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アサヒが生ジョッキ缶販売停止 「スゴい差異化」の功罪

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

「生ジョッキ缶」は蓋を開くと泡が出るのが特徴。家飲み需要を取り込む戦略だった

アサヒビールの「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」の缶の製造が間に合わず、出荷を取りやめるという事態になりました。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、「差異化」「ボトルネック」の観点で解説します。

差異化こそ新製品開発の基本

多くの企業において、新製品を市場に出す際の重要なポイントは他社製品や自社の既存製品との差異化になります。もし他社製品と差異化ができていなければ、ライバルと差異化できるのは価格や配架のみとなってしまいます。もちろん、それはそれで大事なのですが、価格競争は長い目で見て体力を消耗しますし、配架で勝つためにはやはり差異化された商品に比べ多くのコスト(例:広告費やプロモーション費、営業コスト)を要します。特に体力に劣る2番手以降の企業、あるいは首位であっても2位と大差のないときは、しっかり差異化を行うことが基本となります。

差異化を考える際には、大きく2つの方向性があります。

一つは既存の属性(軸)の上でまだ競合が占めていない場所を埋めるというものです。たとえば缶コーヒー市場において、かつてブラックでもなく甘くもない「微糖」というセグメントを見出したようなやり方です。缶コーヒーでは他にも、思いっきり甘くした「MAXコーヒー」という製品もあります。

すでに激戦市場であったレモン味の缶チューハイ市場では、日本コカ・コーラの「檸檬堂」が、本格的なレモン果汁の多さにアルコール度数や味のバリエーションを組み合わせることで、2020年を代表するヒット商品となりました。マーケティングではよく2次元のポジショニングマップを描いて差異化イメージを訴求しますが、「檸檬堂」は非常にユニークなポジションを確保したのです。

もうひとつの方法は、それまでライバルが気が付いていなかった新しい軸を見出すというものです。たとえば今や当たり前となったキシリトール配合のチューインガムは、「〇〇味」や「スッキリ」といったそれまでの差異化軸とは全く異なる「虫歯予防」という軸を打ち出し、チューインガム市場に大きなインパクトを与えました。20年にヒットし「着るクーラー」などと話題になった「ペルチェ素子クーラー」も、冷却メカニズムを化学的反応ではなく、電流を流すことで局所的に冷却できる半導体に求めたというのは非常にユニークでした。

もちろん、企業の独りよがりの差異化では消費者はついてきてくれません。ニーズがあり、しかも消費者の琴線に触れる差異化こそが市場を制するのです。

斬新な差異化ゆえの悩み

今回のアサヒの差異化のポイントは、缶の蓋がフルオープンというだけではなく、自然に細かい泡が発生する「自己発泡」です。缶胴(缶の側面の部分)の内面に、特殊な塗料を焼き付けて作った無数の凹凸があり、蓋を開けるとそれが振動して発泡するという仕組みだと同社は解説しています。お店でビールジョッキに注いだような状態をつくることで、家飲みをよりおいしく楽しくするという発想です。非常にイノベーティブな差異化と言えるでしょう。そしてそれが予想以上に受け、欠品となってしまったのです。

ちなみに、かつて80年代中盤に「容器競争」と呼ばれる競争がビール業界で流行ったことがあります。とっくり型の2リットルの容器や、注ぐと「ピヨピヨ」と音が出る容器などです。それを最初に仕掛けたのもアサヒビールでした。ただし当時のアサヒビールは「スーパードライ」が出る以前で、シェアも10%前後と競争力がなかったため、差異化の果実をものにすることはできませんでした。模倣も容易でしたし、味にインパクトを与えるものではなかったため、消費者もすぐ飽きてしまい、あっという間に廃れてしまったのです。それに比べると、今回の「生ジョッキ缶」は、味そのものに影響を与えるという意味で、当時の容器戦争とは趣を異にすると言えそうです。

1人あたりの販売本数に制限を設けたが……(20日、都内のビール売り場)

極めてクリエイティブな新商品ですが、そうなると難しくなるのは発売当初の需要の見込みです。作りすぎると、過剰に在庫を抱えることになってしまいます。仮に有力な流通・小売業者(チャネル)に販売できたとしても、食料・飲料ならではの悩みとして流通在庫が滞留してしまうと味の劣化を招いてしまいます。これではせっかくの「おいしい飲み方の提案」の意味がありません。

正確な需要予測カギ

一方で、今回のように欠品を出してしまうのも、せっかくの販売機会のロスにつながりますし、チャネルにも迷惑をかけるということで好ましくはありません。IT(情報技術)分野の商材などは、いったん作ってしまえば複製コスト、在庫コスト、配送コストは限りなくゼロですからこうした問題は生じにくいのですが、物理的に実体のあるモノについては、極力正確な需要予測をすることが新製品発売時には必要となるのです。

実はアサヒビールは、ビールなどの需要予測に数年前から人工知能(AI)とビッグデータを取り入れています。ビールの売り上げは、天気やイベント、プロモーション方法などの要素に大きく左右されます。そこで、過去の売り上げのビッグデータを活用し、より精度の高い需要予測につなげているのです。

新製品についても、過去に発売した200品目を超える製品のデータなどから需要を予測するそうです。ただ、200程度だと、少なくはないですが、ビッグデータとは呼べないという難しさが生じます。既存の商品であれば、数億、数十億のパターンがわかっていればそれをもとにかなり精度の高い予測はできます。新製品であっても、1年程度のスパンであれば、最初の需要やリピートの状況を見てかなり精度高く予想はできます。しかしスタートダッシュだけは、さすがのAIをもってしてもデータ数が少ないことから、予測は必ずしも容易ではないのです。逆に言えば、今回の「生ジョッキ缶」は、AIの予測の上を行き、既存の理論や法則では説明がつかない「アノマリー」的な差異化だったとも言えるわけです。

ボトルネックも問題に

今回の出荷一時停止の背景には、製缶会社がボトルネックになるという事情もありました。ボトルネックとは、アウトプットを出すスピードを決めてしまう、最もキャパシティの小さなプロセスを指します。

言うまでもなくアサヒビールにとって製缶は社内のプロセスではなく、サプライヤーのプロセスです。これが社内であれば、発売前の市場調査で好感触が得られていたなら、AIの予測にそれを加味する形で、多少リスクを取ってでも設備投資を行うということもあり得たかもしれません。しかし外部のサプライヤーにそれをお願いするのは、契約次第とは言え、難しいものがあります。

今回の「生ジョッキ缶」は、ビールメーカーと製缶会社のオープンイノベーションともいえるわけですが、協業にはこうしたリスクがあることも明らかにしたと言えるかもしれません。汎用的な原材料であれば他の入手先もあったかもしれませんが、特定の企業と組んでのイノベーションゆえにボトルネックが顕在化してしまったというわけです。

オープンイノベーションはこれからもどんどん加速していくでしょうが、製品開発をして終わりではありません。供給体制や何かあった時の緊急対応など、事前に詰めておくことは実は少なくないのです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「ボトルネック」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/475fba24(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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