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共同体型の人事は変わるか 日立、全社員ジョブ型雇用に

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

日立製作所が7月にも「ジョブ型雇用」を本体の全社員に広げる方針を決めました。ジョブ型を検討している日本企業は増えています。欧米や中国の企業ではかねて基本的な雇用形態ですが、なぜいま日本で求められるのでしょうか。普及するのでしょうか。グロービス経営大学院の金子浩明教授が「7S」の観点で解説します。

組織支える7つの要素

7Sは米マッキンゼー・アンド・カンパニーのトム・ピーターズ氏とロバート・ウォーターマン氏が提唱した枠組みで、組織がうまく機能するためには「7つの要素」を調整し、相互に強化する必要があるという理論に基づいています。7つの要素は主に組織の構造やルールに関する「ハードのS」と、人に関する「ソフトのS」の2つに分けられます。

7Sのうち、ジョブ型雇用は人材(Staff)、ジョブ型雇用に基づく評価や報酬制度はシステム(System)です。この2つが変われば、社員に求められるスキル(Skill)やリーダーシップのスタイル(Style)、組織構造(Structure)の調整が必要になります。会社によっては価値観(Shared value)の見直しを迫られます。つまり、7Sのほぼ全てで再調整が必要になるということです。

適所適材と適材適所

ジョブ型雇用では雇用契約に役職(ポスト)とセットで労働者が遂行すべき職務(ジョブ)が明記されています。企業は戦略の実現に必要なポストとジョブを定めた上で、それに適した人材を探します。いわば「適所適材」の雇用制度です。報酬はジョブごとに定義され、勤続年数によって賃金が決まるようなことはありません。

また、社内で職務を遂行する際の汎用的な能力「職能」を基準とした等級制度から、「職務」を基準とした等級制度(ジョブ・グレード)に変わります。なお、アメリカには日本のような新卒一括採用の慣習がなく、新卒もジョブ型雇用です。

これに対して、日本企業は「適材適所」の雇用制度が一般的です。ジョブありきではなく、人ありきの制度で、「メンバーシップ(会員)型雇用」と呼ばれています。主にホワイトカラーの正社員は新卒一括採用で「総合職」として入社し、定期的な人事異動によって様々な職務を経験します。自分が担当していた職務が無くなったからといって解雇されません。報酬は能力が重視され、在籍年数(年功)も反映されます。そして、多くの社員は定年まで勤め上げます。

「共同体型」の起源

なぜ日本と欧米でこのような違いが生まれたのでしょうか。よく言われているのは戦後の人手不足です。1950~70年代の高度経済成長期は働き手が不足し、企業は職務経験がない学生の「青田買い」を行い、採用後に社内で教育するしかなかったという理由です。しかし、欧米諸国もこの時代は好景気で人材が不足していました。

日本固有の事情があるとすれば、会社が「共同体」としての役割を担ったことです。共同体とは血縁や地縁、友情などに基づき自然と形成された集団で、人間関係が重要視されます。内部のメンバーは行動規範や価値観、習慣などを共有しています。日本のイエ(家)やムラ(村)が典型です。一方で、企業は利害関係を中心に編成され、人間関係よりも機能を重視した利益集団です。これらは7Sのスタイル(Style)、システム(System)、価値観(Shared Value)と深く関係します。

なぜ、日本企業は共同体的になったのでしょうか。その背景は20世紀の近代的工業化にあります。工業化社会になり、地縁や血縁、身分などの共同体から離れて暮らす人が増えました。こうした人々は古い慣習からは解放されたものの、共同体のセーフティーネット(安全網)に頼れなくなりました。社会学者スコット・ラッシュ氏によると、そこで共同体の役割を担ったのが、ドイツでは「職業」(専門職集団)、日本では「企業」でした

ドイツだけでなく欧米では職業を軸とした互助組織が共同体の役割を担い、それが現在のジョブ型雇用につながります。米国では教会を中心とした共同体やタウン(地域社会共同体)の仕組みが発達しており、会社に共同体を求めない人が多かったという背景もあります。

