値上げラッシュで踊らぬ消費 インバウンドは力不足

日銀が「安定目標」として掲げてきた物価上昇率2%。その壁を、いとも軽々と上回った――。
2022年11月の消費者物価指数(CPI、生鮮食品を除く)は前年同月比で3.7%上昇。40年11カ月ぶりという記録的な伸び率となった。ただ、経済成長とともに物価が上がってきた40年前とは状況が大きく異なる。資材の高騰や円安の進行といった外部環境の影響を受け、食品やエネルギーの分野で価格転嫁が急速に進んでいるのだ。
空前のコスト高に、多くの企業は自助努力で立ち向かおうとした。しかし、それもままならない状況になり、価格改定の波が押し寄せている。
値上げラッシュに賃上げ追いつかず
特に食品や飲料の値上がりは激しい。例えば、大塚製薬は23年2月、栄養補助食品「カロリーメイト」を発売から40年で初めて値上げする。江崎グリコは菓子「ポッキー」を前回から半年足らずで再値上げする。サントリーはウイスキーやワインなどの店頭価格を最大3割引き上げる。
帝国データバンクの調査によると、23年に予定される食品の値上げは、主要105社だけで既に4000品目を突破。23年2月に再び「値上げラッシュ」が起きる。


物価上昇に賃上げは追いつかない。CPIと実質賃金指数の推移をグラフにすると、この傾向が鮮明に浮かび上がる。

食品スーパーでは既に消費の変調が表れ始めている。埼玉県を地盤とするヤオコーでは、前年比で来店客の買い上げ点数の減少が続く。物価高で消費者の財布のひもが固くなり、買い控えが広がっているからだ。
一方、同社では電気代の高騰により水道光熱費が年30億円増える見通しで、22年4~9月期は12年ぶりの減益となった。ヤオコーだけではない。スーパー各社は軒並み同様の理由で減益決算を強いられている。
デロイトトーマツグループの渡邉知志パートナーは「(消費者の)低賃金と円安(によるコスト高)のトレンドを抜け出せない限り、小売業はかなり厳しい。高所得者にシフトしたビジネスを広げるなど、成長の機会を模索すべきではないか」と語る。
消費者の節約志向が高まる一方、商機が広がっているのはプチぜいたく需要だ。「コロナ禍で我慢を強いられてきた分、特別な体験への消費意欲が高まっている」と同グループの三宅佐衣子パートナーは語る。百貨店の外商部門も40代以下の顧客が増えているという。普段は支出を抑えながら、ここぞというときにお金を使う「メリハリ消費」が定着し、消費の選別がさらに加速する。
行動制限の緩和や、政府の観光促進策「全国旅行支援」の開始に伴い、人の流れは増加傾向にあるが、「コロナ禍前にはもう戻らない消費もある」と語るのは、ニッセイ基礎研究所上席研究員の久我尚子氏だ。
テレワークが浸透し、人々の生活様式は様変わりした。「出張が減り、会食も必要最低限に絞られた。特に2次会需要は相当消えた。若い世代を中心にアルコール離れも一層進んだ印象だ。仕事着がカジュアル化し、スーツなどオフィス関連のアパレルは難しい状況が続く」(久我氏)
ニッセイ基礎研究所は、政府による物価高対策もあり、CPI(生鮮食品を除く)の伸び率は23年中に2%台へ低下するとみるが、依然高水準には変わりない。賃金が増えなければ、家計の購買力は低下する一方だ。
頼みの綱はインバウンド(訪日外国人)需要の回復である。コロナ禍による入国制限でほぼゼロになったインバウンドが、制限の緩和によって、ようやく戻り始めている。
パレスホテル東京(東京・千代田)では22年11月、外国人の宿泊比率が6割を超えた。欧米からのビジネス客が3~4泊するケースが多い。同ホテルはコロナ禍前から欧米客を中心に、外国人比率は7割程度を占めていた。日本への個人旅行が解禁され、3年ぶりに訪れるリピーター客の姿が目立っているという。
訪日客数、コロナ前の水準には遠く
しかし全体を見渡すと、まだ完全復活には程遠い。日本政府観光局の推計値では、22年10月のインバウンド客数は49万8600人、同11月は93万4500人。回復基調にはあるが、コロナ禍前の19年10月(249万6568人)、同11月(244万1274人)と比べると、大きな開きがある。
実際、位置情報分析サービスのクロスロケーションズ(東京・渋谷)に依頼し、東京、大阪の繁華街を訪れたインバウンド客数を集計してもらったところ、22年9~11月の3カ月間の合計数は19年の同期間比で渋谷11.8%、秋葉原10.3%、銀座9.7%、梅田9.5%、浅草6.6%、心斎橋6.4%といずれも低調だった。

