組織を上りエスカレーターに乗せよ 星野千趣会元社長

――日経ビジネス2020年11月9日号の有訓無訓「人も、企業も複数の能力を身に付けて」では「サラリーマン社長は全くお勧めしません」と吐露されていましたね。
「サラリーマン社長ってあまり割に合わないというのは辞めてから実感しました。新卒で入社して以来育ってきた組織の中で上に行き、影響力を持って『こうあるべきだ』という理想に向けて会社を動かしていくのが自分の成長や幸せにつながる。そう思ってやっていました。それは日本の大企業に勤めている方、みんながそう思っているのではないでしょうか」
「とはいえ、所有と経営は全然違う。(社長としての)任期が終わったとき、そこから先は何もありません。今、主にコンサルティングでお付き合いのある中小企業の社長さんだとか、大企業でもソフトバンクグループや楽天グループといったオーナー色の強い企業はその点が違いますよね。そうではない、いわゆる一般の大企業なんかの経営者は、言ってしまえば使い捨てみたいな部分もあるわけです」
「オーナー企業であれば改革というのは非常にやりやすいでしょう。所有しているわけですから。サラリーマン社長は所有しているわけじゃない中で、経営チームや社員の心を束ねて、同じ方向へと力強く前進させていかなければなりません。それは非常に困難なことです」
キャッシュを生んでいる間に次の手を打つ
――千趣会で社長を務めた経験や、現在の経営コンサルティング業務を通じて、経営者に必要な素養や考え方は何だとお考えですか。
「経営者のやるべきことは、いかに自分たちの組織を成長性がある、上りのエスカレーターに乗せるかということです。成長性がない、下りのエスカレーターに乗っている間はいくら頑張っても会社はもうかりませんから」
「ビジネスモデルには寿命があって、その寿命は年々、加速度的に短くなっていると思うんですよ。ということは、現在のビジネスモデルでキャッシュを生んでいる間に、生まなくなった後のことを予測して次の手を打つ。これが重要です」
「稼いでいる間に(新規事業への転換を)やるってすごく難しくて、ほとんどの社員が『今のままでいいじゃん』と思っている中で、『いや、これじゃダメなんだ』と言って、社員にとっては非常に厳しいことを要求してやらないと道が開けない。そういうことができるのってやっぱりオーナー企業の社長ですよね。旧来型の、世代交代を何代もしている大企業のサラリーマン社長がやるのは非常に厳しいと思います。それは僕も実感として思いますね」
――それでは、オーナー系ではない企業の経営者には何ができるのでしょうか。
「経営者というと何かすごく万能で、自分自身で『これが正しい』と考えて引っ張っていくイメージを持ちがちですけど、そんな経営者ってほぼいない。重要なのは何かというと、経営のチームだと思うんですよ。違う考えや、いろんな視点を持った人たちでチームワークを発揮してかじ取りをしていくということです」
「千趣会の例で言うと、カタログ通販(の事業部)で育った人ってカタログ通販のことが好きなんですよ。それに対して否定的なことって考えられないので、改革はできない。それ以外の新しいビジネスモデルに対して否定的になるのも特殊な話じゃなくて、人間の気持ちとして当たり前ですよね。何十年もそれで食べてきて、自分も成長してきて評価されてきた。そんな中でそれを否定するというのはなかなか難しい。なので、違うキャリアを持った人を外から連れてくるというのがいいと思うんですね」
――それはトップも含めてでしょうか。
「トップは生え抜きでもいいでしょう。欧米とは違うのでトップを1人連れてきてどうにかなるものじゃない。社員の求心力が働かず、うまくいかないと思うんです」
「本当に危機になったときはいいんですよ。かつての日産自動車のカルロス・ゴーン氏とか。危機になってから外科手術的なことをやるのは外部から連れてきた方がしがらみも何もないし、できると思うんですよ。ただ、できるのってリストラくらいなもんですよね」
「だから、トップには生え抜きを置き、チームの中に違うキャリアを持った人が入るのが理想だと考えています。その上で、既存事業がまだ隆々としている間に、それがダメになることを前提に大きな改革の手を打てるかが重要なんです」
