パソナ、淡路島で禅体験 働き手の心身の健康に商機

地上からの高さが最大14メートルあるウッドデッキの上で座禅を組み呼吸を整える。ウッドデッキは全長100メートルと長大で、視界を遮るものは柱くらいしかない。視線の先と眼下に広がるのは緑豊かな森。心地よい風が吹き抜け、どこからか小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。


ここは淡路島の北部、淡路市の山沿いの一角にある「禅坊 靖寧(せいねい)」。パソナグループと子会社のawajishima resort(兵庫県淡路市)が、4月末にサービスを始めた禅の体験施設だ。建築界のノーベル賞ともいわれる「プリツカー賞」を受賞した世界的建築家、坂茂氏が設計を手掛けた。
自然と調和した屋外型施設
「自然との調和」をテーマにしたとあって、建材の85%が木材。坂建築の特徴である「紙管」も内装にふんだんに利用した。紙管とはトイレットペーパーの芯のような形をした紙の筒で、デザイン性に優れるうえ省資源にもなる。
パソナグループの大日向由香里常務執行役員は「閉じられた空間ではなく、淡路島の自然に溶け込んだ開放的な空間を作りたかった。そんな特別な場所で禅の新たな可能性に触れてもらえれば」と話す。
「吸ってー、吐いてー」。記者が参加したこの日は、インストラクターの茶木めぐみさんの指導のもと、老若男女や外国人グループが座禅を組み瞑想していた。特徴は禅にヨガの要素を取り入れた独自のプログラムだ。座禅をし続けるだけでなく、体を動かしながらヨガの呼吸法やポーズも取り入れ心身をリラックスさせる。
茶木さんは「あれこれ考えてしまう己を含めて、ありのままの自分を見つめ直す。その先に自然とできる『余白』を感じてもらえれば」と語る。訪れていた兵庫県の50代の女性は「いつもの瞑想とは全く違い、自分と自然の境界線がなくなるような体験ができた」と満足そうな様子だった。
プログラムでは瞑想の他にも、心を落ち着かせながらお茶をたて「佗(わ)び・寂(さ)び」の美意識を会得する茶道や、言葉を一筆ずつ和紙にしたためる書写などのアクティビティーがある。

砂糖、油、乳製品、小麦粉、動物性食品を一切使わない「禅坊料理」も供される。野菜や調味料など食材も淡路島産が中心で、料理人が地元のヨモギやタケノコを自ら採取する。見た目も自然を丸ごといただくといった趣。記者も食したが、記憶に残る滋味深い味わいだった。
経営者の7割強「ウェルビーイングは重要」
パソナはなぜ今、禅のサービスを始めたのか。南部靖之グループ代表の肝煎りでプロジェクトが立ち上がったのは3年前。そこへ図らずも新型コロナウイルス禍が到来し、人々は行動制限などでストレスをため込むことになった。結果として、心身の健康について見つめ直す機会を提供するプロジェクトの意義は高まった。
4月末の開設後、5~6月の利用者数はほぼ定員(1日当たり27人)に達した。料金は税込み1人2万3000円からとやや高額だが、7月以降はリピーターの予約も増えているという。1泊2日で同4万8000円からの宿泊プランも用意した。
パソナが狙うのは個人客だけではない。社員の健康や幸せへの充足感を表す「ウェルビーイング」という概念を経営に取り入れる企業など、法人需要の掘り起こしも進めている。すでに大手百貨店や高級車販売会社、外資系IT(情報技術)大手など団体の予約も多く入っているという。
人手不足が深刻になる中、人材獲得を有利に進めるためにも、心身共に健康で幸せを感じながら働ける職場環境づくりは企業にとって急務。「ウェルビーイング経営」という言葉も生まれている。電力事業などを手掛けるUPDATER(東京・世田谷)が、従業員100人以上の企業経営者らを対象にした4月の調査によると、有効回答103人中7割強の経営者らがウェルビーイングは重要と回答した。
地方創生ビジネスにアクセル
コロナ禍を受けて、ウェルビーイングを重んじる企業文化は強まっているようだ。大日向氏は「リモートワークなどで社員同士が分断された期間が長かった分、リアルなつながりを取り戻そうという企業は多い。そのためのアクティビティーの1つとしてここでの体験が注目されている」と指摘する。

パソナグループは、新規事業の柱の1つとして「地方創生」を掲げる。南部グループ代表の出身地、神戸市から近い淡路島をその拠点と位置づけ、近年、島内に飲食施設や遊休地を利用した観光施設、ゲーム・アニメを題材にした屋外エンターテインメント施設を続々とオープンさせている。
何よりもパソナ自身が本社機能の移転を順次進めており、島外からの来訪者は年々増えている。そこに禅という古くて新しいサービスを開発。新たなピースを加えることで、地方創生ビジネスのアクセルを踏む。
パソナグループが7月15日発表した2022年5月期の連結決算は、売上高が前の期比9%増の3660億円、純利益が27%増の86億円だった。23年5月期の純利益は前期比1%増の87億円になる見通しで、3期連続で過去最高を見込む。
ただ、淡路島での事業が大半を占める「地方創生ソリューション」は先行投資がかさみ、利益を出せていない。同セグメントの22年5月期の売上高は36%増えたものの、営業損益は26億円の赤字(前の期は23億円の赤字)だった。
禅体験サービスもこの事業単独での投資回収には相当な時間が予想されるが、まずは既存の禅寺やヨガ教室では体感できない質の高いサービスに磨きをかけていくことが当面の課題となる。パソナにとっては多彩なサービスの相乗効果で淡路島の魅力を高めることが、サステナブル(持続可能)な地方創生を実現するための条件となる。
(日経ビジネス 上阪欣史)
[日経ビジネス電子版 2022年7月19日の記事を再構成]
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