日本型経営で躍進

日本企業は現代においても共同体の色が濃いです。特に歴史ある企業では顕著です。ただし、このメンバーシップ型の雇用には多くのメリットもあります。まず、役割に縛られず関連部署や階層を越えた緻密なすりあわせが可能です。担当の業務が無くなっても他に様々な持ち場があるため、定期的な人事異動を通じ、社員は解雇を心配せず安心して「社内スキル」の向上に専念できます。会社としても社員が定着しやすいため、安心して教育への投資ができます。

メンバーシップ型の関係は取引先や銀行との間にも見られてきました。企業間の契約は「関係性」を重視する節があり、その典型が系列取引です。メンバーシップ型雇用は会社主導の定期人事異動が可能なため、金融機関や取引先への出向も定期的に実施できます。その結果、関係者の間で豊富に情報を共有でき、ビジネスの効率を高められました。こうした「日本型経営」が戦後の日本企業の躍進を支えました

外部環境が変化

しかし、2000年代に入った頃から日本型経営は見直すべきだという論調になっていきました。外部環境が大きく変化したからです。それ以前から英米を中心に機関投資家ら株主の発言力が強くなり、企業はより高い「稼ぐ力」を求められるようになりました。海外の総合電機メーカーでは米ゼネラル・エレクトリック(GE)が事業の選択と集中を強化しました。不採算事業から撤退し、成長事業にシフトすることで企業価値を高めるためです。

独シーメンスは2000年代に入り、事業売却や買収によって事業構成を大きく変え、収益力を高めました。これは当時のシュレーダー政権によるコーポレート・ガバナンス制度の改革が影響しています。

事業ポートフォリオの組み替えや、事業の価値そのものを変えるような大変革を行おうとした場合、ジョブ型雇用の方が有利です。なぜなら、新たに必要になったジョブは社内外から人材を募り、不要になったジョブは廃止することで、7Sにおける経営戦略(Strategy)と人材(Staff)・スキル(Skill)を短期間で適合させられるからです。日立製作所はシーメンスと同様に製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しており、メンバーシップ型雇用のままでは成長領域で競合に負けてしまうと判断したのでしょう。

移行にはハードル

ただし、企業がジョブ型雇用に移行するにはいくつかのハードルがあります。それを越えない限り、名ばかりの施策に終わってしまいます。ひとつは新卒一括採用との整合性が取れないことです。新卒採用もジョブ型にしない限り、最初の配属は人事主導で決めることになります。そうなると、社員の「キャリア自律」の意識が高まらず、ジョブ型が機能しにくくなります。

もうひとつは、人事部や経営陣が人事権を手放すことの難しさです。ジョブ型雇用では人事部だけでなく経営幹部の人事権が大幅に制限されます。会社主導で異動させられるのは、職務記述書(ジョブディスクリプション)の範囲内だけです。これまでの人事異動は「あの人が欲しい」「あの人は出せない」といった上層部や人事部の意向が大きく影響しました。個人の意向よりも組織の意向が優先されました。

そのため、ジョブ型に移行すると一時的に組織の変化対応力が落ちる可能性があります。耐えきれずに会社主導の人事異動を断行すると、ジョブ型雇用の理念が根幹から崩れてしまいます。また、社員のキャリア意識が受け身のままだと、必要な人材を社内で動員することが難しくなります。これらは、7Sのスタイル(Style)、システム(System)、スキル(Skill)の不整合です。

共同体型の人事慣行は社会・経済の発展の歴史や学校制度とも絡まり合っており、一朝一夕でジョブ型に変えられるものではありません。そのため、今後は折衷型の「日本型ジョブ型雇用」が生まれる公算が大きいです。うまくいくかどうかはわかりません。いずれにせよ、ビジネスパーソンは自身のキャリア開発を会社任せにせず、自ら切り開く姿勢がこれまで以上に求められることは間違いないでしょう。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社、教育研究部門のディレクター・主席研究員などを務めた。科学技術振興機構(JST)プログラムマネージャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「7S」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/27e8d9eb (「GLOBIS 学び放題」のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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