――そうした改革を成功させた企業で、思いつく事例はありますか。
「理想だなと思ったのは富士フイルムホールディングス(HD)です。コダックが世界1位のシェアで、富士フイルムが2位だったときに、両社とも2000年以降はフィルムって世の中からなくなると思っていた。そこから2社がやったことは正反対で、その時の古森(重隆・元会長兼最高経営責任者=CEO)氏ってまさにサラリーマン社長でしたが、まだ(フィルムは事業としては)稼いでいるんだけどリストラして、メディカルとかの事業を買収するなどした結果、今の富士フイルムHDがある」
「そういうことができる人は少ないし、1人じゃできなかったんじゃないかと思います。チームでやり遂げたんだと。内部留保の資金を使って買収したのも大きいですよね。自社でゼロから新しい事業を立ち上げるってなかなか難しいですから」
――キャッシュを稼いでいるのであれば、むしろその事業を重点的に成長させようとしがちな企業が少なくない印象もあります。
「そうなりがちですよね。当然、サラリーマン社長である以上、任期って大体見えているじゃないですか。あと何年だなと。その間、余計なことをしないで『今これで稼いでいるんだからいいじゃないか』と考えるのはある意味普通。ただそれを押し切って改革できる人がやはり立派だなと思いますね」
経営者1人じゃ何もできない
――安住せずに改革ができる人に共通しているポイントって何なんでしょう。
「そこは人生観ですかね。自分のことだけ考えるなら何もせずじっとしてればいい。だけど、必ず寿命ってやってきます。大体はもうすぐそこに来ているわけです。客観的に考えたらね」
「そうじゃなくて、社員のため、お客様のために、という考えがあるかどうか。今はいいけど、5年後、10年後には(事業や製品、サービスが)もうないんだと。自分が傷を負ってでもやるんだという信念が持てるかどうかは人生観じゃないですかね」
「結局、自分のことより社員や会社、社外のことをいかに考えているかに尽きるのかなと思いますね。だからこそ、面倒くさいし嫌なんだけど、違う意見の人も引っ張ってきてやると。仲良く内輪の人だけで、同じような思考の人たちだけで考えるんじゃなくて、耳が痛いこともちゃんと言える人を連れてくる。そうしたことができる原動力って使命感じゃないですかね。何回も言いますけど、1人じゃ何もできないですから」
――それはご自身の経験からも。
「僕もそうだし、中小企業であれ、いい会社はチームができていますよね。1人で何でもかんでも決めている会社は、いっときは良くてもすぐ転びますよ。ダメになる。それは(千趣会社長を退いて)第三者的に見るようになってから特に実感しますね」
――企業規模にかかわらず、チームづくりが肝要だと。
「そうですね。大企業で例えば社員が1000人いたら、全員の顔なんか覚えていないわけじゃないですか(笑)。だから、ピラミッドの上の方の三角形をうまく運営できれば、ピラミッドの下にも行き渡るので、そんなに大企業と中小企業とで大きな差はないと思いますよ。経営という意味では」
――上のピラミッドでチームづくりがうまくできれば、会社や経営層に対する現場社員のロイヤルティー(忠誠心)やエンゲージメント(働きがい)も高まると言えるのでしょうか。
「そうでしょうね。本当そうだと思いますよ。社員って自分が働いているチームの中の人間関係や、そこで活発な意見が交わされていて、自分の意見が尊重されているかとか、失敗も恐れずチャレンジさせてもらえるかとか、そういう点を重視しますよね」
「社長がいくらいいことを言っても、チームの長がその気になっていなかったら何もできないじゃないですか。そのチームの長って一番上の三角形のメンバーでもあるので、上のピラミッドがうまく回って初めて会社全体が前進できるのだと思います」
経営層を含めてもっと入れ替えを
――そのチームづくりについて、外部の人材を招く際に大切なポイントってどういうものなのでしょう。
