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富士通の「3000人早期退職」が映す人材戦略の課題

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

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富士通が50代以上の幹部社員の早期退職を募ったところ、社員のおよそ4%に相当する3031人が応募したというニュースがありました。今回の動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「人事システム」の観点で解説します。

「退出」の仕組み

人事システムとは人的資源管理(Human Resource Management)において人を動かす仕組みの重要な一部となるものです。構成要素としては、人員配置、報酬、評価、能力開発、さらには採用などがあります

最近の日本企業の問題となっているのが、退出、すなわち組織の戦略にそぐわない人に辞めてもらう仕組みをどうするかです。

これまで多くの企業は定年制を通じて人材の退出を促していました。しかし定年という制度では優秀かそうでないかにかかわらず、一律に年齢という基準で人をカットすることになります。これは、組織が戦略を遂行するための仕組みと考えると、やや不合理です。

そこで特に2000年代に入って、早期退職を募ることで組織人員の入れ替えを促進するようになりました。欧米とは異なり人員を解雇しにくい日本企業では、ベストとは言えないまでも、早期退職制度は1つの方法論として定着しつつあるのです。

経営戦略と一貫

人事システムは経営戦略と人事戦略の一貫性が非常に大切です。富士通は「企業や自治体のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援事業の強化」「システム開発を請け負う事業から、データ活用などの分野に絞ってサービスを提供する事業モデルへの転換」といったことを戦略として打ち出しています。

そのうえで人事戦略についても「若手技術者を教育して人工知能(AI)やデータ解析など最新のデジタル技術を身につけさせる。関連技術を持つ要員を外部からも招く」などとしています。50歳を超えたミドルシニア社員がこの流れに追いつけるかと言えば難しいでしょう。必要となるスキルもマインドセットも大きく異なるうえに習得や意識変革が難しいからです。

組織には、企業の戦略遂行の仕組みということ以外にも「生活の糧を稼ぐ場」「仲間が集う場」という意味合いがあります。そう考えると早期退職という制度は経営陣にとっても辛いものがあるでしょう。しかし、それをやらないと競争力が保てない時代に入ってきているのです。

ジョブ型人事の影響

富士通は20年4月から管理職を対象に「ジョブ型人事」を採用していることでも知られています。ジョブ型人事とは、職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)に合わせ、適材を雇用・配置し、成果で評価する雇用方式です。欧米で広く普及しており、人が仕事に合わせるのではなく、仕事に合った人間を充てる、また、労働時間ではなく成果で評価するという発想に基づきます。

日本企業では長らく「メンバーシップ型雇用」が採用されてきました。その日本でもジョブ型雇用が注目されてきた背景としては①時間ではなく成果により注目しようという機運が高まったこと②新型コロナウイルス禍の影響などでリモートワークが広がり時間での管理が難しくなったこと③企業がグローバル化するなか、世界標準の在り方としてジョブ型に合わせようという意識が広がったこと――などがあります。富士通のケースでは、特に①③の影響が大きかったものと思われます。

ジョブ型のメリットとしては、特に中途採用の場合、既に専門性を持っていることを前提にするため、戦力になるまでの時間が短くて済みます。また、スキルアップへのプレッシャーがかかるため、従業員自らが自己研さんに励み、成果達成への意欲が向上することなどが挙げられます。

事業モデル変更にフィット

デメリットとしては①自分の仕事にしか目がいかず協力意識が薄れがちなこと②特定のジョブで積める経験は限定されること③会社にその能力が不要になったら居場所がなくなること――などがあります。しかしジョブ型は成果主義や、時代に合わせたビジネスモデル変更とのフィット感が高いこともあり、特に欧米では広く受け入れられていったのです。

成果主義は1990年代頃から日本でも言われ始めていました。しかし多くの企業で失敗に終わりました。その理由としては、メンバーシップ型のまま中途半端に成果主義を導入したことが指摘されます。本来は職務記述書に基づいたうえで仕事を割り当て、目標の達成度合いに応じて評価するというのが筋です。

しかし多くの企業はそれをしませんでした。成果主義と言いながら恣意的な評価が横行したり、画一的な評価フォーマットを当てはめて本来昇進させるべきでないリーダーシップに欠ける人も成果が出ているとして昇進させてしまったりと、組織のバランスが崩れることも多かったのです。それに対してジョブ型では、成果を出していても上級ポジションの職務がこなせなければボーナスは多く出ても昇進はありません。正しく運用できれば、変革もスムーズに進み、競争力を維持しやすくなるのです。

入れ替えを加速

富士通がジョブ型を導入して約2年。どのくらい根付いたかは定かではありませんが、8万人もの国内従業員を抱える大組織はそう簡単には変われないものです。今回の早期退職募集は、人材の入れ替えをさらに加速するための取り組みといえるでしょう。富士通は日本の大企業としては社外から積極的に役員クラスも採用しています。こうした人事は、実効性はもちろん、社員に対するメッセージ性も持ちます。経営陣としては、いかに本気で変わるつもりがあるのかを、今後も実績と態度でより強くアピールする必要がありそうです。

今回の主役は富士通でしたが、こうした人材のシャッフルを行ううえで鍵となるのが、受け皿である人材市場の流動性です。流動性が低いにもかかわらず、早期退職を迫られては社員も辛いでしょう。「スキル開発を怠ったのは自己責任」だというのは強者の論理であり、やはり「ある程度のセーフティーネットは必要」だというのが社会全体を考えたときには妥当性のある意見と思われます。

富士通のケースでは、オンライン学習の受講、経済メディアの無料視聴など、学びを促す体制を敷くことで従業員のスキル向上を側面支援しています。これも広い意味での人事システムの一環と言えます。

人材マッチングが必須

ところで、DXなどの専門人材でないミドルシニア社員に余剰感がある一方で、日本では後継者のめどが立たない中小企業の比率が6割を超えるとの調査もあります。つまり、人余りの一方で、圧倒的に人不足の業界や職種もあるのです。安易に「では大企業の人間はそうした中小企業に行くべきだ」というつもりはないですが、やはりもったいない話です。

最近は中小企業のM&A(合併・買収)仲介が盛んです。待遇や企業文化のギャップの問題はあるかもしれませんが、会社を辞めた人材がより幅広い選択肢から適性のある再就職先を選べるマッチング機能の向上が日本全体として必須でしょう。

日本企業の生産性の低さの1つの要因として「働かない中高年が多い」などと言われてきました。しかし、人間は活躍の場が与えられればバリュー(価値)をもたらせることも多いものです。人材マッチングはビジネス機会でもあります。公的機関や個人任せにするのではなく、この社会問題を解決してくれる企業やサービスがどんどん現れることを期待したいものです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「人材マネジメント」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/d2e02f8e(GLOBIS 学び放題のサイトに飛びます)

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