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吉野彰氏「脱炭素時代の到来、若手に絶好のチャンス」

日経ビジネス電子版

若手時代、どう仕事に向き合うか──。日経ビジネスは20~30代向けにセミナーを開催した。講師は、リチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞を受賞した旭化成の吉野彰氏。世紀の発明に取り組んだきっかけとは。(7月1日開催の日経ビジネスLIVEを再構成した)

◇  ◇  ◇

――2019年にリチウムイオン電池の開発でノーベル化学賞を受賞された吉野さんですが、ビジネスパーソンにとって若手時代、35歳くらいまではどういう時期だと思いますか。

「35歳前後というのは、入社して10年ほど経験を積み、世の中や会社の仕組みが分かってくる時期です。自分で考えて動く権限も与えられるようになります。一方、仮に何か新しいことを一発やって失敗したとしても、まだチャンスがあります。この3つの条件がそろい、思い切ったことにチャレンジできる時期だと思います」

「私がリチウムイオン電池の探索研究に着手したのも33歳の時です。37歳で現在のリチウムイオン電池の原型に至りました。リチウムイオン電池は、自分の好奇心に基づいて『0』から『1』を生み出す探索研究で、私が手掛けた4番目のものです。その前の3つは失敗しています」

――若手時代を振り返り、吉野さんの血肉になったものは何でしょうか。

「一つはそういう探索研究でチャレンジをしてきたことです。もう一つは一気通貫で研究に取り組み、知恵を蓄えたこと。研究には様々な段階があり、探索研究で基礎技術が出来上がったら、次は問題や課題を解決し、世の中に出せるところまで仕上げる開発研究を行います。その後、製品のマーケットを立ち上げるための研究を行います」

「これらの研究を分業するアプローチもありますが、私は最後までやり遂げました。どちらがいいということではありませんが、私の場合は一気通貫で研究に取り組む中で様々な経験を積んだことが血肉になったと思います」

――組織に勤めていると、自分がやることを会社や上司から否定されることがあります。「世界を変える」という思いで研究している技術も、上司から「マネタイズできるのか」と見られてしまうかもしれない。どう折り合いをつければいいか悩む人も多いと思います。

「その研究の『筋がいいか否か』は研究者自身が一番分かっています。『継続か中止か』という議論になった時、研究者が弱気なとらえ方をしているならばやめた方がいいですね。『今は証明できないけれど、間違いなく筋がいい』と信念を抱いているのなら、否定されても徹底抗戦すべきです」

「筋がいいことを実証する時間をもらうのです。例えば『2年後に技術や市場について、これとこれを実証します』とマイルストーンを示す。そうすればお互いに納得できますよね」

反対されない研究はもう遅い

「そもそも、簡単に上司や経営陣が納得するような研究は、既に遅いと思った方がいい。ほかから、何かしらその研究に関する情報が入っているということですから。本物こそ、なかなか理解してもらえないものです。『反対されないような研究は本物ではない』と腹をくくり、マイルストーンを自分で決めればいいと思います」

――マーケットの要求とイノベーションをどう両立させればいいでしょうか。

「答えは単純明快で、マーケットと技術の間でキャッチボールをすることです。求められるのは『将来マーケットがある』ことと『それを満たす技術になっている』ことです。片方だけ見るのではダメで、マーケットを想定し技術を投げかける。『こういう技術が足りない』という話を受け止めて改良し、また投げかける。それを繰り返すことが必要です」

「最近は、『マーケットを見た研究が増えてきた』と言われます。これでは後追い研究ばかりになってイノベーションは生まれません。一方、マーケットのことを考えず、ひたすらイノベーションだけを追求していては、役に立たないものが出来上がってしまいます。入り口はマーケットからでも技術からでもどちらでも構いませんが、双方向であることが重要です」

――リチウムイオン電池の研究に際して吉野さんは、どんな「キャッチボール」をしましたか。

「私がリチウムイオン電池の研究をスタートしたのは、今のモバイルIT(情報技術)社会など誰も想像していない時代でした。ただ『ポータブル』という言葉はありました。ポータブル化、ワイヤレス化、モバイル化という流れで今に至っていることを考えると、ボヤッとですが未来のマーケットは見えていた。その未来に向けてどんな電池を開発すればいいか追求しました。まさにキャッチボールの繰り返しです」

