リアル店舗も進化する ECに負けない5つの試み

実店舗を展開する小売りは岐路に立っている。
実店舗は不可欠な存在であり、米小売売上高に占める割合は約85%に上る。
だが一方で、伸びが減速しているとはいえ、ECの割合は新型コロナウイルスの感染拡大前を上回っている。対話アプリで商品を購入できる「チャットコマース」や仮想空間などのテクノロジーにより、デジタルショッピングは没入感が増し、一段と円滑になっている。さらに、多くの小売りは店舗の選択と集中を進めている。例えば、米薬局大手CVSヘルスは2024年までに900店を閉鎖する。米アマゾン・ドット・コムは22年3月、食品以外の既存店を全て閉めることを明らかにしている。
それでもなお、実店舗の改装や新たな形態、新規出店は業界幹部の会話で重要な位置を占めている。実際、各社が直面している足元の課題により、明確な目的を持って周到に実店舗に投資する重要性はこれまで以上に高まっている。

店舗を改装して既存資産をもっと有効活用する手段を見いだすのも一つの策だ。例えば、米小売り大手ウォルマートの21年の店舗改装費は33億ドル(約4300億円)で、18年比で52%増えた。今のペースが続けば、22年の改装費は前年比20%近く増える。米ディスカウントストア大手ターゲットも23年に200店を改装する計画だ。
一方、全く新たな店舗形態に乗り出し、対面での買い物体験をさらに向上させようとしている小売りもある。こうした企業は買い物客が来店したくなる明確な理由や購入したくなる最適な体験をもたらすために、新しいレイアウトやサービス、品ぞろえ、テクノロジーに着目している。
ワクワク感があり効率的で、かつ生活に欠かせない店をつくることで、実店舗での買い物体験のレベルを引き上げている5つの新たな試みを紹介する。
・専門知識を生かした体験
・オムニチャネル(店舗とECの統合)ネーティブ
・ショップ・イン・ショップ
・小型店
・特化型店舗
これらの形態はスタッフの教育をさらに徹底する必要性と、意思決定の土台としての顧客データの重要性を強調している。
テクノロジーシステムはこうした新たな形態を推進する基盤になる。
専門知識を生かした体験
専門知識を生かした体験とは何か
小売りは顧客との対話をさらに重視し、サービスに力を入れた店舗をオープンしている。この形態では来店客に専門的な体験やアドバイスを直接提供する。この質の高いサービスの目的は集客だが、この「体験」には小売りのブランドメッセージの体現というリアルのマーケティングの役割もある。
この分野の中心的存在
スポーツ用品店は特に専門知識を生かして店舗を運営している。
米スポーツ用品大手ナイキは18年、中国の上海と米ニューヨークにサービスと体験に力を入れた旗艦店「ハウス・オブ・イノベーション」を初めて出店した(20年にはパリにも出店した)。この店舗の売りはトレーニングやスタイリングのアドバイスを受けられる予約制の「エキスパートスタジオ」や、没入感の高い新商品の展示、シューズを集めた「スニーカーラボ」、オーダーメード商品だ。20年に中国にオープンした地域密着型の小型店「ライズ」では専門家によるレッスンやアドバイスを受けられるほか、スナックバーを併設している。22年11月には米フロリダ州マイアミにライズの北米1号店がオープンした。
次の展開
・スタッフの教育や接客を支援するテクノロジーに弾みがつく。専門知識を生かした店舗ではスタッフの教育とスキル開発が一段と重要になるからだ。
・店舗とオンラインの体験の統合を求める消費者の期待に応えるため、オムニチャネルのクライアンテリング(顧客との関係を深める)ツールなど店舗外での「専門的な」関係を支援するプラットフォームが不可欠になる。
・専門知識を持つスタッフは特定のコミュニティー内で影響力を持つ「マイクロインフルエンサー」やマーケターになる力を持つようになる。このため、チャットコマースなど1対1のマーケティングが重要になるだろう。
オムニチャネルネーティブ
オムニチャネルネーティブとは何か
小売りはオムニチャネルショッピングを新たな形態にもともと備わる機能と位置づけ、デジタルショッピングツールなどのテクノロジーを(既存店に後付けするのではなく)最初から組み込むようになっている。こうしたシステムの主な狙いはレジ待ちの列をなくし、カスタマーサービスを効率化し、在庫の分類を迅速化するなど実店舗での買い物の利便性を高めることにある。一方、ツールの多くは小売りが来店客の行動を理解し、買い物体験を個別化して円滑化するためのデータ収集も支援する。
この分野の中心的存在
ここ数年のデジタル化店舗で最も有名なのは、レジなし店舗だろう。アマゾンは16年、無人コンビニエンスストア「アマゾン・ゴー」で「立ち去るだけ」のコンピュータービジョン技術を導入し、この分野で先行した。それ以降、無人レジの選択肢は増え続けている(スマート買い物カート、モバイル端末でのセルフスキャン、アマゾンによる手のひら認証決済など)。
米コンビニ「サークルK」からスポーツスタジアムの売店まで、様々な小売りが独自のレジなし技術を試している。例えば、米1ドルショップのダラーゼネラルは22年5月、約200店をセルフレジのみにする実証実験に乗り出す方針を明らかにした。こうしたシステムは来店客に利便性をもたらすだけでなく、小売りに顧客データの主な収集源を提供する。
小売りはデジタルツールを店舗体験に組み込むため、レジ技術以外にも手を広げている。
特にナイキは店舗のデジタル化の旗手になっている。顧客プログラム「ナイキプラス」の会員は、旗艦店「ハウス・オブ・イノベーション」から小型店「スタイル」「ライズ」「ライブ」に至るまであらゆる店舗でアプリを使ってデジタル体験ができる。店舗でQRコードをスキャンして商品についての詳細を学び、在庫の水準をチェックし、カスタマーサービスを呼び出し、商品を予約し、オンラインや店舗での買い物の決済ができる。
「スタイル」では、QRコードをスキャンして拡張現実(AR)体験を起動できる。ソウルにある最新の店舗では、クリエーターや買い物客がSNS(交流サイト)用にコンテンツをカスタマイズすることも可能だ。「ライズ」はアプリ利用者に近隣のスポーツイベントやカスタマイズ商品へのアクセスを提供する。そして、会員限定の「ライブ」ではスタッフと直接チャットできる。
一方、アマゾンは実店舗での衣料品の販売施策と実験に引き続き資金を投じており、22年5月にはテックを駆使したアパレル専門店「アマゾン・スタイル」をオープンした。来店客はアマゾンのアプリでQRコードをスキャンし、アイテムを試着室に届けるようリクエストできる。試着室でアイテムを評価し、個別のレコメンドを受けてさらに多くのアイテムを届けてもらえる。購入したアイテムをスタイルに配送してもらうことも可能だ。

次の展開
・デジタル化店舗を増やそうとしている小売りが最も重視するのは、やはりテクノロジーの搭載しやすさや取り付けやすさだろう。大半の企業は店舗の新設よりも既存店の改装に目を向けているからだ。
・デジタル化店舗に携わる適切なスキルを持つスタッフを確保するには、的確な人材の採用が必要になる。他の新たな形態と同様に、スタッフのコミュニケーションと採用テックが中心だ。
・顧客のロイヤルティー(愛着心)向上やリテンション(引き留め)のシステムはオムニチャネル店舗でさらに大きな役割を担うようになる。買い物客のデータを収集しようとする小売りは、買い物客にログインを促すために個別のおススメや値引きなどの特典を推進するだろう。
ショップ・イン・ショップ
ショップ・イン・ショップとは何か
小売りが他の小売りやブランドと提携し、店舗のスペースをシェアすることを指す。品ぞろえやブランド体験の多様化により集客力を高め、1人あたりの購入額を増やして売り上げ増加を目指す。小売りは売り場の運用を厳格化し、収益性を重視しているため、「店舗内店舗」のコンセプトは新しくはない。だが、店舗スペースを収益化する新たな手段を見いだす重要性は一段と高まるだろう。
この分野の中心的存在
ショップ・イン・ショップの提携の多くは新規顧客を開拓するのが狙いだ。例えば、米百貨店大手メーシーズは22年、ブランド体験を築いて品ぞろえを拡充するため、米エスティローダー傘下の化粧品ブランド「クリニーク」と、ブランド管理会社WHPグローバル傘下の玩具小売り大手トイザラスと提携した。同様に、仏化粧品専門店セフォラは22年8月、米百貨店大手JCペニーとのショップ・イン・ショップ関係が終了したのに伴い、米百貨店大手コールズの全米の店舗内に出店することで合意した。
一方、顧客の獲得とデータ収集が一段と難しくなっているため、米ターゲットはショップ・イン・ショップの提携で顧客データの共有という潜在的価値に重点を置いている。例えば、
・22年10月には米アップルとのストア・イン・ストアの提携を約150店に拡大し、ターゲットのロイヤルティープログラム「ターゲット・サークル」の会員にアップルのフィットネスサービス「アップル・フィットネス・プラス」の4カ月間無料トライアルを提供した。
・22年2月には米化粧品小売りのアルタ・ビューティーと組み、年内に250店以上に「アルタ・ビューティー・アット・ターゲット」を開設する計画を発表した。アルタのポイントプログラム「アルタメート・リワーズ」の会員は、アカウントをターゲット・サークルにリンクさせると双方からポイントを得られる。

ターゲットと提携パートナーは新規顧客を獲得する可能性に加え、最も忠実な顧客についてさらなる知見やデータを得られるメリットがある。
次の展開
・小売りやブランドと消費者を簡単につなぐことができるロイヤルティープラットフォームにより、店舗でのより有効なデータ連携が可能になるだろう。
・小売りやブランドが来店客のショップ・イン・ショップの利用動向を理解する上で、位置情報に基づくマーケティングや来店客の店内での位置分析が重要な役割を果たす。
・店内での提携により、スタッフのスキルを向上させる必要性が生じる。
小型店
小型店とは何か
小売りは小型店の形態を試し続けている。店舗面積が小さい方が来店客の具体的なニーズを満たし、新たな市場を開拓しやすいからだ。ただ、一部小売りが過去に次々と小型店を出したのとは違い、小売りは今は対象顧客や立地をきちんと考えた上で小型店を出店している。
この分野の中心的存在
最も積極的に小型店を出店しているのはスーパー各社だ。多くは通常の3分の2から3分の1の規模の小型店により、買い物客に専用の体験を提供している。例えば、米中西部のスーパー、シュナックス・マーケットは21年、インディアナ州南部に生鮮食品専門店「シュナックス・フレッシュ」を開設した。米ノースカロライナ州を地盤とするロウズ・フーズは22年初め、パーティーや会議、レッスン、試食用スペースを設けたイベント特化型店舗をオープンした。この店舗では規模の小ささを生かして無人レジ技術(モバイル端末によるセルフスキャン)も導入している。
新規顧客を開拓するために小型店を活用している小売りもある。米アパレル大手エクスプレスは22年9月、ショッピングモールではなく、目に付きやすい都心部に「エクスプレス・エディット」6店を年内に出店する計画を明らかにした。この店の品ぞろえは限られており、新規顧客の獲得とかつての顧客の復活を目指している。

次の展開
・店内での位置分析から無人レジまで、顧客の購入プロセスを追跡するテクノロジーは、小売りが小型店の商機を理解する重要な役割を果たすだろう。
・需要予測テックなどのサプライチェーン(供給網)最適化ツールにより、小型店に対してもデータを駆使した高度な判断が下せるようになる。
・小売りやブランドの利益率向上を支援するため、販促や価格設定を最適化するテックが不可欠になるだろう。店舗が小型化すると、利益率を向上させにくくなるからだ。
特化型店舗
特化型店舗とは何か
小売りは成熟し、飽和した市場で新たな成長の余地を求め、新規顧客を取り込もうと新たな形態の店舗を次々と打ち出している。こうした店舗には新たな立地や、特殊なニーズに応えた品ぞろえなどの特徴がある。
この分野の中心的存在
1ドルショップをなお大々的に展開する数少ない企業の一つであるダラーゼネラルは20年、郊外に住む中間層の女性を対象にした新形態の店舗「ポップシェルフ」をオープンした。ポップシェルフはダラーゼネラルが通常扱う必需品や消費財とは違い、幅広い商品(季節商品、室内装飾、健康・美容製品、パーティー用品など)を手掛ける。これにより来店客に新たなアイテムを見て回り、発掘する「宝探し」体験を提供する。
同社は25年までにポップシェルフ1000店を出店する計画だ。一部は既存店のショップ・イン・ショップとして開設する。

一方、アマゾンと米ペット用品店ペトコは新たな地域の消費者を開拓するため、中核的な形態の店舗を活用している。ペトコは22年6月、小さな町や農村部に「ネイバーフッドファーム&ペットサプライ」をオープンした。この店舗ではペットだけでなく家畜を対象にした商品も扱っている。一方、アマゾンは22年初め、これまで都市部に展開してきた「アマゾン・ゴー」の大型版を郊外に出店した。郊外店では注文を受けてから調理する食品カウンターや、持ち帰り専用のドリンク店などサービスを拡充している。
次の展開
・精密な顧客データの重要性が一段と高まる。小売りは新たな成長の余地を探し求めており、顧客のロイヤルティーとリテンションに加え、獲得テックを重視している。
・小型店と同様に、専門的な品ぞろえの店舗でもサプライチェーンのプロセス最適化と需要予測が最も重要になるだろう。
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