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子どもの急性重症肝炎、なぜいま多発?

日経サイエンス

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小児急性肝炎の報告数が英米を中心に増加している。直近の約半年の間に、英国では197件、米国では180件の報告があった(5月20日時点)。英国では報告例の半数以上でかぜや胃腸炎を引き起こすアデノウイルスが見つかっているが、肝炎との関係はまだ不明だ。新型コロナウイルス感染症が間接的に影響している可能性もある。

一般的に、急性肝炎は感染症や薬、毒物などによって肝臓に負荷がかかることで起こる。自覚症状は発熱や倦怠感、吐き気などで、肝細胞に含まれる酵素の一種であるALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)の血中濃度が高まるのが特徴だ。

子どもの急性肝炎は、軽症のものであれば珍しくない。東京都立小児総合医療センター感染症科の堀越裕歩医長は「熱があって搬送されてきた子どもが、検査してみると肝炎だったということは比較的よくある」と話す。かぜや飲んだ薬の影響でALTが一時的に上がっただけで、その後数日で正常値に戻ることも多い。

ただ、今回の英米のケースは肝炎の事例がほぼ同時期に多数報告されている。特に「肝移植を必要とする劇症肝炎が多発している点が異常だ」と堀越医長は指摘する。米国では10日時点で患者の9割が入院し、肝移植の実施例が15件に上った。英国でも10日までに11件実施されている。これまで、移植が必要なほど重い小児の急性肝炎は先進各国で数件しか報告されない年がほとんどだった。

今回の小児急性肝炎に関連のありそうな事例として、世界中から既に500件以上の報告があがり、日本でも半年前まで遡って24件の報告がある(20日時点)。ただ、WHOが現在各国に報告を求めている小児急性肝炎の症例定義はかなり大雑把だ。小児で高いALTの値が見られ、肝炎ウイルスが検出されなければ、それだけで大概のケースが当てはまる。これは、病気の原因がわからないうちは条件を緩くして多くの症例データを集め、分析する必要があるためだ。そのため、世界中の数百件の症例のなかには今英米で懸念されているものとは無関係の症例も多数含まれている。

英国の健康安全保障庁(UKHSA)が5月6日に発表した分析結果によると、アデノウイルスの検査を受けた126人中91人が陽性で、なかでも「41型」のウイルスが多く見つかった。ヒトに感染するアデノウイルスは60種以上の型があり、41型は胃腸炎を起こす一般的なアデノウイルスだ。また、新型コロナウイルスは100人中14人が陽性だった。患者に共通する薬の使用歴や毒物の検出例はなかった。こうした調査結果をもとに、UKHSAは原因に関する6つの仮説を立てた。

今のところ、アデノウイルスが何らかの形で肝炎に関与している可能性が高い。UKHSAの仮説の中でも1番目に挙げられているのが、新型コロナのパンデミック下でアデノウイルスの感染が一時的に減った結果、子どもがアデノウイルス感染症にかかりやすくなった可能性だ。

こうした事例は既に他の感染症で確認されている。その代表例が、2021年に日本で発生したRSウイルス感染症の流行だ。RSウイルスは主に乳幼児でかぜや気管支炎、肺炎などの症状を起こすウイルスで、通常夏から秋にかけて流行する。2020年にはほとんど流行が見られなかったが、2021年になると時期外れの4~5月ごろから首都圏を中心に流行が始まり、例年の2~3倍の規模にまで広がった。

東京都立小児総合医療センターにおいても、2021年にはRSウイルス感染者の入院者数が増えた。「夏場の入院患者は例年だと月に10~20人だが、2021年は100人を超えた」と堀越医長は振り返る。

RSウイルスは、通常2歳に達するまでにほとんどの乳幼児が一度は感染するとされる。しかし、国立国際医療研究センターの氏家無限・トラベルクリニック医長らがこの変則的な流行を調べた結果、2021年の流行は感染者に占める2歳以上の割合が例年より高かった。氏家医長は「2020年の流行がなかったことで、免疫を持たないままの子どもが2021年になって初めて感染したケースが多かった」と分析する。

アデノウイルス感染症でも同様のことが起きている可能性がある。実際、英国では2021年の秋以降、1~4歳のアデノウイルス感染例が例年と比べて約2倍報告されている。しかし、急性肝炎はそもそも通常のアデノウイルス感染症ではまず起こらない症状だ。氏家医長は「症状の変化が起きており、今回の急性肝炎を行動変容の影響だけで説明するのは難しい」と指摘する。前述の小児総合医療センターの事例では、RSウイルス感染症の患者の症状は例年と同じだった。

では、他にどんな原因が考えられるのだろうか。1つは変異したアデノウイルスが出現した可能性だ。こうした例は過去にもあり、2006~2007年には米国で14型のアデノウイルスによる重症肺炎が多発した。ゲノム解析の結果、病原性が強くなった14型の変異株であることが明らかになった。

あるいは、新型コロナに感染すると、その後急性肝炎が起こりやすくなるという可能性もある。新型コロナの感染によって免疫系の働きが異常になり、その後自己免疫性の肝炎を発症したケースを米オハイオ州シンシナティ小児医療センターのジュリー(Osborn Julie)らが報告している。

また、新型コロナウイルスともアデノウイルスとも異なる、新たな病原体の可能性も捨てきれない。アデノ随伴ウイルス(AAV)と呼ぶ、アデノウイルスの力を借りて増殖する小型ウイルスも英国内の複数の地域の患者から見つかっている。病気を起こさないと考えられているウイルスだが、肝炎と何らかの関連があるかもしれない。

「現時点ではあらゆる原因の可能性があり、1つに決めつけずに慎重に議論すべきだ」と氏家医長は話す。たとえば英国の調査結果には患者の7割が犬を飼っているというデータもあるが、これだけで犬が原因だと結論づけることはできない。単なる偶然かもしれないし、背後にまったく別の原因が隠れている可能性もある。

調査が進むに従って、仮説は絞り込まれていく。たとえば当初は新型コロナのワクチンが原因とする説もあったが、肝炎を発症した小児の大半がまだワクチンを接種していないことが明らかになっており、直接的な原因とは考えにくい。今後患者から検出したウイルスのゲノム解析が進めば、アデノウイルスの変異の有無もわかるはずだ。

病気の原因を特定する作業は、あらゆる現場証拠を集めて行う探偵の推理に似ている。早合点すると正解にたどり着けないところもそっくりだ。原因不明の状況が続くのは気がかりだが、今は静かに調査の進展を見守りたい。

(日経サイエンス編集部 出村政彬)

日経サイエンス2022年7月号に掲載

  • 発行 : 日経サイエンス
  • 価格 : 1,466円(税込み)

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