/

ANAが注力する仮想旅行 「分身」が観光地を走り回る

ANAホールディングス(HD)は遠隔でロボットを動かし、疑似的に観光を楽しめるサービス「アバターイン」を本格的に始める
日経ビジネス電子版

ANAホールディングス(HD)がリアルな移動を伴わない「仮想旅行」ビジネスに注力している。

新型コロナウイルスの感染拡大前は売上高2兆円企業だった同社にとって、こうした新規ビジネスの収益面での貢献は微々たるもの。苦境にあえぐ中で収益性が不透明な新規ビジネスに経営資源を配分するのは合理的でないようにも思えるが、なぜ今、本腰を入れて取り組むのか。

「こちらは栄一が子どもの時に『承服できん』と叫んだ井戸です。ドラマにも登場しますよね」。ここはNHKの大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公、渋沢栄一生誕の地、埼玉県深谷市にある「渋沢栄一 青天を衝け 深谷大河ドラマ館」。

館内で女性ガイドが説明しながら相対するのは来場者ではない。タブレットのような画面が「頭部」に付いた細長いロボットだ。女性ガイドが指さす方向へくるりと回ると、ロボットから「おー」と歓声が上がる――。

このロボットはANAHDが99%出資するavatarin(アバターイン、東京・中央)が開発した「newme(ニューミー)」だ。

足元には大きな車輪と小さな車輪がそれぞれ2つ付いており、低速で縦横無尽に動き回る。頭部には10.1インチのディスプレーと4Kカメラ、奥行きを記録するためのステレオカメラ、さらに足元を撮影するカメラが搭載されている。

ニューミーは遠隔操作が可能だ。ネット接続されたパソコンのキーボードにある十字キーで自由自在に動かせる。そして、搭載したカメラが撮影する映像をパソコン上に映し出せる。ロボットの頭部にはマイクやスピーカーも備わっており、操作する人と現地のガイドの間で双方向の会話も楽しめる。

「ニューミーを使えば、世界中の人々が一瞬でどこにでも行けるようになる」。こう話すのはアバターインの深堀昂最高経営責任者(CEO)だ。アバターインは21年秋から、このニューミーを使った「瞬間移動サービス」を試験的に始めると発表した。

まずは「深谷大河ドラマ館」や高松市にある「新屋島水族館」など4施設にサービスを導入する。施設側は月7万6780円を支払ってニューミーを館内に配備し、アバターインのプラットフォーム上で鑑賞ツアーなどの体験型商品を販売する。

利用者は商品の料金と数百円の「接続料」を支払い、自宅などからパソコンを使ってロボットを動かし、ガイドの説明を聞きながら館内の展示物などを鑑賞して回る。

施設側は商品の料金を全額受け取る。施設側から徴収する月額使用料と利用者から集める接続料がアバターインの収入となる。本格的なサービス開始を前に、夏休み期間には無料体験キャンペーンを実施する。

話題になったオンラインツアー

ANAHDは、アバターインが提供するような自宅にいながら旅行気分を味わえるサービスを続々と打ち出している。

その筆頭は、20年秋に始めたビデオ会議ソフトを使ったオンラインツアーだ。客室乗務員や現地駐在のスタッフなどが米ハワイの観光スポットや現状を紹介したり、機内食の工場スタッフが、製造工程を案内したりする。機内食は事前に参加者の元に送ってあり、自宅などで食べながら見学するといった具合。航空会社ならではのツアーだと、話題を呼んでいる。

20年には人気ゲーム「ファイナルファンタジー15」の開発を手掛けた田畑端氏がCEOを務めるJP GAMES(東京・千代田)などと共同出資してANA NEO(東京・港)を立ち上げた。22年からネット上の仮想空間で疑似旅行や買い物などを楽しめるサービス「SKY WHALE(スカイホエール)」の提供を始める計画だ。

コロナ禍であらわになったのは「航空一本足」の収益構造のもろさ。リスクに耐えられる体制を整えようと、今後5年で非航空事業の売上高を4000億円規模と現状の2倍程度に拡大する目標を掲げる。

その柱の1つに据えるのがこうした「仮想旅行」だ。ANA NEOは25年度までの累計売上高の目標を3000億円としている。

ただ、現実的に考えればこうした事業をANAHDの大きな収益源に育てるのは困難だろう。

売上高は10億~20億円といったところ

オンラインツアーの場合、現状は1回当たり数十人が参加し、数千円の参加料を徴収している。多く見積もっても数十万円の売り上げにしかならない。

アバターインはどうか。もし1000台を様々な施設に配備できたとしても、施設側から得られる使用料は月に7000万円。利用者側からの接続料収入を含めても年間10億~20億円の売り上げが立てば御の字といったところだろう。