――経営陣は利益を伸ばしたいと考え、エンジニアは自らの研究テーマを成就させたいと考えます。どうしても両者の時間軸や価値観にはズレがあります。

「経営者も研究者も、知りたいことは『将来マーケットがあるのか』『技術は最先端か』の2つだけです。お互い悩みは同じですから、あつれきなんて起こるはずはないのに実際には起こりますね(笑)。敵対する関係ではないので、まずは研究者も経営者も同じことで悩んでいるという意識を持つことです。そして、解決の糸口はやはり研究者から作らなくてはいけないでしょう。『マーケットがあるか』『技術は実現できるか』が問題なので、『見極めるために2年欲しい』と言い、その間にキャッチボールを繰り返せばいいのです」

すべての研究は脱炭素に

――カーボンニュートラル(炭素中立)が世界的な課題として浮上しています。

「今は特別な時代で、どんな分野の研究・開発も、すべてカーボンニュートラルにつながっています。脱炭素というマーケットが間違いなくあり、やるべき方向性、やらないといけないことは決まっています」

「ただ、今は世界中の誰もまだそれを実現する手段を見いだせていません。ブレークスルーする技術を生み出せば、世界中から尊敬され、大きなビジネスにもつながります。必要なのは実現の手段だけです。世界中が共通の目標に向かっているのですから、当然独創性が必要になりますね」

――日本では、目標とする50年までにカーボンニュートラルを達成するには、マーケッターも技術者も、みんなが相当とがった取り組みをしないといけなくなりそうです。

「そうです。今までは1人がとがっていれば何とかなったのかもしれませんが、これからは独創的なことを考える人と手を組むことも必要です。『コイツと組んだら普通では思いつかないようなことができる』というような人を見つけるために、視野を広げておかないといけないでしょうね」

――ここからは視聴者のみなさんから寄せられた質問にお答えいただきたいと思います。最初はこちらです。

"自分との戦いに没頭したいのですが、つらい日々を乗り越えるための心構えを教えてください"

「自分との戦いというのは、何かやろうとしたときに壁にぶつかり、それを乗り越えることの繰り返しです。ぜひ心掛けていただきたいのは、壁を乗り越える執着心を持つことです。『何が何でも頑張りきるぞ』という気持ちが絶対に必要です」

「一方で、一生懸命頑張る気持ちだけだと疲れてしまうので、それとは逆の柔軟性も持ってください。『壁にぶつかっているけど、まあ何とかなる』と能天気になることですね」

「私は若い頃、オンとオフをきっちり分けることを意識していました。週末は研究のことは一切考えません。今も続けていますが、毎週土曜日には近所の方々とテニスをしています。そういう空白の時間があると、新しいひらめきが生まれることもあります。『月曜日には朝早く会社に行ってすぐ実験をしよう』という楽しみにもつながります。オン・オフのバランスは難しいのですが、うまく自分でコントロール、マネジメントして、この両面で壁を乗り越えてもらいたいと思います」

"科学技術のレベルを維持するには理系を志望したり、技術系の仕事に就いたりする女性を増やすことが必要ではないでしょうか"

「今、理系・文系の境目はだんだんなくなってきています。例えば地球環境問題は理系・文系両方の領域の理解をしていないと解決できません。新型コロナウイルス感染症も医療と経済の両方の視点で対策を講じることが必要です」

「質問の答えとして、『理系・文系という言葉にあまり惑わされない方がいい』ということが言えます。その上で、女性の活躍の促進が必要というのはその通りです」

「私もこれまで何人もの女性研究者を見てきましたが、優秀な人は多いですから。初めに申し上げたように、35歳前後は大事な時期です。女性の場合、この年代は出産の時期に重なります。産休や育休、保育所など社会の制度を整えることが必要だと思います」

"若手技術者から自分が理解できないアイデアの提案があった時、どういう基準で判断すればよいでしょうか"

「経営者の目で見た時の話ですね。これは単純に割り切り、コストパフォーマンスに見合うかどうかで判断すればいいと思います。探索研究などはそれほどお金はかかりませんから、一定期間遊ばせて、本物かどうか見極める。10の中に1つか、100の中に1つか分かりませんが、経営陣には全く理解できないものの中に、とんでもない宝物が潜んでいることがあります。いくつか選んで2年ぐらい放っておく。そして2年後に『もう少し続けてみよう』と判断すれば延長します。4年で基礎技術ができないようなら恐らくダメでしょう」

"今、若い頃に戻ることができるなら何をしたいですか"

「やはり研究ですね。今、研究をしている若い人たちは幸せだと思いますよ。カーボンニュートラル、サステナブル社会の実現という目標は明確です。誰が最初にその当たりくじを引くか。絶好のチャンスですから、ぜひ頑張っていただきたいと思います」

(構成は小林佳代、聞き手は日経ビジネス 上阪欣史)

[日経ビジネス 2021年8月23日号の記事を再構成]

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