特許紛争に見る米国の訴訟ビズ トヨタやホンダを提訴 - 日本経済新聞
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特許紛争に見る米国の訴訟ビズ トヨタやホンダを提訴

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

車載通信部品が特許を侵害しているとして、米国の特許会社がトヨタ自動車やホンダなどを米裁判所に提訴したというニュースが12月上旬に流れました。今回は「つながる車」関連でしたが、トヨタが電気自動車(EV)に大きくシフトするなか、今後はEV関連でも特許を巡る紛争が増える可能性が指摘されています。こうした動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「カントリー・アナリシス・フレームワーク」の観点で解説します。

「発明の価値」を守る

特許(特許権)とは、日本の場合、特許庁が管轄する4つの産業財産権の1つです。産業財産権は下図に示すように、知的財産権の一部です。特許の目的は、端的に言えば「発明の価値」を守ることです。時間やお金をかけて価値のある発明した人物や企業を一定期間保護するというのは自然な発想でしょう。

テクノロジーを扱う製造業などの企業にとって、特許を保有すれば他社との競争で優位に立てるだけではなく、他社に有償でライセンス供与することで収益源にもなります。例えば日亜化学工業は青色発光ダイオードに関する数多くの特許をとり、特許侵害を積極的に訴えることで長年、新規参入を防いできました。特に製造工程における熱処理に関する国内特許「第2540791号」は「最強の特許」と呼ばれ、日亜化学の業績に大きく貢献しました。

「強い特許」の2条件

企業にとって「強い特許」の条件は大きく2つあります。それは使用量(市場性)権利行使力です。前者が量的な意味合いを持つのに対し、後者は特許の流用などがあった時に差し止めができる、あるいは裁判になっても負けないという質的な意味を持ちます。質量ともに強い特許は、テクノロジーが重要な意味を持つ企業にとっては非常に大きな武器となるのです。

特許は企業だけでなく国にとっても重要な意味を持ちます。自国の企業が栄えれば、外貨獲得や税収増、雇用創出、顧客の便益などでメリットが生じるからです。特許を含む知的財産権全般について、各国は様々な方針を打ち出しています。

今回は米国の特許会社による訴えということですが、では米国は特許に関してどのような考え方を持っているのでしょうか。ここではグローバルに競争する企業が他国を分析するときに用いる「カントリー・アナリシス・フレームワーク」を使って見てみましょう。

3つのカテゴリー分析

カントリー・アナリシス・フレームワークでは①パフォーマンス②戦略③コンテキスト――の大きく3つのカテゴリーを分析します。

まずパフォーマンスでは、経済だと国内総生産(GDP)、失業率、インフレ率、国内企業の時価総額など、さらに、政治体制や識字率、生活水準などを特に定量面から捉えます。次に戦略では、その国の主だった目標と政策について分析します。たとえば「消費者の利益を守るために独占禁止法を厳しく適用する」などです。特許に関する政策などもここに含まれるでしょう。

3つ目のコンテキストとは、その戦略が実行された背景です。たとえば1920年に施行された米国の禁酒法の背景には、市民の精神として流れるピューリタニズムの「清純さ」といった宗教背景や、当時の大手ビール会社であったアンハイザー・ブッシュやクアーズ、ミラーなどが敵性国家のドイツからの移民が興した会社だったという背景がありました。

禁酒法の例からもわかるように、往々にして戦略はロジカルな側面のみならず、一見非科学的な要素によって左右されることもあります。政治家が有権者の投票行動に左右されることを考えると不思議ではないのですが、こうしたことがあるゆえにコンテキストの分析は難しくなります。

パテントトロール

さて、今回訴訟を起こした米特許会社インテレクチュアル・ベンチャーズは、俗にいうパテントトロールです。パテントトロールとは、自社で発明を行うのではなく、他社から特許権を買い取って行使することで、ライセンスフィーや特許訴訟の和解金を得る企業です。日本ではあまり多くありませんが、米国ではある程度の数存在します。

ではなぜこうしたコバンザメのような企業が存在するのでしょうか。1つには米国が長年、特許を重視する「プロパテント政策」をとってきたことがあります。自国のテクノロジー企業を保護することで国の競争力を維持しようという、ある意味合理的な理由に基づきます。

プロパテント政策が特に厳しくなったのは1980年代以降といわれています。70年代ごろまでに日本やドイツなどの先進国企業に技術競争で負けることが多くなったことも背景にあります。

文化としての訴訟ビジネス

もう1つは米国の訴訟文化です。もともと移民の国ゆえに紛争回避やその解決のために法律が重視されてきた歴史があります。現在でも人口当たりの弁護士の数は日本をはるかに上回ります。ワシントンの政治家の多くは弁護士出身者が少なくありません。弁護士会などの団体が同じ思想や性向を持つ政治家にロビー活動を行うことなどにより、「訴訟ビジネス」が一定の規模を持つようになったのです。

その結果として、米国では訴訟費用が高騰しました。訴えられた方も、勝訴のために手間暇をかけるより、和解金で済ませた方が費用対効果としてお得となったのです。パテントトロールはこうしてビジネスとして成長し、最盛期は2000年代半ばごろだったとされます。

ただ、米国でもパテントトロールの行き過ぎたやり方は、自国企業の発明も萎縮させかねないと非難が高まりました。発明が重要な意味を持つ企業によるロビー活動もありました。その結果、特に09年からのオバマ政権以降、パテントトロールは多少下火になります。

トランプ政権下で再び勢い

潮目がまた変わる契機となったのが17年のトランプ政権発足でした。「アメリカ・ファースト」を標榜し、プロパテント政策の強化に動いたのです。背景には、オバマ政権の8年間で米国の知的財産に関する国際ランキングが落ちているという事実がありました。

実は、インテレクチュアル・ベンチャーズが日本の自動車企業を訴えたのは今回が初めてではありません。まさにトランプ政権発足後間もない時期に、同社は日本やドイツの自動車会社を訴えています。背景には、こうしたやり方が時の政権の方針と合っていたこと、そして自動車業界がEVシフトや情報通信技術との融合、自動運転への挑戦など、大きな過渡期を迎えたことがあります。

自動車はただでさえ巨大産業です。その変革期には必ず何かしらの紛争や調査漏れが起こるものです。つまり、自動車業界はパテントトロールにとって「掘れば何か出てくる宝の山」となっていたのです。

中国にも油断は禁物

さて、バイデン政権へと環境が変わったなかで今回のような訴訟が起きたのは、やはり自動車産業の変革が企業や国の競争力に与える影響の大きさゆえと言えそうです。ただ、米国がさらにプロパテントの方向に行くのか、それともまた揺り戻しがあるのかは現段階では微妙です。

ビジネスにおけるテクノロジーの重要性は増しています。素材やバイオなど、テクノロジーの領域は多岐にわたります。日本のテクノロジー企業としては、一大市場であり重要なライバルでもある米国の動向をしっかりウオッチすべきであるとともに、不用意な調査漏れなどがないか今まで以上に慎重な姿勢、そしてしたたかな交渉力が求められます。

これはいまや技術大国となりつつある中国にも当てはまるでしょう。さらに、視座を高めて、特許に限定せず、主要国の政策やコンテキストをカントリー・アナリシス・フレームワークなどで多面的に理解する必要性が高まっていることは間違いないでしょう。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「カントリー・アナリシス・フレームワーク」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/4315d5c4 (「GLOBIS 学び放題」のサイトに飛びます)

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