/

アウディ技術トップに聞く ウクライナ戦争とEVシフト

日経ビジネス電子版

ロシアがウクライナに侵攻し、自動車の電気自動車(EV)シフトの行方が注目されている。原油価格の高騰により世界各国でガソリンや軽油の価格が上昇し、これらの燃料を必要としないEVの販売の追い風になるという見方がある。その一方、ロシアが世界シェアの約1割を握るニッケルの価格が急騰しており、原料にニッケルを使うEV用電池の価格が上昇し、EVシフトが減速するという見方もある。

こうした状況において、EVシフトを進める独フォルクスワーゲン(VW)グループは強気の見通しを示している。3月中旬の決算発表会でVWグループのヘルベルト・ディース最高経営責任者(CEO)は「EV需要は旺盛だ。EVを強化する方針は変わらない」と述べた。VWグループの中でEV技術開発の中核に位置づけられている高級車ブランド「アウディ」はどのように見通しているのか。アウディの技術開発担当の取締役であるオリバー・ホフマン氏に、ウクライナ戦争の影響や技術開発の動向などを聞いた。

◇     ◇     ◇

――VWグループではEVシフトに当たり、グループ各社の役割を見直しています。改めてアウディの位置づけと、開発状況を教えてください。

「アウディの研究開発部には、VWグループ内でも電気モーターと電気駆動系を専門とする先進的なエンジニアたちが集まっています。2023年に、(高級EV向けの)『PPE』プラットフォームを持つ最初のモデルを発売する予定であり、非常に高い効率と出力を備えた完全に新世代の電気モーターを開発しました。現在、『SSP』という未来のEVのプラットフォームも開発しています。我々は電気モーターにおいてトップのエンジニア集団であると自負しています」

「次に、グループ用の統一された電池セルを作りました。アウディが先頭に立ってこの開発を推し進めています。当社は、グループ内ではこの統一された電池セルを採用する最初のブランドとなり、EV開発と駆動系に関しては最先端の位置にいます」

――ロシアのウクライナ侵攻は、EVシフトに多くの影響を与えています。EVのコスト上昇により販売が減速するという見方もあります。どのような影響があると考えていますか。

「自社で定めた二酸化炭素(CO2)の削減目標を達成するために、アウディのような高級車ブランドがとれる唯一の方法はEVに移行することです。これは私たちにとって明らかです。問題は、企業としてだけでなく、顧客のためにどれだけ速く転換できるかということです。顧客には、クルマと特にハイパワー充電用のインフラが自分たちにとって便利であると納得してもらう必要があります」

「この転換は非常に速く進めなければなりません。明確なビジョンを掲げ、エンジン車からEVへのシフトをこの10年で終える予定です。ウクライナでの戦争は、EVシフトを加速させる可能性があります。燃料価格が大幅に上がったからです。価格上昇が一時的なものであることを願っていますが」

――ロシアが世界シェアの約1割を握るニッケルについて供給不安が高まり、ニッケルの価格が大幅に上がっています。ニッケルは電池の主力材料の一つであり、電池やEVのコスト上昇が懸念されています。電池コストをどのように減らすのでしょうか。

「大変良い質問ですね。エネルギー密度だけでなく、コストの点でもニッケルなどの素材を減らすといった形で、電池技術を向上させなければなりません。将来的には異なる電池技術が出てきます。また、リン酸鉄のような量産車に使われる素材も必要になるでしょう」

「我々は、ニッケルなどの素材を減らすために懸命に努力を重ねています。これは将来的に明らかな課題となるからです。ニッケルの価格は上がっており、この問題に対して私たちはグループでしっかりと向き合っています。ニッケルなどの素材を減らすことは、将来の開発目標でもあります」

充電速度を速める電池電圧2倍のモデルが主流に

――アウディがニッケルを使う正極材の代わりに、リン酸鉄系の正極材を電池に使う可能性はありますか。

「ご存じのように、リン酸鉄はより低コストの素材ですが、エネルギー密度はあまり高くありません。ただ、アウディでは、特に私たちの部署では、新たな技術を探しています。アウディにとってリン酸鉄のような素材がソリューションとなりうるのかどうかを検討しているところです。ただ正直に言えば、これはより数量が多い普及価格帯のモデルに向けた導入段階のソリューションであり、高パフォーマンスモデルの解決策ではありません」

――いくつかの車種でEV用電池の電圧を、現状の400ボルト程度から800ボルトに高めたシステムを採用しています。将来的に800ボルトが主流となるのでしょうか。

「我々にとって、800ボルトの技術が将来の製品で主流となることは明白です。高パフォーマンスのクルマでは電圧を高め、将来的には800ボルトが主流となります」

「なぜなら、EV成功の鍵の一つは高速充電技術であり、それには高電圧技術が不可欠だからです。パフォーマンスの高いEVには、800ボルトを超える電圧を採用します」

アウディ史上最高のエンジンを開発する

――25年から最後のエンジンの生産を始めることを21年6月に発表し、マルクス・ドゥスマンCEOが「史上最高のエンジンを開発する」と述べています。最後のエンジンの開発状況を教えてください。

「まず、我々は将来は完全にEVだけの商品展開をしていくという明確な戦略を持っています。しかし、今は10年かけてその変化を起こしている最中です。この10年が終わるまでは、エンジン車とEVのどちらも展開するようになります。どちらでも最高の製品を作りたいと考えています」

「そのため、完全に新しいエンジンを25年に発表する予定です。最後の世代となりますが、効率、運転性、パフォーマンスにおいて最高品質の製品を目指しています。CEOが我々の中で最高のエンジンを開発すると言ったのはそれが理由です」