最大の要因はゼロコロナ政策によって出入国が管理されている中国からの観光客が戻っていないことだ。
パレスホテル東京のようにもともと欧米客が中心であれば気をもむ必要はないが、コロナ禍前の日本は中国人客に頼り切っていた。19年はインバウンド客の約3割が中国から訪れ、中国人客によるインバウンド消費額が全体の約4割を占めていた。
全国旅行支援を追い風に、国内客のホテル需要は回復傾向にある。海外客も戻り始めているため、「中国人旅行者が戻らなくても、短期的には19年の需要を上回る場面も出てくる蓋然性は高い」(ホテル専門の米調査会社STRの桜井詩織マネジャー)。しかし「中長期目線では中国人旅行者なしでの国内総旅行需要の回復・成長は現在より鈍化する」と桜井氏はみる。
中国はゼロコロナ政策を緩和し始めているが、諸外国との往来を解禁する"開国"はまだ見通せない。岸田文雄首相は22年10月の所信表明演説で、インバウンド旅行消費額を年間5兆円超まで増やすと表明したが、目標達成への視界は開けていない。
東京財団政策研究所の柯隆主席研究員が語る

さらに中国人民銀行(中央銀行)の2トップ、郭樹清氏と易綱氏も辞めます。素人がつかさどることになる中国経済は、かなり不確実性が高くなるでしょう。
そんな中で外資のサプライチェーン(供給網)再編は加速度的に進みそうです。米国が22年10月に決めた対中国の先端半導体技術の輸出規制は厳しい。最もレベルの高い半導体の製造工程は日本や東南アジアなどに移さざるを得ません。中国経済を押し下げるマグニチュードは相当大きいです。
中国はバブル崩壊の入り口に立っているのでしょう。不良債権も増えています。「理財商品」という投資信託のような金融商品などでデフォルトが増えると家計のバランスシートの崩壊が起きます。23年以降は要注意です。
もともと中国は貯蓄率の非常に高い国でした。ところが、不動産を賃貸ではなく買う志向が強いので、最近は家計の負債比率が上がっています。家計が過剰負債を抱えると、個人消費を抑えてしまう。不安要因として見ておかないといけません。
半面、中国では(1に近づくほど所得格差が大きいことを示す)ジニ係数が0.47(世界銀行の推計)と、あり得ないぐらい高い。富裕層は「ソニー」ブランドの4K、8Kのテレビを買いたい。米アップルのスマートフォン「iPhone」も依然としてたくさん売れます。ドイツの「メルセデス・ベンツ」や「BMW」「アウディ」といった高級ブランド車も人気です。
二極化した中国の消費市場で日本企業に問われるのはブランド力。例えば資生堂などのハイグレードの消費財は好かれます。収入が不安定な一部の人たちが、「SHEIN(シーイン)」(編集部注:中国版ユニクロとされる新興アパレル企業)を買う動きはありますが、メインストリームは「質」です。アップルの高級路線は正しい。日本企業も技術力からすれば十分に勝てるはずです。
トータルで見れば、中国経済がマイナス成長に陥る可能性は小さい。外資が得意とする高級品・サービスについてはなお大きな市場があります。さらに、これからは中国国内だけでなく、海外にいる中国人を含めたグレーターチャイナ(中華圏)を見ることが必要でしょう。「華僑」や「新華僑」の大きなネットワークが消費市場として想像以上に強いのです。
例えば、英国のロンドンやマンチェスターの有名私立小学校には、空席がない状態になっています。21年に香港が締め付けられた結果、多くの中国人が移住して子どもをこうした学校に入れているのです。
消費というのは最終的には情報の伝達がポイントです。英国にいる中国人、カナダにいる中国人が買って、インターネットを通じて意見交換をすると、あっという間にグレーターチャイナに通じます。この経済圏のネットワークにアクセスできるかどうかが、これからの日本企業、多国籍企業にとって一つの決め手になるでしょう。(談)
(日経ビジネス 酒井大輔)
[日経ビジネス電子版 2022年12月22日の記事を再構成]
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