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中国恒大 2度の「文革」が翻弄する創業者の半生

中国恒大集団のマンション販売拠点(広東省仏山市)
日経ビジネス電子版

「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」

中国政府の不動産融資に対する規制強化が引き金となり、巨額の負債を抱えている中国の不動産大手、中国恒大集団が経営危機に陥っている。取引先への未払い分などを含めた負債総額は1兆9665億元(約33兆4000億円)。経営破綻して全世界に深刻な経済危機を引き起こしたリーマン・ブラザーズの負債総額6130億ドル(約63兆8000億円)の半分に相当する金額だ。9月23日以降、立て続けに米ドル債や人民元債の利払い日を迎える予定で、債務不履行の可能性が高まる。

香港、欧州、米国、日本。9月20日、世界の株式市場は総崩れとなった。恒大が巨額債務を抱え破綻する可能性が視野に入ってきたからだ。

恒大の株価は年初から8割ほど下落しており、市場では経営危機そのものについてはある程度織り込んできた。それなのに、ここに来てさらに下落しているのは一部で期待されてきた中国政府による救済の可能性が減ってきており、ハードランディングした時の影響が読み切れないという懸念によるものだろう。

1996年に創業し、わずか四半世紀でその破綻リスクが世界経済を揺るがすまでに巨大化した恒大とは一体どのような企業なのか。創業者である許家印氏の半生をたどりながら見てみよう。

文化大革命で高校卒業後は農業に従事

許氏は58年、河南省周口市にある貧しい村に生まれた。生後すぐに母親を敗血症で亡くし、父親の男手1つで育てられたという。同年は毛沢東主席が「大躍進運動」を進めた年である。科学的知見がない政策を強要されて農村経済が大混乱に陥り、深刻な飢饉(ききん)が発生。大勢の餓死者が出た。

66年、毛主席は中国共産党内の権力闘争から文化大革命を発動した。大学入学試験が廃止されていたため、高校を卒業した許氏は農作業などに従事することになる。77に大学入試が再開されるが準備不足で受験に失敗。78年にやっと武漢鋼鉄学院(現・武漢科技大学)に入学した。82年から河南省の鉄工所に勤めた後、92年に貿易などを手掛ける深圳中達集団に入社した。同年、鄧小平は「南巡講話」を行い、中国は改革開放路線に明確にカジを切った。

鉄鋼労働者から中国一の富豪に

転機は94年に訪れた。上司を説き伏せて広東省広州市で不動産事業の会社を立ち上げたところ、大成功を収めたのだ。不動産ビジネスに商機を見いだした許氏は96年独立し、広州市に恒大地産集団(現恒大集団)を設立。それから快進撃が始まった。2009年、香港市場に上場。10年にはサッカークラブを買収し広州恒大(現広州FC)へと名称を変更した。同クラブはそれから中国スーパーリーグを8回、アジアチャンピオンズリーグも2回制覇する強豪クラブとなる。

許氏は中国調査会社の胡潤研究院がまとめる中国富豪番付で2017年に首位になった。2位は騰訊控股(テンセント)の馬化騰(ポニー・マー)氏、3位はアリババ集団の馬雲(ジャック・マー)氏ファミリー。一介の鉄鋼労働者から不動産王へと上り詰めたのだ。

13年からは中国の国政助言機関である全国政治協商会議(政協)の常務委員を務めている。当然のことながら政治とのパイプは太く、今年7月1日に北京の天安門広場で開催された中国共産党創立100年の祝賀式典にも招かれ、天安門の上に立つ許氏の写真がニュースで流れた。ちなみに現在、中国共産党ににらまれているとされるアリババの馬氏は、同祝賀式典に姿を見せなかった。

ここ数年は、電気自動車(EV)事業に参入し欧州のEV関連会社などの買収を積極的に進めている。今年4月の上海モーターショーでは巨大なブースを構えて高級EV「恒馳」9車種を並べ、来場者の目を引いていた。25年にEV生産能力を100万台にする計画もぶち上げている。香港市場に上場しているEV部門の時価総額は一時約9兆5000億円に達し米フォード・モーターを抜く場面もあった。

上海モーターショーの恒大汽車のブース

恒大の成長の方程式は極めてシンプルだ。不動産などを担保に銀行融資を受けて不動産開発やM&A(合併・買収)などに積極投資するというもの。中国の不動産価格高騰のトレンドに乗り業容を拡大していった。恒大の20年12月の資産負債比率は1327.9%に膨れ上がっている。巨大な自転車操業とも言えるが、不動産価格の上昇期待と融資が継続する中で成長は続いた。