――EVシフトは、目標を掲げるのは簡単ですが実現には困難が伴います。長くエンジンを開発してきたアウディのエンジニアにとって、EVシフトに対する技術的な課題や心理的な障壁はありませんでしたか。そうした課題はどのようにして乗り越えてきたのでしょうか。

「我々はCO2排出量を削減するという明確な目標があります。その目標を達成するための唯一の道が、EVなのです」

「課題は、この目標と戦略をどのように従業員に説明し、将来に向けた明確なビジョンを描くのか、ということです。そして、サステナブル(持続可能)なモビリティーのための目標とは何なのか、という問いも出てきます。この転換において、どのように将来の目標を達成するのかを説明しなければなりません」

「アウディでは、全ての従業員を考慮したアイデアがあります。将来彼らがどんな仕事をするのか、電子技術やソフトウエアを中心とした未来にどのように移行していくのか、といったことについてです。また、従業員のほとんどは、これが正しい方向であると納得しています」

従業員が将来に不安を感じたら、企業についてこない

――アウディは28年までに5億ユーロ(680億円)を従業員に投資するとしています。EVに移行する中で29年までの従業員の雇用を保障していますが、この取り組みの目的を教えてください。

「アウディやVWグループ、業界全体での変化を起こすなら、従業員の雇用を保障しなければなりません。従業員が将来に不安を感じたら、その企業にはついてこなくなります。雇用の保障と将来の明確なビジョンを与えられる企業であれば、1人の人間である従業員にとっても転換はうまくいき、従業員はその方向についてきてくれるでしょう」

「それが今、アウディで起きていることです。彼らの雇用は安泰だと伝えています。私たちはどこに向かいたいのかを明確にしています。『あなたたちの専門知識や能力に投資をする』と彼らには伝えています。この変化を起こすため、29年までは全ての従業員に雇用を保障しています」

「実際のところ、問題はEVかエンジン車かということではありません。EVは他の駆動系を単純化したものであり、開発工程はエンジン車と大変よく似ています。将来出てくる主な違いは、ソフトウエアとデジタル化です。ハードウエアとプラットフォームの開発工程を、ソフトウエアの開発工程から切り離さなければなりません」

「ソフトウエア設計をより迅速に行うためには、その工程をハードウエアベースの技術のライフサイクルから切り離す必要があります。そのため、ソフトウエア開発の構造と工程に関して、完全に新しいシステムエンジニアリングを取り入れました」

――VWグループはソフトウエア開発企業のカリアドを立ち上げました。アウディはカリアドとどのように提携していますか。

「カリアドは、ソフトウエア開発においてVWグループ全体を通じた大変戦略的なアプローチを持っており、私はそれをとてもありがたく思っています。アウディやVW、ポルシェなどから多くのソフトウエア開発エンジニアがカリアドに移りました」

「カリアドはソフトウエアベースの機能において主要な開発パートナーです。私たちは(次世代技術開発の)『アルテミス・プロジェクト』のソフトウエアをカリアドと共同開発しているところです。25年に発売するという目標に向けて、カリアドと密に協力しています」

――トヨタ自動車は将来に向け、燃料電池など様々な技術を開発しています。アウディが燃料電池とバイオ燃料の開発をやめたのはなぜですか。

「燃料電池技術の研究や開発をやめたわけではありません。ただ、今後10年は燃料電池搭載のクルマが大きく増えないことは明らかです。日本や韓国などでは市場が出てくるかもしれませんが、エネルギーの観点から言えば、あまり意味がないと考えています」

「問題は、(再生エネルギーを使ってCO2を出さずにつくる)グリーン水素をどのように手に入れるのか、ということにあります。もしグリーン水素が手に入るのであれば、自動車産業の脱炭素化のために使うべきです。セメントや製薬、化学の産業もそうです。なので、重要な課題は、いつグリーン水素が使えるようになるのか、いつ十分な量のグリーン水素が手に入るのか、という点です」

「グリーン水素をアウディのクルマに使用するのは意味がありません。アウディでは優れた電池技術を活用するわけですから。グリーン水素が必要になるのは、産業の脱炭素化においてです。もしかしたら、30年代半ばには十分な量のグリーン水素が利用できるようになっているかもしれません。そうすれば、成長市場となる可能性があるでしょう。ただ、今後10年は水素に関して大きな市場が現れるとは思えません」

◇     ◇     ◇

ロシアのウクライナに侵攻し、EVシフトの先行きについて意見が割れている最中でのインタビューであったが、アウディの技術開発担当取締役のオリバー・ホフマン氏は強気の見通しを示した。

自信の背景には、開発が順調に進捗していることと共に、高級車が主力である点が大きいだろう。EVのコストが上昇した場合でも、高級車はコスト吸収の余地が大きい。実際、高級車が主力の米テスラは、値上げをしているにもかかわらず販売台数が伸び続けている。

VWグループのポイントは、高級EVの勢いを量販EVにつなげられるか否かだ。VWは2万~4万ユーロのEVで販売台数の上積みを狙っている。その点でも、アウディが高級EVの販売台数を伸ばし、技術革新でコスト削減の道筋をつけることが不可欠になる。アウディは、VWグループの中で「EVシフトの先兵」としての役割が高まっている。

(日経BPロンドン支局長 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版 2022年4月18日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。「日経ビジネス電子版」のオリジナルコンテンツもお読みいただけます。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

お申し込みはこちらhttps://www.nikkei.com/promotion/collaboration/nbd1405/

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

関連企業・業界

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン