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エビスの「ちょっと贅沢」見直す サッポロ野瀬新社長

野瀬裕之(のせ・ひろゆき)氏 サッポロビール代表取締役社長。1963年生まれ。福岡県出身。86年九州大学経済学部経営学科卒業、旧サッポロビール(現サッポロホールディングス)に入社。2011年焼酎戦略部長、12年エビスブランド戦略部長、13年ブランド戦略部長、15年取締役戦略企画部長、19年取締役常務執行役員営業本部長、20年取締役常務執行役員マーケティング本部長国内営業部門管掌を経て21年3月30日から現職(写真:北山宏一)
日経ビジネス電子版

3月30日付でサッポロホールディングスの事業会社であるサッポロビールの社長に就任した野瀬裕之氏。コロナ禍で飲食市場に逆風が吹く中、「経営の一丁目一番地はビールブランドの強化」と、国内外での一段の成長を目指す。

主力のビール事業に限らず焼酎事業などでもブランド構築で陣頭指揮を執ってきた。社員が活躍できる「適所」を会社が準備して「適材」を育成する。社長の務めはコアコンピタンス(中心的な競争力の源泉)であるビール事業の強化と、「適所適材」に配慮した社員の配置と語る野瀬社長に今後の展望を聞いた。

――野瀬社長が感じるサッポロビールの強みとは何でしょうか。

「国内の酒類事業に限ってお話しすれば、長い歴史に裏打ちされたストーリーのあるビールブランドを複数持っていることだと言えます」

「当社は2026年に創業150周年を迎えます。140年以上も連綿と受け継がれてきたブランドをお客さまが支援し続けてくれた。その根幹には創業以来、原料づくりからこだわる『ものづくり』があります。原料や醸造技術にこだわって、お客さまからも『職人的な仕事をする会社』として評価されているのは私たちの強みです。そのDNAはこれからも引き継いでいかなければなりません」

「しかし、商品がおいしいだけでは十分ではない。魅力的に見えないものは手に取ってもらえないからです。お客さまの目に魅力的に映る商品は時代によって変化します。エビスビールでは1994年から『ちょっと贅沢(ぜいたく)なビール』というキャッチコピーでお客さまに訴求しましたが、現在はプレミアムビールへの嗜好が変化してきました」

「では、魅力を高めるにはどうするか。それにはお客さまとのタッチポイント(接点)をもっと増やす活動が欠かせないと考えています。商品の歴史を強みに、その物語を魅力的に今日のお客さまに伝える。それが私の仕事だと感じています」

――エビスビールのブランドコンセプトを1月にリニューアルしました。市場の反響はどうでしょうか。

「商品はお客さまと我々を結ぶ大切なタッチポイントです。ですから、商品は『情緒価値』が重要だと考えています。おいしさを追求して『機能価値』を高めることは当然ですが、飲食店やご家庭で飲んだときに感情に響くようなストーリーが必要となります。こうしたエモーショナルな価値をつくり上げるにはターゲットをしっかりと見定めて時間をかけて進めていくほかありません」

「私は86年の入社です。エビスビールは88年に漫画『美味しんぼ』で紹介されるなどして話題を呼びました。それまでの日本のビール飲料であまり認知されていなかった味覚のプレミアム感を打ち出したのです。『ちょっと贅沢なビール』のキャッチコピーで高級店などで楽しめるイメージが広く浸透しました。これは当時のエビスビールの立ち位置をしっかり見定めたからです。お客さまは価格による訴求にではなく、飲んだ際のプレミアム体験を評価してくれました」

お客さまが納得する機能価値を提示

(写真:北山宏一)

「しかし、このキャッチコピーによる訴求を始めてから20年以上が経過して『ちょっと贅沢』にどれほどの価値があるのかを考え直す時期に来ています。95年以降、低価格の発泡酒や新ジャンルが市場に出回るようになり、ビールと発泡酒・新ジャンルの価格差は倍近くにもなりました。一方で、2000年代には国内外を含めてクラフトビールが多くの飲食店に並ぶようになってきた。1杯1000円でも価値を見いだせばクラフトビールを選ぶお客さまが増えてきたのです」

「これだけビールを取り巻く環境が変わってきたのです。立ち位置が不鮮明になったエビスビールは『プレミアム』の意味に主体性を持たせなければなりませんでした。それは高価格帯を意味するのではなくて、お客さまに選んでもらえる価値を持った商品となります」

「そのブランディングはやはり難しい。新ジャンルを打ち出す場合はお客さまが納得する機能価値を提示すればいいのですが、既存ブランドの体験価値を高めるには5~10年のサイクルが必要になります。例えば主力商品の黒ラベルは19年に提供品質に徹底的にこだわった『サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR』を東京・銀座に出店しました。銀座の一等地で『完璧な生』が飲めるという魅力的な体験を味わっていただくことで、商品への情緒価値を感じてもらう。こうしたお店が1店舗あるだけでも変わってきます。体験のプレミアム化の積み重ねでブランドの熱狂的なファンづくりを推進していきます」

社員の「適所」は会社が準備する

――歴史を引き継ぐと言われましたが、野瀬社長の中で教訓となって残っている経験はありますか。

(写真:北山宏一)