「100%じゃないけど、活性化しているチームは新しい血が入っていることが多いですね。中途採用や違うキャリアを持っている人が入ってくることで活性化するというのは、現場で間近で見てきた自分自身も経験してきましたね」
「それで言うと、今は本当の伝統的な大企業以外は、10年、20年前に比べて流動性は高まってきていると思うんですよね。つまり転職は当たり前みたいになってきている。特に20代、30代の方はそう思っているはずです」
「我々の世代のように『ここ(の会社)に入ったらもう一生ご奉公』みたいな感覚とは全く違うと思うので、そういうことを若い層だけじゃなくてキャリアを積んだ経営層や経営の経験者も含めてもっと入れ替えをしていくことが日本全体の課題だと思います」
「この間もイーロン・マスク氏が米ツイッターを買収していきなり大規模な人員削減を打ち出しましたよね。お金を払って辞めてもらうというのは法律違反じゃないけど、日本の上場企業からしたら、やっちゃいけない禁じ手じゃないですか。すごくたたかれますよね」
「日本って法律とか契約とかじゃなくて噂話でトップが引きずり下ろされてしまう世界なので、ああいうのはできない。でも、僕は絶対に正しいと思うんですよ。そこで職を失った人がもっと自分に向いている所に行けばいいだけのこと。本当にそうだと思います」
「そうした機会が今の10倍、100倍生まれると、多様な意見が現場のオペレーションにも、経営にも生かされてくる。下りのエスカレーターから上りに乗り換えることを、まだ下りきっていない時点でもう考える。手を打つ。痛みを伴うけど実際にやっていく、というバイタリティーにつながると思いますね」
「中間管理職クラスの入れ替えをもっとどんどん、国の労働行政としても、それぞれの会社においてもやっていった方がいい。ここが結局、一番現場でのパワー、推進力がある部分ですよ。ここに多様な人材が来ると、その人たちが次の世代の経営者になっていくから、次の世代の経営層の多様化にもつながりますよ」
「生え抜きもいいんですよ。でも、それだけだと変化に弱い組織になってしまうか、もしくは変化を先取りして手を打てるような組織にはなりにくいですから。だから、チームづくりが経営者にとって一番重要な仕事かもしれません」
――改めて、エスカレーターの乗り換えの話ですが、うまく事業転換できている会社は中長期的なビジョンからバックキャストして物事を判断できている印象があります。その点はどうお考えですか。
「エスカレーターを乗り換える際に、何でもやっていいのかという話ですよね。それだと社員の心も付いていかないし、株主の理解も得られないと思います。だから、やっぱり1つコンテクストというか、うちの会社はこういうことにこだわる、逆にこういうことはやらない、というコンセプトがしっかりしていないといけない。その軸がしっかりした上で、この事業はもう下りになるからこっちに変えよう、ということだと思うんですよね」

――昨今のパーパス経営や創業者の理念を思い返す、といった流れにもつながることでしょうか。
「僕が千趣会の社長になった時も、創業者の言葉をもう一度、表に引っ張り出してきました。簡単に言うと『会社は社員のためにある』という趣旨のことを書いてあるんです。今でもその経営理念を定期的に読んでいますし、ご支援している経営者の方にもご紹介しています。僕の中で人生の指針の1つにもなっていますね」
「いい商品やサービスを作って繁栄し、社員を精神的、経済的に幸せにすることが会社の使命だと。いわゆる株主第一主義とは全く異なりますよ(笑)。いくらもうかっていても、社員が幸せじゃない会社って意味がないですから。そうしたことをたたき込まれたので、それはいまだにそう思っています。年々そういうことが大事だなと実感も強まっています」
「ただ単に社員を守ればいい、ということではないですよね。そこで働く社員が生き生きとして幸せで自分のやりたいことに前向きに取り組めて、それでいてやっぱりお金もちゃんともらえる。そういう会社がいい会社なんだと思いますね」
(日経ビジネス 生田弦己)
[日経ビジネス電子版 2023年1月17日の記事を再構成]
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