「肝心なものは目に見えない」本当の意味(井上芳雄)
第107回
井上芳雄です。今年もよろしくお願いします。1月8日から日比谷シアタークリエでミュージカル『リトルプリンス』に出演します。サン=テグジュペリの『星の王子さま』を原作として、1993年に誕生した音楽座ミュージカルの名作です。僕は飛行士とキツネの2役を演じます。いいセリフがいっぱいあるので、新しい年に、新しい気持ちで、新しいものの見方を手に入れるには、ぴったりの話です。

音楽座ミュージカル(以下、音楽座)は1987年に旗揚げされて、日本オリジナルミュージカルの名作をたくさん生み出してきました。代表作のひとつ『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』が昨年1~2月に初めて東宝の公演としてシアタークリエで上演されて、僕も出演しました。それをきっかけにほかの名作もやっていきたいという流れになり、今年10月には『マドモアゼル・モーツァルト』を上演、今回の『リトルプリンス』が東宝が製作する3作目です。
僕は音楽座のファンでもあるので、『シャボン玉~』に出られたのは素晴らしい経験でした。機会があればまた音楽座の作品に出たいと名乗りを上げていたから、今回出演できてうれしい限りです。音楽座の『リトルプリンス』を舞台で見たことはないのですが、映像では見ています。2017年に『星の王子さま』を原作とする音楽劇を演じたことがあり、作品自体もよく知っているので、何も迷うことなく参加させていただきました。
音楽座のオリジナルミュージカルの多くは、舞台が日本だというところが特徴だったと思います。『シャボン玉~』には、自分たちのよく知っている世界がミュージカルになるという感動がありました。一方、『リトルプリンス』はフランスの小説が原作で、場所や時を限定しているわけでもなく、世界中どこでも通用するような話。『マドモアゼル・モーツァルト』もそうだったと思いますが、きっと当時の音楽座にとっては、ひとつ先のステップへと進んだ作品だったのでしょう。
それでいながら、演じていて思うのは、テーマや世界観に『シャボン玉~』と共通するものがあること。『シャボン玉~』は日本の話だけど、最終的には宇宙とのつながりにまで広がっていきます。『リトルプリンス』も地球に住んでいる飛行士と、宇宙にある星から来た王子の話なので、そのスケールの大きさが音楽座のミュージカルの特徴という気がします。そしてミュージカルというもの自体が、話を宇宙規模にまで広げていくのに向いていると思うんです。これから何が起こるんだろうというわくわく感に満ちたナンバーとか、高揚感を高める作りがすごく上手で、音楽座のミュージカルの大きな魅力です。
音楽は、メロディーも歌詞もとてもシンプル。それはほかの音楽座のミュージカルと共通しています。『シャボン玉~』もそうでしたが、日本人である僕たちに届きやすい音楽だと思うし、音域にしても歌い上げるというよりは、しゃべっているような感じで全部歌えます。そこはブロードウェイやウィーンのミュージカルと違うところです。
飛行士とエリザベートが似ているところ
ストーリーは、砂漠に不時着した飛行士が、宇宙に浮かぶ小惑星を飛び出して様々な星を旅して地球にやって来た王子と出会い、対話をしていくことで広がっていきます。王子役は、『レ・ミゼラブル』でコゼット役を演じるなど、まだ23歳と若い女優の加藤梨里香さんと、初演から王子役を演じているオリジナルキャストの土居裕子さんがダブルキャストで演じます。僕は飛行士と、王子が地球で友だちになるキツネの2役を演じます。
土居さんは、音楽座で王子を最後に演じたのが25年前だとおっしゃっていました。でも、稽古での本読みを聞いたら、つい昨日までこの役をやっていたんじゃないかと思うくらい、体に染みこんでいて、自分のものにしているので驚きました。そんな役を今回のバージョンでもう一度やろうと思ってもらえて、共演する僕たちにはとても光栄なことです。
この作品は言葉の解釈が難しくて、抽象的な物事のひとつひとつをどう捉えるかが演じる上での大きなテーマです。演出の小林香さんからは、稽古の最初に2~3時間かけて、「このセリフはこういうことだと思う」といった解釈の話がありました。僕たちも稽古をしながら、「ここってどういうことですかね」とか「どう捉えればいいんだろう」と言いながらやってきたのですが、土居さんの中でははっきりしたものがあるみたいです。まるで王子本人が稽古場に来たみたいな存在感を放っています。
土居さんと梨里香さんという世代の違う2人が演じることで、王子から見えてくる意味合いが全然違ってくるのが今回のバージョンの特徴です。少年という設定ではあるけど、誰よりも大人で、誰よりも物事の本質が見えているのが王子だと思うので、土居さんの王子はそこの説得力がすごい。梨里香さんは子供の方に近くて、何も知らなかった王子がひとつひとつ学んでいって、傷ついたり喜んだりする姿に説得力があります。一緒にやっていて、面白いなと。僕は飛行士役をどこまで演じ分けられるか分からないですが、2人が全然違うから、おのずと変わってくるんだろうなと思って、役作りをしています。
飛行士は原作者のサン=テグジュペリと重なるところが多々あります。たぶんそういう理由で、『リトルプリンス』では随所で原作を脚色しています。例えば冒頭では、飛行士が飛び立つ前に先輩と会話する場面があって、そこで恋人との関係で悩んでいたり、自分の人生に希望が持てなくなって孤独だという内面を描いています。僕にすれば、飛行士を演じながら、サン=テグジュペリ本人を演じているようなところがあります。
そういうこともあって、僕は飛行士が一番ドラマチックな役だと思っています。大人になって見失ったものを、王子と出会って取り戻していくのですが、誰しもかつては子供だったわけだし、一番お客さまに近いと思うんです。彼が変わっていく過程をどういうふうに演じて、見ている人に共感していただけるかが、今回のチャレンジです。
稽古しながら気づいたのですが、飛行士と王子の関係はミュージカル『エリザべート』のエリザベートとトートの関係に似ていると思いました。『エリザべート』では、エリザベートが死にたくなったり、自暴自棄になったりしたときに、黄泉の帝王トートが死の象徴として現れます。『リトルプリンス』では、飛行士が砂漠に不時着してピンチになったときに王子が現れて、生きる方向へと導いてくれます。死と生という正反対の存在ですけど、どちらも本人の中にもともとあったものが形として現れてくるという点では、構造的に似ています。それだけファンタジーの要素が強いということでもあるのでしょう。
僕はキツネの役も演じます。音楽座でも飛行士とキツネを別の人がやったバージョンもあって、必ずしも1人2役ではなかったそうですが、今回は僕がやりたいと希望しました。飛行士は王子から教えてもらう立場だけど、キツネは王子にいろんなことを教える立場です。どちらの立場からも王子に関われるのは面白いと思ったし、いいセリフも多いので。「肝心なものは目に見えない」という有名なセリフもキツネの言葉です。
言葉のひとつひとつをどう解釈するか
いろんな解釈や捉え方ができるのがこの作品の魅力ですが、今回は新型コロナウイルス禍を経て、また違った受け止め方ができると感じています。先ほどの「肝心なものは目に見えない」というセリフにしても、まさに今、コロナという目に見えないものが世界を変えてしまった状況なので。このセリフって、「本当に良いものは見えないんだよ」という、ポジティブな意味に取られやすいと思うんです。けど、肝心なものとは、悪いものだったり、気をつけないといけないものかもしれない。劇中でキツネが言うのは、「自分はニワトリをいつも追い掛けているけど、ニワトリばかり見ていると、気づいたら狩人が自分を狙っている。だから、物事は心で見なくちゃいけないよ」ということ。
良い方も悪い方もどっちの意味もあり得るんだ、というのが僕の気づきで、今あらためてこの言葉の本当の意味について考えるのは、すごく大事なことだと思っています。これだけじゃなくて、本当にいいセリフが散りばめられている作品です。その言葉のひとつひとつをどう解釈するかに向き合いながら、稽古を重ねています。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。次回の第108回は第4土曜に変更となり、1月22日(土)の予定です。
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