「ビール部門から『焼酎戦略部』に異動した経験でしょうか。当社は06年にキッコーマンから焼酎事業を譲り受けて甲類焼酎の市場に参入しました。焼酎戦略部の部長だった私は初めて焼酎という商品に向き合うことになりました。ビールの商品開発などにも携わっていた経験を生かして新商品を開発しました。06年当初、焼酎の売り上げは年間70億円ほどでしたが現在は倍の150億円ほどに成長しています。その後、焼酎事業は発展し、当社グループではレモン果汁なども取り扱っているので、『濃いめのレモンサワーの素』などを開発し、お客さまからも好評価をいただいています」

「私は社員が能力を十分に発揮するには適所が必要だと考えています。焼酎を担当した当時は私が適所に配置されたのか分かっていませんでしたが、あの時の経営判断があったからこそ新しい商品を生み出すことができた。社員を育成するための適所配置は私も心掛けたいところです」

――コロナ禍の長期化が飲食店などに大きな影響を及ぼしています。酒類の販売にはどのような影響がでているのでしょうか。

「21年の業務用ビールの販売も19年と比べて7割くらいしか戻らないだろうとの見方をしています。20年は19年と比べて6割ほどだったので少しずつ回復していくとみているのですが、まだ厳しい状況は続いています。飲食店では感染拡大防止対策を取りながら制約の中で営業を継続しているところが多く、日本は海外に比べて新型コロナウイルスの感染者数の拡大を抑えていると思います。それでも予断を許さない状況なので現状では客足が戻るのは先かもしれない」

「一方で自宅勤務などにより家庭で過ごす時間が増えた人が多い。お客さまは自分で好きなブランドのお酒を買って自宅で楽しむようになっています。いわゆる『家飲み』の時間を楽しくする購買行動にどうアジャストするかが重要になってきました。コロナ禍の収束については正直、その見通しが分かりません。ですから、お客さまへの情報発信は欠かすことができず、タッチポイントを1つでも多く増やすことが当面の戦略となります」

――コロナ禍に限らず日本では価値観が大きく変革する時期に差し掛かっています。社内の働き方改革など、どのような点に主眼を置いて経営に取り組むのでしょうか。

「コアコンピタンスはビールであり、その原点となる能力を高めていくことです。当社は若干、環境変化への弱さがあり、経営はボラティリティー(変動率)が高いと言えます。しかし、たとえ環境が変わってもビールブランドがしっかりしていれば、しなやかで強靱(きょうじん)な経営ができます。原点の能力が強くなければ会社は社員に対する求心力を保つことができません。それは経営の一丁目一番地で間違ってはいけないところですね。世の中の多様化に対応して酒類のセグメントは大きく広がりました。どの市場を攻めるかは取捨選択するしなやかさが必要になりますが、コアコンピタンスの強化は常に経営の中心にあります」

「また、働き方の観点で言えば『適所適材』を一段と進める考えです。『適材適所』ではなく『適所適材』です。海外事業やRTD(レディー・トゥー・ドリンク、栓を開けてそのまま飲める低アルコール飲料)など社内で社員が能力を発揮できる場所は数多くあります。経営の役割はまず『適所』をつくる準備を進め、そこに『適材』を配置していくことです。社員ばかりが頑張っても働く環境が合っていなければ人材を失うことになります。人事異動は経営のテーマの1つでしょう。ですから、私の役割はコアコンピタンスへの『原点能力』と、社員の『適所適材』になります」

――働き方は「ジョブ型人事制度」のようなものに変化するということでしょうか。

「人事はそれほど簡単ではありません。部署間のローテーションは人材育成のためある程度は必要でしょう。成果を出すことが求められる仕事もありますが、働き方は一足飛びにジョブ型に変わりません。多様な人材が多様な部署で働いているのです。マーケティングも製造も経験して社員の適性を見て育てることも大切です。ですから、しなやかな働き方が当社では望ましいと考えています」

全世界600万ケースを1000万ケースへ

――アフターコロナで伸びる市場をどのように分析されていますか。

「世界的なコロナ禍を経て、私たちは改めて国同士がつながっていることを認識しました。カナダ市場では日本以上に飲食店が苦しんでいます。一方で家庭用の酒類は販売が好調で、健康志向も相まって当社の『スリーマンクリア』といったカロリーオフビールが伸びています。RTDも米国やカナダでよく売れている」

「海外、特に北米事業はコロナ後に次のステージを目指します。米国は巨大市場で競争も激しいのですが、サッポロプレミアムビールは1990年代から拡大しており、米国ではアジア系ビールのトップになっています。認知度も高く、地盤も流通網もあるので今後はローカル地域を攻めていく。例えば、相対的に日系人の多い西海岸などはまだまだ増やせるでしょう」

「サッポロプレミアムビールは全世界で2019年に600万ケース(1ケースは633ミリリットル20本換算)販売していますが、これを26年までには1000万ケースまで増やしたい。06年にはカナダ第3位のビールメーカー『スリーマン』をグループ化しておりOEM生産できる体制も整っています。11年には日本のビールメーカーとして初めてベトナムに新工場を竣工しました。サッポロイズムを世界で共有しながら、新市場を開拓する戦略で成長の絵を描いていきたいと考えています」

(日経ビジネス 江村英哲)

[日経ビジネス電子版 2021年4月21日の記事を再構成]

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