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ホンダ、電動二輪車で反撃 牙城死守へ新たな「生態系」

日経ビジネス電子版
ホンダが世界のトップをひた走る二輪車市場にも脱炭素のうねりが押し寄せている。この転換期にホンダの牙城を切り崩そうと、インドなどで新旧ライバルたちは電動化を急ぐ。二輪車の世界で主戦場といえる新興国でも電動車が離陸しつつある中、王者ホンダはどんなカードを切ろうとしているのか。

インド南部ベンガルールの街角に、四角い枠がビンゴカードのように並んだ大型の装置が備え付けられている。看板には「Honda e:SWAP」の文字。そこへ1台の電動三輪車が乗り付けた。インドの庶民の足として広く普及している三輪タクシー「リキシャ」の電動モデルだ。運転手は装置に近寄り、液晶画面近くにカードをかざした。

自動販売機ほどの高さがあるこの装置は、電動三輪車を動かす電池の充電ステーション。カードを読み取って電池の充電残量のデータなどを取得し、空いているスロットが青く光ると交換開始の合図だ。運転手はリキシャの後部から電池を抜いて空きスロットに差し込み、装置が指示する充電済み電池を取り出して三輪車に装着する。慣れれば交換に1分とかからない。

使われているのは、ホンダが開発した「ホンダモバイルパワーパック」と呼ぶ着脱式の電池だ。重さは1個当たり10キログラムほどで、大人なら片手で扱える。

2050年に脱炭素社会を目指すという目標に向けて世界が走り始めた今、電動化の波は四輪車だけでなく二輪車にも押し寄せる。ホンダは年1702万台(22年3月期実績)を販売する二輪車の世界トップメーカーだ。その電動化に向けて、ホンダが起爆剤と位置付けるのが、交換式電池だ。

ユーザーにもメーカーにも利点

交換式に着目した背景には、電動化への課題が大きく関係している。二輪車の電動化においてネックとなるのは電池の価格、1回の充電で走れる航続距離、充電時間の3つ。どれも電気自動車(EV)と共通するが、もともと車両価格が安い二輪車ではEV以上に電池のコスト割合が大きくなる。EVでは車両コストの3~4割を電池が占めるのに対し、二輪車では現状5割をゆうに超えるとされる。

交換式電池は3つの課題を解決する有効な策となり得る。街乗り用途が中心と割り切れば、電池を小型化できる。これだと航続距離が短くなってしまうが、交換式なら残量が減れば電池を載せ替えればすむ。十分な数の充電ステーションを整備すれば、ガス欠ならぬ「電欠」の心配はなくなる。

メーカーにとってもメリットはある。複数の車種で同じ規格の電池を使えるようにすれば、量産効果によって電池のコストダウンを図れる。さらに、車両を売ったら終わりではなく、点検や修理などと同様に、電池の利用や充電で継続的に収益を得る新たな事業モデルへの道が開く。

業務用二輪車、電動化で先行

インドでの取り組みは、今のところ電動三輪車向けの実証実験という位置付け。日本では一足早く業務用二輪車向けに交換式電池を事業化した。ただし、電池はシェアリング式ではなく、二輪車を使う事業者の拠点に充電ステーションを設ける。日本郵便はホンダの業務用電動二輪車「BENLY e:(ベンリィ イー)」を導入。首都圏を中心にすでに2000台以上を運用している。

日本橋郵便局(東京・中央)では40台ほどの電動二輪車が日々配達に出かけている。配達圏は八重洲、日本橋浜町など郵便局から半径5キロメートルほどの地域だ。午前中に2時間ほどの配達業務を済ませて帰ってくると電池の残量は60%ほどになる。局内の駐輪場に設けた充電ステーションで2時間程度充電すると、午後はフル充電に近い状態で再び配達に出ていくことができるという。

日本での電動二輪車の普及はまだまだ限定的で、日本郵便のような法人向けで緒に就いたばかり。しかし、グローバルに視野を広げてみると、うかうかしていられない状況が見えてくる。

インドにライバル続々

ホンダの二輪車事業にとって主力市場であるインドや東南アジアでは電動車が市民権を得つつある。二輪車の世界最大市場であるインドでは、政府が補助金の支給などを通じて二輪車やリキシャの電動化を推し進める。21年には電動二輪車への補助金額を引き上げ、適用期間も延長した。二輪車市場全体に占める電動車のシェアは3~4%といったところだが、販売は確実に増えている。

先行するのは地場メーカーだ。ヒーロー・モトコープのような既存の二輪車大手だけでなく、電動化による「ゲームチェンジ」を参入の好機とみたオラ・エレクトリック・モビリティーなど新興勢力も競争に参戦。交換式電池を採用するモデルも増え、スタートアップや電池メーカーが手掛ける電池の交換ステーションも市中で続々と立ち上がっている。

