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不正が起こるのは経営の失敗 社員「性弱説」で対策を

日経ビジネス電子版

企業や官公庁で後を絶たない不正について、企業を舞台とする不正に詳しい2人の識者、危機管理システム研究学会理事の樋口晴彦氏(警察庁人事総合研究官)と、日本公認不正検査士協会理事の竹内朗氏(弁護士)に話を聞いた。さらに、脳科学や哲学の観点から「人はなぜ悪いことをしてしまうのか」というテーマにアプローチする。

不正が起こるのはマネジメントの失敗

「経営を良くするために何をすればいいか」との問いの答えが1つではないように、不正防止策にもこれという正解はない。企業ごとに事情は異なり、他社のまねをすればいいと発想するのは危険だ。

一般的に不正を誘引する要素はさまざまあり、複雑かつ階層的に絡み合っていて、会社ごとの「個性」がある。したがって各社が原因構造を詳細に分析し、それに応じた処方をしなくてはならない。

原因分析を掘り下げていけば、おのずと対策が浮かび上がるものだ。例えば、最近の品質不正問題の原因要素でよく見かけるのは「業務の特殊性」と「長期人事配置の弊害」だ。

業務の特殊性とは、その製品を作る技術を知る人が社内に少ないことだ。利益を稼げない傍流事業でそうした傾向が強まる。それが担当者の長期人事配置にもつながる。

例えば、免震ゴムの性能偽装が2015年に発覚したTOYO TIRE(当時は東洋ゴム工業)では、1998年から2012年まで免震ゴムの技術に詳しい担当者がほぼ1人で性能評価していた。それが不正実行を容易にし、悪事が発覚しにくい職場環境を生んだ。内部監査でも悪行は見逃された。

経営上、管理能力は貴重なリソースだ。こまごまとした分かりにくい製品分野を持つことで、その能力をいたずらに消耗させるのは良くない。成長が見込めるならまだしも、いつまでもうだつの上がらない事業は撤退を考えた方がいい。

それを言うと「売り上げに貢献している」との声が出るが、それは違う。高度成長期では「売り上げの大きさ=会社の発展力」だったが、低成長が当たり前の今は違う。規模の小さい事業を山ほど持つことは、それだけ見えづらいリスクを抱えることになる。

不祥事の原因にはマネジメントの失敗が大きく関わる。個人が起こした不正でも、なぜ組織として見抜けなかったのかを考えなければならない。経営陣は不正を起こしたことへの結果責任ではなく、不祥事が起きる環境をつくったことへの管理責任があると捉えるべきだ。(談)

社員は弱い、「性弱説」で対策を考えよ

不祥事は完全にはなくならない。人間で例えるなら病気と同じだ。「予防医学」という考え方があるように、撲滅させるというよりも予兆を見逃さず、未然に防ぐ発想が重要だ。不祥事が減らない現状は、現場への無関心や「現場の問題は現場で解決できるはず」といった現場依存など、昭和的な経営者の思い込みが限界に来ていることを示している。

社員が上からの圧力などで不正を犯してしまうこともある。それをなくすには「性善説」でも「性悪説」でもなく、現場社員の立場は弱いという意味の「性弱説」に立って対策を考えなければならない。

新型コロナウイルス禍の影響によって管理や監査の精度が落ち、不正を行う「機会」が増えている印象がある。まずは、機会を減らすことに注力すべきだろう。早期発見・早期是正に力を入れることが大事で、企業は発見機能を強化する必要がある。予兆・兆候を早くキャッチしなければならない。

鍵となるのが、リスク管理部門だ。不正防止の組織論に「3つのディフェンスラインモデル」がある。1線目がリスクオーナーである業務執行部門、2線目が1線を支援するリスク管理部門、3線目は独立した内部監査部門を指す。

監査ばかりを強化しようとしても駄目で、まず2線を強化し、2線が「先生」となって1線を指導し、3線がその体制をモニタリングするのが本来の姿だ。

さらに、現場の課題が中間管理層を経由して経営層にしっかり伝わる仕組みを構築し、経営資源を投入して現場の問題を解決する――。こうしたサイクルを回すことで経営に対する現場の信認が生まれ、組織の風通しも良くなるはずだ。そのために内部通報制度の充実も図るべきだ。

ESG(環境・社会・企業統治)経営の重要性が問われる今、不正を防ぐためのガバナンス(G)を高めることが欠かせない。ここが弱い上場会社は投資家などから見放され、事業継続の危機に至る。こうした感覚を経営トップが身に付け、「Tone at the top(トップの倫理的な姿勢)」を実践すべきだ。(談)

人はなぜ悪いことをしてしまうのか

数十億円の横領や会社ぐるみの不正の隠蔽はあなたにとって縁のない話かもしれない。しかし、家族や友人につくささいな嘘や仕事上での小さなルール違反と聞けば、多くの読者にとって「悪」が他人事ではなくなるだろう。

法律に触れる明らかな犯罪や、社会通念に反する道徳違反。人はなぜ悪さをしてしまうのだろう。悪事を働く人だけが例外的なオオカミなのか、それとも、人間は誰しもが羊の皮をかぶったオオカミなのだろうか。

「悪」は合理的な行動か?

