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「ESG経営」成功の3つのポイント 花王やソニーに学ぶ

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

花王ソニーグループがESG(環境・社会・企業統治)への取り組みを一般社員のボーナスを含めた賃金に反映させる制度を導入しました。こうした動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、組織管理の「7S」の観点で解説します。

ESGに積極的でない企業は…

昨今、ESGあるいはSDGsという言葉を新聞などで見ない日はありません。そして多くの企業も企業サイトなどでESGあるいはSDGsへの取り組みを明示するようになってきました。

こうした動きが加速する背景には、社会全体の意識の変化があります。株主も顧客もそして社員もESGに取り組むことはもはや当たり前と感じるようになっているのです。

まず株主ですが、米ブラックロックをはじめとする機関投資家、とくに欧米の機関投資家は、ここ数年でESGに積極的ではない企業に対して、株主総会で取締役の選任などにノーを突き付けることが増えてきました。社会問題や環境問題に積極的に取り組むことは企業として当たり前と考えるようになってきたのです。

顧客も、ESGに積極的ではない企業の製品・サービスを買わなくなる可能性があります。よほど差別化されていてニーズが強ければ話は別ですが、似たような製品・サービスであれば、よりESGを実現している企業のものを買うという消費者や企業が増えることが予想されます。

従業員の採用面でもESGに無関心では不利になります。とくに若い世代ほど環境問題などにはシビアな目を持つ傾向があります。これからの長い人生を考えればそれは当然でしょう。女性の場合はさらに「女性取締役比率」などのガバナンス要素にも強く意識を向けます。ESGに取り組んでいない企業は彼らに忌避されるのです。

CSR(Corporate Social Responsibility:企業が果たすべき社会的責任)やCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)は昔から言われてはいましたが、昨今の地球温暖化の脅威増、社会問題の多様化などがこうした動きをさらに加速させているのです。この動きは今後さらに強まるでしょう。

「ハードのS」と「ソフトのS」

こうした状況を受け、企業としては当然、戦略にもESGを盛り込むことになります。しかし、仮に戦略にその要素を盛り込んでも現場の人間の意識が変わってくれないことには絵に描いた餅になってしまいます。戦略を実行するのは現場の第一線の人間ですし、彼らからのアイデアを取り入れることも重要だからです。

組織構造を分析する著名なフレームワークに米マッキンゼー・アンド・カンパニーが提唱した「7S」があります。これは組織の特性を7つの要素から分析し、それらが整合しているかを見るものです。

7つの要素はそれぞれ以下のことを示します。

Strategy(戦略):競争に勝ち、業績を上げるための大局的な方向性
Structure(組織構造):組織図の切り方(機能別、事業部別など)や階層数などの組織図上の特徴
System(経営システム):人事制度、管理会計制度、意思決定ルール、会議体など、組織を運営するための仕組み
Shared value (共通の価値観・理念):組織に根付いた価値観。たとえば、社会的善を旨とする、顧客第一主義など
Style(経営スタイル・組織文化):企業で受け入れられやすい考え方、行動。現場重視、スピーディーに動く、目標必達にこだわるなど
Staff(人材):従業員の特性。能力面やメンタリティーの特徴、モチベーションの高低など
Skill(組織スキル):組織として持つ能力、優位性などのコアコンピタンス。商品開発が巧み、広告がうまい、グローバルM&A(合併・買収)にたけているなど

7つのSのうち、Strategy、Structure、Systemはロジカルに構築しやすく、また外形的にも分かりやすいことから「ハードのS」と呼ばれます。それに対して、残りの4つはやや曖昧かつ人の意識やスキルといった外形的には分かりにくい要素から成るため「ソフトのS」と呼ばれます。

通常、ハードの3つのSは、経営陣に変えようとする意思やプランがあれば、変更することが比較的容易ですが、ソフトの4つのSは、人の意識やスキルレベルなどが強く絡むだけに、強制的にまたは短時間に変更することは難しいとされます。

そのため、企業として変化が必要な時、往々にして7つのSの要素の変化にタイムラグが生じるのが一般的です。それを模式化したのが以下の図です。

まず、企業を取り巻く経営環境変化が戦略の再構築を迫ります。ただ、それが直ちに人々の意識・行動の変容につながるわけではありません。人々の意識や行動を変えるには大きなエネルギーが必要になるのです。

ではどうすれば人々の意識や行動が変わるでしょうか? 一つは図に示したようにトップが属人的なリーダーシップを発揮することです。折に触れてコミュニケーションを頻繁に行う、抵抗勢力を説得するなどです。

もう一つは、図中真ん中にあるStructure(組織構造)やSystem(経営システム)を新しい戦略に沿うように変更することです。とくに重要となるのはSystemの中でも評価報奨制度、すなわち人事評価やインセンティブの方法論を変えることです。

たとえば戦略を売り上げ重視から顧客満足度重視に変更するのであれば、評価項目を売り上げ重視のものから顧客満足度重視のものに変える、さらにボーナスや昇進・昇格も顧客満足度重視のやり方にすると現場の意識は変わっていきます。

人間は基本的には周りからの評価を気にするという特性を持っています。そこで評価報奨制度を変えることで人々の意識・行動の変容を促すのです。今回の花王やソニーグループの制度変更は、まさに評価報酬制度を変更することで現場の意識改革を推進しようという意図が見て取れます。

成功に必要な3つのポイント

さて、今回の花王やソニーグループの取り組みを成功させるには、どのようなことが必要でしょうか? ここでは代表的なものを3つ紹介します。

1つ目は、公平性、納得感を担保することです。これは評価報奨制度全般に言えることではありますが、現場で不公平感があったり、納得感が醸成されていなかったりすると人々は制度に不信感を持ちます。それは往々にして制度の機能不全を招き、組織のスムーズな戦略遂行を阻害してしまいます。

ESGへの取り組みは売り上げや利益とは異なり数値化が難しい、さらには同じ企業の中でも取り組みやすさが異なるというケースが多いものです。それゆえ、試行錯誤を行いつつ、早い段階で極力公平性、納得感のある制度とすることが必要でしょう。

2つ目は、トップやシニアマネジャーからしっかりコミュニケーションをすることです。制度を導入すること自体が経営陣からのメッセージと言えるわけですが、あらゆる人がそれを無批判で受け入れてくれるわけではありません。なぜこのような仕組みを導入するのかという理由をしっかり説明する、あるいは進捗状況や効果を適宜開示し説明するなどのコミュニケーションを行うことが必須です。

往々にして人は一度伝えたら相手も理解をしてくれるという錯覚に陥りがちですが、実際にそんなことはまれです。10回言っても1も伝わらないという意識をもってしっかり伝えていくことが必要です。

3つ目は、評価報奨制度に過度に頼るのではなく、他の施策や工夫によってもESGを加速させることです。例えばうまく実行している組織や個人を表彰するなどは分かりやすい方法論です。外部ステークホルダーからの声が入ってきやすい仕組みを作ることも効果的かもしれません。制度や仕組みは単独で機能するものではなく、施策群全体として効果を求めるものという意識が必要です。

日本企業にとってESG経営は喫緊の課題です。花王やソニーグループの取り組みは他企業にとっても参考とすべき先行事例となりそうです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「7S」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/27e8d9eb(GLOBIS 学び放題のサイトに飛びます)

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