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アラスカの氷河を襲う温暖化 救いはザトウクジラ復活

NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版

米アラスカ州南東部の道なき土地に、1045の氷河で知られる国立公園がある。グレイシャーベイ国立公園だ。公園の27%を氷河が覆っており、海に流れ込む氷河(潮間氷河)も7つある。氷が砕け落ちるそのドラマチックな光景が、クルーズ船の乗客を楽しませている。

しかし、公園名物の氷河は、気候変動の影響をまともに受けている。無数にある氷河のほとんどが縮小しており、かつて湾の入り口まで延びていた氷河はすでに100キロ以上も後退している。同じくアラスカ南東部にある州都ジュノー周辺では、1949年から2016年の間に、夏の平均気温がセ氏で約1.3度、冬の平均気温が同約4度上昇した。

一方で歓迎すべきこともある。かつて激減していたザトウクジラは、1966年に北太平洋で捕鯨が禁止されて以降、着実に個体数を増やしている。先住民の歴史と文化が尊重されるようになったことも大きな前進だ。

太平洋プレートと北米プレートの境界にあたるこの地域は、過去150年の間にいくつもの大地震に見舞われてきた。震源は全長約200キロのフェアウェザー断層。1899年には、アラスカ州南東部の海岸を丸ごと揺らす地震が発生。ミューア氷河が粉々に砕けて海を覆い、その後の10年間、蒸気船が通過できなくなった。

1958年7月9日にはマグニチュード7.9の地震が発生した。フェアウェザー断層沿いで、水平方向に約6.5メートル、垂直方向に約1メートル大地が隆起した。震源から約160キロ離れたアラスカ州ヤクタット郊外の湾では、カンタアック島が約30メートル水没し、ベリーを摘んでいた3人が犠牲になった。震源から約20キロのリツヤ氷河では地滑りが発生。9000万トンの岩石がリツヤ湾になだれ込み、同時に氷河も崩壊、前代未聞の巨大な津波が発生した。

土地を失った先住民の歴史

グレイシャー湾周辺の自然を保護しようという取り組みは、先住民クリンキット(トリンギット)の人々に影響を与えた。

彼らの生活は単なる経済活動を超越していた。食べるためだけに殺し、肉を無駄にしたり、動物を軽視したりすることは決してなかった。魚は敬意を持って扱われ、適切に生まれ変わることができるよう、内臓は川に流すか、燃やされていた。ベリーにも魂(イェイク)があり、丁寧に扱わなければならなかった。

1930年代後半までには、現金収入を目的とした漁業、捕獲、アザラシ狩り、資源採掘に移行したが、サケが遡上する川の下流に薫製用の小屋をつくったり、ベリーやカモメの卵を頻繁に採集したりするなど、人々はグレイシャー湾との深いつながりを維持していた。

ところが1964年、米国が原生自然法が制定されると、各地で自然保護の管理が強化される一方で、はるか以前からその場所で狩猟採集を行っていた文化をしばしば見落とすこととなった。クリンキットもそうだった。60年代に、彼らの活動が禁止されると、当地のフーナ・クリンキット族と米国立公園局の関係も悪化した。

しかし、時代は変わり続けている。2014年、当時のオバマ大統領が、クリンキットが公園内でカモメの卵の持続的な採集を行うための法律に署名した。カモメの卵の採集は伝統的に、旅の季節の到来と飢えの解消を告げるものと位置づけられてきた。グレイシャー湾に点在する島々は、クリンキットの言葉でクワット・アーニ(「カモメの卵の地」)と呼ばれ、聖なる風景の一部となっている。

国立公園局の創設100周年にあたる2016年8月25日、グレイシャー湾内のバートレットコーブの南岸に約230平方メートルの「フーナ族の家」が完成した。国立公園局が建設したもので、クリンキットの職人技が取り入れられている。クリンキットが彫った高さ約6メートルのトーテムポールが立つこの家には、フーナ・クリンキットの文化と歴史を学ぶため、世界中の人々が訪れている。

ザトウクジラの復活

崩壊する氷河に負けないくらい壮観なのが、海から飛び出すザトウクジラだ。このアクロバティックな光景は忘れることができない。重さ30トンを超えるクジラが、クルーズ船を偵察するかのように、水面から体を垂直に立てて最大30秒ほど「スパイホッピング」し、再び海に戻っていく。横向きに回転しながら海から飛び出し、腹から水平に着水して、とどろくような水しぶきを上げることもある。

ザトウクジラは「バブルネットフィーディング」と呼ばれる狩りの手法でも知られる。小魚の群れの下に深く潜り、複数の個体で円を描くように泳ぎながら、泡を出して獲物を追い込む。ジェットバスに魚を閉じ込めるようなイメージだ。その後、クジラたちは口を開けて一斉に上昇し、ひげ板(ザトウクジラは歯がない)で魚をこし取りながら水を放出する。一度に数百匹の小魚をのみ込み、一日に最大0.5トンを食べる。

国立公園局は1985年からグレイシャー湾のクジラの個体数を調べている。交尾や出産のためにハワイ州やメキシコの海で冬を過ごした後、毎年春になると公園にやって来る数十頭を、生物学者たちは識別できるようになった。40年以上前からグレイシャー湾に来ている個体も複数いる。

アラスカのクルーズシーズンは5~9月だが、今年はパンデミックの影響で延期され、2021年7月にようやく再開された。ただし、シアトルを出航した船がカナダに立ち寄ることはない(2021年9月現在、カナダはクルーズ船を受け入れていない)。

多くのクルーズ会社は米疾病対策センター(CDC)の新しい要件に従い、ワクチン接種の有無にかかわらず、検査で陰性が証明されたことを乗船の条件としている。アラスカ州ではデルタ株の感染者数が増加しているため、乗客全員が乗船、上陸時にマスクを着用する必要がある。また、一部のクルーズ会社はワクチン接種の証明を求めている。

(文 JON WATERMAN、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年9月19日付]

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