こうした問いに対し、犯罪は善悪ではなく合理性によって行われると主張したのが、1992年にノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者ゲーリー・ベッカーだ。ベッカーは「犯罪で得られる便益」と「捕まる確率」、「捕まった時の処罰」の3要素をてんびんにかけ、状況を分析した上で犯罪を行うかどうか判断する「シンプルな合理的犯罪モデル(SMORC)」を提唱した。

この考えのベースにあるのは、人間は自分が利益を得たり不利益を被ったりしないように合理的に行動するという経済学の考え方だ。

しかし、得られる利益が大きくとも、数億円規模の横領に手を染める人はごくわずか。その一方、捕まる確率の高いお粗末な手口にもかかわらず、犯罪を繰り返す者もいる。

この不合理性を解き明かす手掛かりとなるのが、心理学や行動経済学によって嘘や不正のメカニズムを読み解こうとする研究だ。人間の正直さと不正直さを研究する京都大学の阿部修士准教授によると、ある研究では、実験の1回目に嘘をついた人は、2回目にはより多くの嘘をつくという結果が示されたという。つまり、人は嘘をつくと、次々と嘘を重ねてしまう傾向にあるといえる。

他にも、嘘をついた記憶は他の記憶に比べて曖昧になりやすいという現象や、「自分は正直者である」と納得できる範囲にとどまって不正を働くという傾向も明らかになっている。阿部氏は「イソップ寓話(ぐうわ)の『酸っぱいブドウ』が示すように、人間は世界に対する認識を変えることが得意だ」と話す。状況をゆがめて自らの正当性を高めることで、合理性のない悪に染まっていく、ということもありそうだ。

嘘や不正に関する人間の行動特性は、脳研究の中でも少しずつ解明されつつある。

怒り、恐れ、喜びなど、急激に湧き上がる感情を処理する役割を持つのが「扁桃体(へんとうたい)」と呼ばれる神経細胞の集まりだ。左右の目の後方、脳の側頭葉の内側に1つずつある、この扁桃体の活動量が、利己的な嘘を重ねるにつれ徐々に低下していったとする実験結果がある。

初めは罪悪感や嫌悪感が生じるが、徐々に反応が弱まり、嘘が増幅する可能性を示しているといえる。不正を働くかどうかの道徳的な葛藤や、嘘をつく際の複雑な行動の制御には、特定の脳機能が関わっていることも明らかになってきた。

しかし、善人でいるために自ら脳活動をコントロールすることなどできない。では、悪いことをしないよう、自分を律して行動するにはどうすればよいのだろうか。

喜び・悲しみ… 人は情動を抑えられるか?

心の哲学を専門とする東京大学の信原幸弘名誉教授は、「人間の理性は、喜びや悲しみ、罪悪感といった『情動』をコントロールできるほどの働きを持っていない」と考える。情動とは、自分の置かれた状況の価値的な捉え方のことだ。例えば、大切なものがなくなった場合、人は喪失や悲しみという情動を抱く。この場合の情動は個人的な価値観によって決まっている。

他方で、道徳的な価値や宗教的な価値など、他の価値観で捉える情動も存在する。例えば、ある人がカネを横領しようとする場合、個人的価値観に基づきお金を得る喜びの情動を抱く。しかし道徳的な価値観から罪悪感という情動も同時に抱く。

信原氏が着目するのはこの点だ。お金を得る喜びそのものは、理性によって抑えられない。横領を働かないためには、罪悪感という強い情動を呼び起こし、個人的な喜びに対抗するしかない。

信原氏は「理性による行動のコントロールや自制心を求めるのではなく、そもそも正しい情動を抱くような能力、つまり『徳』を培っていくことが何より重要ではないか」と論ずる。

生きるため、価値あるものに近づき獲得しようとすることは、人間の生物としての本能だ。利益を追求する行動原理も、経済活動においてなくてはならない。ただ、行き過ぎて欲をかいたり、ほんの少し道を踏み外したりすると、誰しもが悪に手を染める危うさを抱える。

人はなぜ悪いことをしてしまうのか――。欲望という人間の本質を裏返すと答えが見えてくる。

(日経ビジネス 小原擁、橋本真実)

[日経ビジネス電子版 2022年6月20日の記事を再構成]

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