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「0円」廃止の楽天モバイル 顧客に提供すべき価値とは

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

楽天グループが月間1ギガバイト(GB)まで0円だった携帯料金体系を廃止するとのニュースが大きな話題になりました。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、マーケティングの「価格戦略」「カスタマージャーニー・マップ」の観点で解説します。

0円サービスが成り立つ理由

価格戦略(Price)は製品戦略(Product)、コミュニケーション戦略(Promotion)、チャネル戦略(Place)と並んで、マーケティングミックスを構成します。これら4つの要素は、俗に「4P」と呼ばれます。仮に他の3つの要素が適切だとしても、価格が高すぎたり安すぎたりすると、売れなかったり売れても利益が出ないといえます。

そして一般に価格戦略に影響を与えるのが図に示した3つの要素です。製品・サービスが十分に差別化されており、かつニーズが高ければ、図のカスタマーバリューに近い高価格を実現できる可能性が高まります。一方で、競合との差別化ができなければ価格競争に巻き込まれ、利益はほとんど出なくなります。そして原価割れするようであれば、そのビジネスは止めるのが一般的です。

こうした一般論はあるものの、あえて価格を戦略的に原価以下の0円とすることもあります。楽天の月間1GBまで0円もそのひとつです。では価格を0円にするケースとはどのようなケースでしょうか?

最も典型的なのは広告モデルです。民放のテレビ番組やYouTubeなどがこれに該当します。無料でコンテンツを提供する一方で、多くのユーザーを集めることで広告機会を作り出し、広告スポンサーからお金を得るわけです。

フリーミアムという方法もあります。これは通常のサービスは無料で利用できるものの、特別なサービスを利用する際には課金するというものです。ソーシャルゲームのアイテム課金やLINEのスタンプなどがその典型です。うまく制度を設計すれば大きな収益につながるということで、今世紀に入ってから多用されるようになりました。

ではもともと楽天の0円プランはどのような意図があったのでしょうか。楽天グループはいまやコングロマリット(複合企業体)とも言えるほど、多数の事業を傘下に抱えています。Eコマースはもちろん、金融、カード、トラベル、動画等々が含まれます。いわゆる楽天経済圏です。

0円プランそのものでは当然利益は出ません。コストはかかりますし、地域によっては回線を借りているKDDIに手数料を支払う必要があるからです。それでも月間1GBまで0円という価格設定で、新規のユーザーを楽天経済圏に引き入れる誘因とするのが当初の狙いだったと思われます。

このタイミングで止める理由

ではなぜこのタイミングで0円を止めるのでしょうか? 一番大きな理由として、モバイル事業の赤字負担の重さがあります。楽天グループの2022年第1四半期決算はEコマースなどの他事業が比較的順調に利益を出している一方で、モバイル事業の赤字は前年の21年第1四半期の975億円の赤字から、1350億円の赤字へと拡大しました。楽天は23年中にモバイル事業の単月黒字を目指しているとされますが、やはり収益構造を変えない限り、それは実現できないと判断したわけです。

三木谷浩史会長兼社長は「ぶっちゃけ、0円でずっと使われても困る」とコメントしたとされます。経営者としては本音が出たといえるでしょう。広告モデルやフリーミアムなどの課金モデルとは異なり、楽天の0円プランはやはり半永久的に続けられるものではありません。いずれ有料にすることは想定内ではあったでしょうが、それがこのタイミングと判断したものと思われます。

なお今回の改訂にあたっては、当初は最低980円の新料金プラン(Rakuten UN-LIMIT VII)と並行して、0円の旧プランも当面は継続させたい考えだったようですが、電気通信事業法に抵触するということでそれは諦めたとされます。仮にそれをやっていたとしても、どこかのタイミングで結局有料化へと舵(かじ)を切らなければいけなかった可能性は高いでしょう。

