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鴻海も参戦 日本車の牙城・東南ア、EVで攻める中国勢

長城汽車は9日、タイで新工場を稼働させハイブリッド車の生産を開始した
日経ビジネス電子版

中国の自動車大手、長城汽車は9日、タイのバンコク近郊に新工場を開設した。2020年、タイ生産から撤退した米ゼネラル・モーターズ(GM)の工場を買収し、人工知能(AI)や最新のロボットなどを導入。「世界水準のスマートファクトリー」(長城汽車ASEAN&タイランドのエリオット・チャン社長)に改修したという。

タイは長城汽車にとってロシアに次ぐ2カ所目の大規模な生産拠点となる。「ここを基点に東南アジア市場に向けて右ハンドルの電動車を展開していく」(長城汽車タイ法人広報担当者)。当初はハイブリッド車(HV)を生産するが、現地報道によれば23年までに電気自動車(EV)の生産も手掛けるとみられる。

開業当初に生産する「ハーバル H6 ハイブリッドSUV」は東南アジア市場攻略のため新たに開発された多目的スポーツ車(SUV)のHVだ。トヨタ自動車がタイで展開するハイブリッドSUV「カローラクロス」(101万~119万バーツ、約352万~415万円)などと競合することになりそうだ。価格はまだ明らかではないものの、野村総合研究所タイの山本肇シニアマネジャーは「カローラクロスを下回る価格設定になるのではないか」とみている。

グローバル拠点の設立や新開発したHVの投入といった動きから、東南アジア市場攻略にかける長城汽車の強い意気込みがうかがえる。新工場の年産能力は8万台で、うち6割(4万8000台)はタイ国内市場向けになるという。

ただ調査会社マークラインズによれば、タイにおける電動車の販売台数は、HV、プラグインハイブリッド車(PHV)を含め20年で約3万台にすぎない。つまり現状では長城汽車の新工場の設備は過剰で、その姿勢は前のめりに過ぎるようにも映る。勝算はあるのだろうか。

中国から低価格EV投入も

長城汽車はハーバルH6ハイブリッドSUVの販売目標を公開していない。広報担当者は「現段階では販売台数は重視していない。まずは我々のブランドを確立することに注力する」と話している。

東南アジア市場は日本の自動車メーカーの存在感が強く、タイにおけるそのシェアは9割近くに上る。日本車に対する信頼感は絶大で、その牙城を崩すのは容易ではない。「長城汽車のブランドが認知されるには、少なくとも数年はかかる」とタイの民間総合研究所カシコン・リサーチ・センターのルチパン・アッサラット調査長は指摘する。

つけ入る隙があるとすれば、まだ黎明(れいめい)期にあるEV市場だ。長城汽車は中国で低価格EV「欧拉(ORA)」を展開し、販売台数を伸ばしている。タイ市場でも最終的なゴールはEVの市場シェア確保にあるだろう。ただカシコン・リサーチ・センターによれば、タイにおけるEVの販売台数は21年で4000~5000台にとどまり、普及にはまだ相当の時間がかかる。

そこでまず競争力のあるHVを現地生産して投入し、ブランドに対するこだわりが薄く、新しい技術に親和的な30代前後の消費者に数年かけて訴求していく。

徐々に高まっていくEVの需要に対しては、まず中国国内で競争力のある低価格EVを輸入して対応する。日本からタイにEVを輸出すると20%の関税がかかるが、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)との自由貿易協定により、中国からの輸出には関税がかからない。その強みを生かしてHVからEVまで展開し、自社のブランド認知とEV市場の拡大が十分に進んだところで、タイにあるスマート工場の生産体制をEVに振り切っていくものとみられる。

日本勢はタイのEV市場の急速な拡大には懐疑的な姿勢を持っており、足元では「HV生産の現地化を進めている最中」(野村総研タイの山本シニアマネジャー)だ。EVの生産に乗り出すのは早くても23年以降になる。しかもグローバル市場を相手にしているため、当面は米国や欧州、中国などといった大市場に力を割かざるを得ない。中国勢からすれば、今は強敵である日本勢の動きが鈍く、ブランド認知に必要な苦しい数年を乗り越えるにはうってつけのタイミングに映る。

消費者からの信頼が高い日本車メーカーにどう対応するか。これはタイのEVシフトを奇貨とみる中国勢にとって避けては通れぬ課題だ。そこでタイ最大手財閥チャロン・ポカパン(CP)グループと組んでタイに進出する上海汽車は、傘下の英老舗ブランド「MG」を前面に押し出したEVを展開し、若い世代を中心に支持を集めた。こうしたブランドを持たない長城汽車がタイ市場に食い込めるかどうかは、新工場と新たに開発したHVにかかっている。

鴻海進出で「グラブカー」登場の可能性も

「日本メーカーの牙城がそう簡単に崩れるとは思わないが、スマートフォンの例もある。油断は禁物だ」。カシコン・リサーチ・センターのルチパン調査長はこうも指摘する。米国や韓国の競合に比べ中国製スマホに対する信頼度は低かった。だが中国勢は高いコストパフォーマンスを売りに消費者の信頼を集め、東南アジアのスマホ市場を瞬く間に席巻した。

足元ではスマホの生産で急成長した台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業がタイのEV市場を狙う。5月末にはタイ石油公社(PTT)とEV分野で連携する覚書を交わした。詳細はまだ明らかではないものの、発表によればEVに関心のある企業に対し、鴻海が昨年発表したEV開発のプラットフォームの利用を促していく枠組みになるようだ。EVを受託生産することを狙ったこの鴻海のプラットフォームには、既に各国から1200社を超えるサプライヤーが参加しているという。

PTTを先導役に、鴻海のプラットフォームがタイに定着すると仮定すれば、様々な可能性が見えてくる。PTTは自らEV向けバッテリーの生産やEVの組み立て生産に乗り出す考えを明らかにしている。彼ら自身が鴻海のプラットフォームを活用する選択肢はその一つだ。

また自動車産業が発展したタイでは、そのサプライチェーンを支える現地企業も育っている。彼らが鴻海のプラットフォームになだれ込めばEV生産の水平分業は加速する。EVを受託生産する仕組みが整えば自動車関連企業でなくとも独自ブランドのEVを運用する道が開ける。

「例えば配車サービスを手掛けるグラブが鴻海・PTTの枠組みを活用して、自社独自の『グラブカー』を運用する可能性もあるだろう」と山本シニアマネジャーは予想する。

都市部における近距離の移動手段として定着した配車サービスとEVとの相性は良いとされ、グラブは既にタイやインドネシアで電動二輪車や電動三輪車を試験導入している。タイ国内最大数の給油所を展開するPTTはEV向け充電ステーションの展開にも力を入れているため、同社と鴻海が展開するプラットフォームに乗れば、グラブなどの配車勢が独自EVを運用するハードルは下がるだろう。

タイ政府は30年までに国内で生産する自動車の30%をEVとする目標を掲げている。その実現可能性については疑問視する向きが強い。ただ、タイのEV市場は、中台勢や現地企業も入り込んで乱戦の様相を示している。それぞれが動きを加速させることで、想定以上のペースでEVシフトが進む可能性も十分にありそうだ。

(日経BPバンコク支局長 飯山辰之介)

[日経ビジネス電子版 2021年6月21日の記事を再構成]

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