ダース・ベイダー? 研究者も賞賛、アリの顔を超接写

世界に1万5000種がいると言われるアリ。その容姿も生活スタイルも様々だ。
サハラギンアリ(Cataglyphis bombycina)は、北アフリカの熱い砂の上を秒速85センチという猛烈なスピードで走り回る。人間の大きさに当てはめると、なんと時速640キロ以上に相当する。
「アリ界のダース・ベイダー」とも呼ばれているのが、ナベブタアリ属の一種ジャイアント・タートルアント(Cephalotes atratus)。南米の熱帯雨林に生息し、大きく扁平な頭を利用して木から木へ滑空することができる。

ハキリアリの仲間は、葉っぱを切り集めて地下でキノコを栽培する。人類が登場するはるか昔から「農業」を営んでいたのだ。そのなかには、外骨格が鉱物の「よろい」に覆われたハキリアリもいる。
写真家のエドゥアルド・フロリン・ニガ氏は、これらの他にも様々なアリの肖像を、新著『Ants: Workers of the World』(アリ:世界の働き者)に発表した。ニガ氏は作品を通じて、私たちの身近にありながら普段は目に見えないミクロの世界を、誰もが見られるようにしようと試みた。
「私が最初に魅了されたのは、このミクロの世界が自分の目の前で生命を宿すことでした」とニガ氏は話す。しばらく見ていると、「アリの社会が、人間のそれよりはるかに洗練され興味深く、いかに驚くべきものであるか」に気づいたという。
ニガ氏が撮影したアリの「顔写真」は、昆虫学者でさえ見たこともないような細部を描いており、新たな発見をもたらしている。
「エドゥアルドの写真は、私にとってまったく新しい世界への扉を開いてくれました」と話すのは、ニガ氏の協力者であり、ドイツでアリを研究しているロジャー・シュトロートマン氏だ。「彼の仕事がなければ、私は形態学的な詳細についてこれほど多く知ることはなかったでしょう」


「目はどこにあるの?」
ルーマニアの地方で育ったニガ氏は、子どもの頃から昆虫が好きだったが、その興味が再燃したのは数年前のある出来事がきっかけだった。英ロンドンの公園で、アリを見た娘に「アリの目はどこにあるの?」と尋ねられたのだ。
ニガ氏はうまく答えられなかった。そこで、ルーマニアで警察官をしていたころに身に付けた写真撮影の技術を、久しぶりに発揮することにした(ニガ氏は現在、ロンドンで英語と数学の教師をしている)。
今なら、娘の質問に自信を持って答えることができる。なかにはグンタイアリのように、ほとんど目が見えず、嗅覚と触覚で進路を知るアリもいる。逆にメダマハネアリ(Gigantiops destructor)のように、大きな目が頭の大部分を占めているようなアリもいる。この大きな目は、アマゾンの熱帯雨林を跳ね回りながら、エサとなる花の蜜や小さな節足動物を探すのに役立っていると考えられる。サハラギンアリは、前額部の中央にも光を検出する3つの「目」を持っている。

超接写でわかったこと
これらの超接近写真を撮るために、ニガ氏はアリの頭部を部位ごとに撮影する装置をロンドンの自宅に作り上げた。1つの頭部の写真を完成させるために、ときには最大20倍の倍率で1000枚以上の写真を撮ることもある。通常、撮影に使うのは死んでいるアリだが、生きていたときの姿に近づけるため、乾燥した標本を水で戻してから撮影することもある。標本は世界中にいる数十人の協力者から、通常は郵便で送られてくる。
すべての写真を撮り終えると、編集ソフトを使ってそれらをつなぎ合わせる。結果に驚かされることも多いと氏は言う。例えば、あまり派手だとは思っていなかったトゲアリ属(Polyrhachis)のアリは、高倍率の画像を見ると、ちらちらと光る金色の毛で覆われていることがわかった。
アリの研究者で、本書の文章を担当したエレナー・スパイサー・ライス氏は、多くのアリが玉虫色で光沢のある金属的な外骨格を持つことに驚いたと言う。この色合いが、捕食者の目をごまかすのに役立つのではないかと考える科学者もいる。


アリを鑑賞するために遠くまで出かけていく必要はないと、スパイサー・ライス氏は言う。アリは世界中に1万5000種以上もいるため、自宅の裏庭や歩道の下で魅力的な種に出会える可能性も高い。
例えば米国東海岸にいる「奴隷使役アリ」の一種は、他の種のさなぎを盗んで育てる。こうすることで、エネルギーを費やして幼虫を育てることなく、ただで労働力を手に入れるのだとスパイサー・ライス氏は説明する。「舗装アリ」と呼ばれる一部のシワアリ属(Tetramorium)は、世界各地の都市部のコンクリートの下などで暮らしており、春には激しい「戦争」を繰り広げる。
「人はたいがい、自分にとって迷惑な種のことしか気にかけませんが」とスパイサー・ライス氏は言う。「世界には大変多くの種のアリがいて、どれも驚くべき習性をもっているのです」





(文 DOUGLAS MAIN、写真 EDUARD FLORIN NIGA、訳 山内百合子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年12月8日付]
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