ホンダの牙城を切り崩そうと、ライバルたちは先行逃げ切りを狙う。四輪車事業の立て直しに取り組んでいる現在のホンダにとって、二輪車事業は連結営業利益の約36%(22年3月期実績)を稼ぐ、頼もしい柱だ。安定した経営のための生命線ともいえるこの事業で、おいそれと市場を譲り渡すわけにはいかない。

21年2月から、現地で電動三輪車向けに電池シェアリングの実証実験を進めてきたホンダも、22年中にはそれを本格的に事業化する方針だ。22年4月には、インドの二輪事業子会社が向こう数年のうちに複数の電動二輪車を売り出す考えも表明。地場メーカーに正面から対抗していく姿勢を打ち出した。

予想以上のスピードで拡大する電動二輪車市場で、先行する現地勢を追いかける格好となった絶対王者。しかし、ホンダが見据えているのは、二輪車だけでなく、その先に広がる新市場だ。

多彩な技術者が集結

ホンダが考えるのは、乗り物の枠を超えて幅広い製品で電池を共通化する世界だ。二輪車に搭載した交換式電池と同じ規格を、家庭用充電器や事業用の蓄電池、さらに農機など汎用製品でも採用する。二輪車に乗らない時間にも別の用途で電池を使用できれば、ユーザーにとっての価値はさらに高まる。

モバイルパワーパックを他社製品にも開放することで、使い道はさらに広がる。ホンダはコマツと電動マイクロショベルを共同開発し、22年3月に国内で発売。電池を核とするホンダならではのエコシステム(生態系)づくりを目指しているというわけだ。

モバイルパワーパックの開発は15年ごろから加速した。現在その中心を担うのは、ホンダの研究開発(R&D)子会社である本田技術研究所の先進パワーユニット・エネルギー研究所だ。新価値創造の拠点として17年に新設された研究開発組織「R&DセンターX」を前身とし、20年に発足した。

ここには環境やエネルギーを専門としてきた技術者以外に、四輪車や二輪車、材料化学など様々な領域から人材が集まっている。22年4月には、元フォーミュラワン(F1)のエンジニアもメンバーとして加わった。ごくわずかな人数で開発を進めていた数年前に比べ人員は数倍に増えた。

様々な人材を集結させているのは、モバイルパワーパックがホンダにとって未知の領域であるからにほかならない。開発を率いるPUシステム開発室第一ブロックマネージャーの江口博之氏は「新たな組織、新たな開発で、仕組みがない。普段の開発ではシステムや評価手法が確立されているが、それもない」と話す。

開発中に何か問題が起こった際、内製基盤のある開発ならばトラブルの原因を仮定して絞り込むことができる。しかし、チームに勘やコツが備わっていないため、しらみつぶしに原因を探し出すしか方法がなく、作業にどうしても手間をかけざるを得ない。

しかし、混成チームは壁にぶつかりながらも、多様性を武器に開発を前に進めてきた。例えば、バッテリーを装着する際に不可欠な通電用端子。初めは剥き出しで設計していたが、重さ10キロの電池を乱暴に投げ入れると折れたり壊れたりする恐れがあることに気がついた。そこで、メカニックの設計経験がある技術者のアイデアで、電池を差し込む動きに合わせて端子が下からせり出す機構を取り入れた。

充電ステーションは電源系統を上部に配置していたため、筐体(きょうたい)が頭でっかちとなり輸送時にゆがんでしまうトラブルに見舞われた。電源系統と筐体を別送し、現地で組み立てる手法で乗り越えた。ここでは、小型EVを設計していた技術者の提案で、電源系統をカセットのように入れ替えられる仕様にしていたことが幸いした。

完成品をくまなく検査するのが当たり前という自動車メーカーの発想からすれば、現地で組み立てるというやり方は異例だ。しかし、問題が発覚したのは開発期限のほんの数カ月前。「それまでの"常識"にとらわれている時間はまるでなかった」と江口氏は振り返る。

自動車にとどまらず、二輪車、汎用品まで幅広い製品を手掛ける事業の多様性こそ、ホンダが「ホンダ自動車」ではないゆえんだ。世界の自動車業界を見渡しても、こうした個性を持つメーカーは見当たらない。畑の異なる技術者たちが一丸となり、事業をまたいで製品とアイデアをつないでいくことで、ホンダは新たなビジネスを生み出そうとしている。

(日経ビジネス 橋本真実)

[日経ビジネス電子版 2022年8月18日の記事を再構成]

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