この報道を受けて、楽天グループの株価は一時10%値上がりしました。少なくとも市場はこの動きを好材料視したのです。

一方で、ユーザーサイドからは辛口のコメントが多数寄せられました。一時期は「楽天解約」という言葉がツイッターのトレンド入りしたほどです。彼らの声はおおむね以下のようなものです(ツイッターやニュースサイトのコメントなどから)。

「いままでは2台目として1GBを超えないように慎重に使ってきたが、有料になるなら解約する」
「高齢の母は通話しかしなかったので重宝して使っていたが、有料となるなら乗り換えを勧めざるを得ない」
「都内でさえしばしば切れることのある現在の通話品質であれば、当然他のキャリアに乗り換える」

実際、この発表があってから、他のキャリアに乗り換えの相談が多数寄せられているとの報道もありました。0円につられて楽天モバイルを利用していたユーザーがある程度離反していくのは避けられない流れと言えそうです。

楽天が提供すべき価値とは

さて、新料金プランでは3GBまでは980円(税抜き)となりました。価格そのものはまだ十分競争力があるという見方もありますが、競争相手も強い中、楽天はモバイル事業を軌道に乗せるうえで今後どのような価値を顧客に提供すべきなのでしょうか?

言うまでもなく、現代は体験価値(経験価値)マーケティングの時代です。理想論としては、あらゆるタッチポイントにおいて顧客に好ましい体験を提供することが、選ばれるうえで必要になります。

楽天の場合、その第一歩となるのは通信品質の向上でしょう。すでに楽天モバイル回線の4G人口カバー率は97%程度となっていますが、途中で途切れることがあるなど、通信品質が高いとはまだ言えません。これは設備投資次第ですが、モバイル事業のコアであるこの部分をまずはしっかり強化することが必要でしょう。

2つ目は他の楽天グループのサービスとの連携強化です。これは実際に楽天が強化を打ち出しています。たとえば新プランでは楽天市場での買い物に対する楽天ポイントの付与が最大6倍になります。また、動画サービスであるNBA Rakutenは月額990円が一定の無料期間の後、550円となります。これは筆者のようなNBAファンにはうれしい話です。その他にも、まだまだ特典をつける可能性もあります。

楽天証券や銀行といったビジネスとの連携も出てくるかもしれません。この部分が充実すれば、3GBまで980円となっても、顧客には十分にお釣りが来るでしょう。もともと20GB超はデータ容量無制限で2980円ですが、これは据え置かれます。連携サービスが充実すれば、ユーザーにもよりますが、十分に競争力のある価格と言えるでしょう。

一番の課題は、顧客とのリレーション、とくにコミュニケーションかもしれません。顧客体験価値マーケティングでは、図に示したようなカスタマージャーニー・マップを作成することで、あらゆるタッチポイント(接点)における満足度向上を目指します。とくに「真実の瞬間」と呼ばれる、顧客の満足度に大きな影響を与えるタイミングでの満足度向上は最重要事項です。

ただ、今回の新プラン発表には、ユーザーから多くの不満が寄せられました。たとえば以下のようなものです。

「法律を理由に0円プランを廃止したというが、法の精神に照らせばこじつけのように感じる」
「こんな重要な案内が、直接伝えられるわけではなく、報道によって知らされるのは違和感がある」
「店頭ではしばらくは0円と言って勧誘していたのに、こんなに早く有料化されたことには不信感がある」
「三木谷さんの会見は正直もっと他の言い方があるのではないかと感じた」

こうした声は、今回の0円プランユーザーのみならず、元からの有料ユーザー、あるいは他の楽天グループのサービスのユーザーの間からも少なからず聞こえてきます。

スピードが極めて速い業界とはいえ、他のサービスに関するものも含め、より丁寧かつスマートなコミュニケーションを行うことで、顧客のライフタイム全体を通じて満足度、顧客ロイヤルティーを上げることが楽天グループ全体の課題なのかもしれません。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「価格戦略」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/115c84fb(GLOBIS 学び放題のサイトに飛びます)

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