJR東日本と組み、高輪ゲートウェイ駅(東京・港)を中心とした大規模なスマートシティーの開発に取り組むと発表した。
「魔の3年」を乗り越えつつあるNTTドコモとKDDI、ソフトバンクの携帯大手3社。23年の通信市場の競争は新たなフェーズへと突入する。
(日経ビジネス 杉山翔吾)
[日経ビジネス電子版 2023年5月22日の記事を再構成]
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