排出量取引、アジアで活況 国際ハブめざすシンガポール - 日本経済新聞
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排出量取引、アジアで活況 国際ハブめざすシンガポール

Earth新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

12月7日と8日にシンガポールでアジア気候変動サミットと題した排出量取引の国際会議が開催された。参加費用は10万円近くと高額にもかかわらず600人が参加し、さらに500人がオンラインで参加した。地元シンガポールやインドネシアなど東南アジア諸国連合(ASEAN)地域だけでなく、日本やオーストラリア、中東、欧州などからも参加した。

温暖化ガスの排出量取引は2008年前後にもブームがあった。日本や欧州連合(EU)諸国などが、国連が管理する京都議定書のクレジットを争うように購入し、08年には世界全体で約70億ドル(約9170億円)もの排出量取引が行われた。

ボランタリー市場が中心に

最近の排出量取引の中心はボランタリー市場だ。民間団体などが発行したクレジットを、企業が排出を相殺するために使っている。国際会計基準の気候変動情報開示などでもクレジット活用は織り込まれており、さらに拡大しそうだ。

しかし変化もみられる。今回の会議では、どの国が排出量取引の市場として有望かとの質問があった。多くの人が挙げたのがインドネシア、ベトナム、タイの3カ国だった。

インドネシアはASEAN最大の排出国であり、23年から電力部門を対象に排出量取引を実施する。タイは独自の国内クレジット創出制度をもとに規制化を目指すほか、ベトナムもカーボンプライシングの制度整備を進めている。3カ国に共通するのは規制化であり、クレジットの供給源としてだけでなく、需要面でも期待されている。

ここでシンガポールの取り組みにも注目したい。シンガポールのグレース・フー持続可能性・環境相は会議のオープニングで「排出量取引を活用し、気候変動対策の国際ハブを目指す」と話した。シンガポールは19年に炭素税を導入した。現在1トン当たり5シンガポールドル(約490円)だが、24年には25シンガポールドル、30年には50~80シンガポールドルに引き上げる計画だ。クレジットも併用する。クレジットを使って排出量を相殺すれば炭素税を減額できる、いわゆるハイブリッド型となる。

気候変動ビジネスの誘致へ

シンガポールの温暖化ガス排出量は約5000万トンと東京都と同程度とみられる。電力や石油化学、企業のオフィスなどの排出削減に関する投資だけでは効果は限られる。フー持続可能性・環境相の狙いは、削減目標を達成するための海外クレジット需要を取り込み、気候変動ビジネスの誘致につなげることにある。

気候変動ビジネスには技術や金融のほか、法務や会計、コンサルティングなど多様な知見が必要であり、ビジネスの裾野は広い。シンガポールにはこうした蓄積があり、また高い経済成長が見込まれるASEANという後背地もある。排出削減のためのコストを成長戦略に活用しようという考えだ。

国際戦略の目玉は「Climate Action Data Trust(CAD Trust)」だ。これはパリ協定の国際排出量取引や民間クレジットの取引情報を集めるデータベースである。シンガポール政府は世界銀行や国際排出量取引協会、米グーグルとともに資金を提供し、拠点をシンガポールに誘致した。会議では「クレジットの二重取引や二重使用を防止するための公共インフラであり、国際貢献だ」と強調するが、ビジネス面でも今後大きく発展する可能性がある。

ブロックチェーンがカギ

そのカギを握るのがデータベースで採用されるブロックチェーン(分散型台帳)技術だ。ブロックチェーン関連のスタートアップは、ブロックチェーン技術を生かした独自のクレジット制度の創設を目指している。数年にわたって仕組み作りに取り組んできた世銀も、真の目的はクレジットの創出とみられている。また暗号資産を活用すれば資金決済も可能になり、最終的には排出量取引所への発展につながる可能性がある。

排出量取引のハブになるために欠かせないのはクレジットであり、クレジット創出には国際的なパートナーが重要となる。シンガポールはインドネシアやベトナム、コロンビア、ペルー、ガーナなど7カ国とクレジット創出を目的にした協力協定を結んでいる。日本の「2国間クレジット制度」(JCM)の25カ国には及ばないが、この1年ほどの間に一気に協力体制を構築した。

JCMと同様にパリ協定の仕組みを使うが、削減量の計算方法などの基本部分は既存の民間規格を利用する。時間とコストが節約できるとされており、既に民間規格大手のVerraなどと協力を約束している。独自の規制にこだわらず、現実的なアプローチで枠組みを広げている。

また11月にエジプトで開催された第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP27)で、日本が発表したパリ協定に基づく排出量取引のプラットフォームにも参加する。JCMとの相互乗り入れにも期待を示しており、日本との協調も模索している。

日本にも高いポテンシャル

シンガポールの取り組みは脱炭素に向けた「グリーン成長戦略」を進める日本にとっても参考になる。脱炭素を実現するには新しい技術の活用は必要不可欠だ。また脱炭素への投資に関しても、ファイナンスや付随するサービス、制度の整備がなければ普及しない。

気候変動に関わる産業の裾野は広く、また高度人材の雇用を創出する効果も期待できる。日本にも高い技術力と資金の蓄積、大きな国内市場がある。東京も国際金融市場のハブを目指している。日本もシンガポールに負けないくらいの排出量取引のハブを目指せるポテンシャルがあるのではないだろうか。

[日経産業新聞2022年12月23日付]

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