中国政府は口では不動産バブルを懸念しているというが、経済的な影響が大きすぎて十分に有効な手段はとれないのではないか。そんな見方も恒大の成長を下支えしていた。だが、20年8月に不動産市場の空気は一変した。

恒大を追い込む3つのレッドライン

「三条紅線」(3つのレッドライン)。中国政府は不動産融資を規制する新たな政策を打ち出した。3つのレッドラインとは「資産負債比率70%以下」「自己資本に対する負債比率100%」「短期負債を上回る現金保有」の3つを指す。この条件に抵触する不動産企業をランク付けし、銀行融資を制限させるという内容だ。不動産価格抑制に本気で取り組む姿勢を示したといえる。

中国政府は新型コロナウイルスの封じ込め成功に自信を持ったタイミングで、この政策を打ち出した。中国銀行保険監督管理委員会の郭樹清主席は当時、「不動産バブルは金融安全に対する最大の灰色のサイだ」と指摘した。灰色のサイとは、高い確率で深刻な問題を引き起こすと考えられるにもかかわらず、軽視されているリスクを指す。

融資規制の対象となった恒大は20年9月、「全国で不動産を3割引で販売する」というキャンペーンを打ち出して在庫の現金化に走った。中国の不動産販売には「金九銀十」という言葉があり、9月と10月は販売が集中する時期として知られる。

その後も当局は不動産価格抑制に向けて手を緩めない。中国共産党の中央経済工作会議は20年12月、習近平指導部がこれまで繰り返してきた「不動産は住むものであって投機の対象ではない」という文言を改めて強調。中国金融監督当局は同年12月末、「21年1月から銀行の住宅ローンや不動産企業への融資に総量規制をかける」と発表。今年7月には政府8部門が連名で「不動産市場の秩序の乱れを是正する通知」を出した。

資金繰りのために恒大が販売した理財商品は償還されなくなっており、中国各地で投資家の反発が広がっている。恒大は現物資産との交換を提案しているようだ。9月23日には2億3200万元の人民元債と8353万ドルの米ドル債の利払いが迫る。

恒大が破綻した場合の影響はどれほどのものなのか。現時点では、リーマン・ショックのような金融システム全体に波及するとの見方には否定的な意見が多い。当時のように各種の金融商品に複雑に組み込まれているという状況ではないとされ、金融機関の健全性も当時より厳しく管理されているからだ。

政府は救済に乗り出すのか

もちろん恒大のような巨大企業が破綻すれば、中国経済への影響は非常に大きい。恒大の従業員は16万人を超える。住宅購入契約者、取引先の建設業者や資材納入企業、商社などへの波及は避けられず、破綻に追い込まれる企業も出てくるだろう。

それでも、中国共産党機関紙「人民日報」系メディア「環球時報」の胡錫進編集長は9月16日、ソーシャルメディアへの投稿で「恒大は大きすぎてつぶせない企業ではない」として、市場の手段を活用して自力で立て直しを図るべきだと指摘した。米ブルームバーグは「中国当局は主要債権銀行に対し、(恒大は)9月20日が期限の利払いを行わないと伝えた」と報じており、銀行に利払い延期などを受け入れさせているようだ。

中国政府は「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を掲げて様々な政策を打ち出すようになっている。社会主義的な価値観を前面に打ち出した強権的手法でIT、教育、ゲーム、芸能などの産業に統制の網をかけていく様は、かつての文革を想起させることから「新文革」とも評される。

不動産価格の高騰は教育費とならび家計に大きな影響を与えており、非婚化と少子化の原因にもなっていた。学習塾業界は教育費高騰の責めを負わされ、容赦なく非営利に強制転換させられている。それを考えると住宅価格上昇の原因とみなされている不動産企業の救済に、政府が直接乗り出す可能性はそれほど高くなさそうだ。いずれにせよ、恒大には返済猶予や事業売却などできる限りの手を尽くすことが求められる。

現在警戒すべき最大のリスクは、中国の不動産市場価格の暴落だ。米ブルームバーグは、恒大が社員や個人投資家に販売した資産運用商品「理財商品」の返済において、現金の代わりに不動産資産を約3~5割値引きして提供する手続きを始めたと伝えた。事実上の大幅値引き販売といえる。他の不動産企業も融資規制で厳しい経営環境にあることは変わらず、価格下落の連鎖が起きる可能性がある。銀行ローンの担保価値や、土地使用権譲渡を主な収入源の1つとしている地方政府の財政にも悪影響を与えかねない。「灰色のサイ」が暴走し始めるかが、中国政府が動くか否かの分かれ目となる。

(日経BP上海支局長 広岡延隆)

[日経ビジネス電子版2021年9月22日の記事を再構成]

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