スカイホエールは仮想旅行への参加料やサービス内での電子商取引(EC)に関わる手数料収入などが収益源となるが、世界でも類を見ないサービスだけにその可能性は未知数。「5年で3000億円」という目標は「絵空事すぎないか」(中堅航空関係者)との声が多い。

ANAHDの売上高はコロナ禍前の19年3月期で2兆583億円であることを考えると、業績面での大きな貢献は望めないだろう。

ANAHDはオンラインツアーなど仮想旅行サービスに注力するが……

コロナ禍を経て21年3月期は7286億円まで売上高が減り、4647億円の営業赤字を出した。自己資本は大きく減り、約3000億円の公募増資を実施した。

限られた経営資源の適切な配分がより一層求められる中、こうした事業性が未知数な新規ビジネスに取り組むのは、保有株式の希薄化に直面する株主にしてみれば心中穏やかでないだろう。ただANAHDとして「仮想旅行」に取り組む意味は、新たな収益源の創出だけにとどまらない。

1つは本業である航空事業の需要喚起だ。「電子メールやビデオ通話が世に出た際、『海外出張が減るのでは』といった声が上がったが、結果的には増えた」。こう話すのはアバターインの深堀氏だ。

遠隔で旅行を楽しめれば、次は実際に現地を訪れて楽しんでみたいと考える利用者も一定数いるだろう。「仮想」で訪問できる旅行先のレパートリーが増えれば、リアルな旅行を計画する際の「下見」需要で事業が大きく育つ可能性もある。

他の非航空事業との相乗効果も見込める。ANAHDは21年4月、旅行事業を手掛けていた子会社、ANAセールスを「ANAあきんど」という社名に変え、地域創生事業を担わせている。これもまた、非航空事業の柱に育てたい考えだ。ANAあきんどにとって、全国の自治体との関係性づくりは生命線といえる。

5月にANAHDが開いた、山形県酒田市の酒蔵を見学できるオンラインツアー。主催するのはマイル事業や旅行事業を手掛ける子会社、ANA X(東京・中央)だが、ANAあきんどの庄内支店のスタッフも実施に向けた地元での調整に関わった。

コロナ禍によって疲弊するのは各地の観光地も同様。仮想旅行による収入は微々たる数字かもしれないがありがたいはずだ。ANAHDが地方創生事業を手掛ける上で仮想旅行は地域でのプレゼンスを高める1つのきっかけになり得る。

また、化石燃料を大量に消費する航空事業は「飛び恥」という言葉に代表されるように、脱炭素の流れが進む中で「悪者」扱いされやすい業界だ。環境負荷軽減に向け、省燃費機材の導入や再生燃料(SAF)の利用促進などといった動きに迫られている。

そうした中で、ESG(環境・社会・企業統治)経営を進める上でも仮想旅行ビジネスの存在は重要だ。アバターインの深堀氏はサービスの特徴として「サステナブル(持続可能)」「インクルーシブ(包摂的)」といったキーワードを挙げた。

旅行以外でも社会的意義

深堀氏によると、世界の人口75億人のうち、航空サービスの利用者は5%にすぎないという。多くの人々が航空にアクセスできるようになるにつれ、かかる環境負荷は増大していく。また航空サービスは経済環境や健康状態などによって利用したくても利用できないという人も多い。

アバターインであれば、旅行だけでなく病院や介護施設での患者・入居者との面会などといった社会的意義の大きい用途も考えられるだろう。

実際に移動せずとも移動したかのような体験を、あらゆる境遇の人々が得られる――。ともすると本業の再成長を阻害するようにも思える仮想旅行に取り組む意味は、ESGという観点からも見いだせる。

もっとも、本業の苦境が長引けば、新規ビジネスに対する社内外からの風当たりは強まるだろう。いち早く黒字化を果たして事業自体を「サステナブル」にできるか。この成否はANAHDの再浮揚に向け、売上高という見た目の数字以上に重要な意味を持っている。

(日経ビジネス 高尾泰朗)

[日経ビジネス電子版 2021年7月20日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。「日経ビジネス電子版」のオリジナルコンテンツもお読みいただけます。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

お申し込みはこちらhttps://www.nikkei.com/promotion/collaboration/nbd1405/

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン