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ホンダEV開発、技術陣に「思い込み」「経験」の壁

日経ビジネス電子版
2040年に新車をすべて電気自動車(EV)または燃料電池車(FCV)にすると宣言したホンダ。車の開発現場では、これからのホンダの成長を担うEVの開発に技術陣が悪戦苦闘している。「売れるEV」とはどんなものなのか。その答えを探る過程で、時にはこれまでの車づくりの「常識」とぶつかることも。人も組織も変わることが求められている。

中国南部の広東省広州市にあるホンダの研究開発(R&D)拠点、本田技研科技。中国市場向けの四輪車開発を担うこの場所で、エンジニアたちは頭を悩ませていた。

彼らのミッションは、「ホンダ」ブランドとして初めて中国で発売する新型EVを開発すること。18年に開発責任者(LPL)に就任した三谷哲也氏が主導し、どんな車をつくるべきか、そのコンセプトを決めるために知恵を絞っていた。

初めに定めたグランドコンセプトは「宇宙感EV」だ。開発チームのメンバーにEVのイメージを問い「やっぱり宇宙だ」という答えが返ってきたことが起点となった。先進的で未来的な先端知能を有した車。音のしない静粛性はゼログラビティー(無重力空間)を想起させる。そんな発想で未来の車を考え始めた。

「EVとして何ができるか」

「EVには何が求められるか」

開発の序盤、エンジニアたちは「EV」という2文字に鼻息を荒くしていた。主だった自動車メーカーの中で最後発に近いホンダが出すEVが並大抵のものではいけないという焦燥感もあった。

「最新鋭の未来的な乗り物をつくらないといけない」「高度な技術・機能をふんだんに盛り込まねばならない」――。中国の地場新興メーカーが相次いで新型EVを発表するのを横目に、三谷氏らはいつしかそんな考えに縛られていたのだろう。

やる気が空回りし、開発は壁に突き当たった。そんな中、現地トップの井上勝史常務執行役員中国本部長が「自分たちの車作りをしよう」と投げかけたことをきっかけに、先進知能化や技術の競争ではなく、地に足付いた開発を進めなければと立ち返った。

新たに練り上げたコンセプトは「心動 未体験EV」。人の心を動かすEVをつくると軌道修正したことで、開発は再び動き出した。中心を担ったのは現地で採用された中国人エンジニアたち。制御技術や基盤技術の開発、車両評価などは日本で行うが、設定や仕様、搭載する機能は現地スタッフが答えを出していった。

最大の敵はクルマづくりの「経験値」

すると、今度は自動車メーカーとしての「経験値」とぶつかった。

その一例が、運転席に装備するディスプレーを巡る考えのすれ違いだ。開発陣はホンダ独自のコネクテッド(外部とネットワークでつながる)技術「ホンダコネクト」を搭載しようと考えていた。新たなコネクテッド技術によって、地図やアプリ、エアコンの操作までを1つのタッチ式ディスプレーで完結できるようになる。そこで操作のしやすさを考慮した彼らは、15インチを超える大型ディスプレーを設置することを提案した。

ところが、開発の進捗について役員がヒアリングする「評価会」の場で、「これは本当に必要な技術なのか」と突き返された。車づくりの知見と実績のある役員層からすると、従来のセオリーから逸脱した提案と映ったのだろう。

「新しいものを見た時の違和感や既成概念が最大の難敵だった」(三谷氏)。必死の説得の末、開発の途中からは「自由にやってみればいい」と役員からお墨付きを得られたが、長年自動車を開発してきた経験が、EV開発で思わぬ障壁となった。

今年4月、新型EVは中国で四輪車を生産・販売する現地合弁の東風本田汽車(東風ホンダ)から、「e:N(イーエヌ)S1」として発売された。別の中国合弁である広汽本田汽車(広汽ホンダ)も6月、e:NS1の兄弟車種「e:NP1」を売り出した。

ホンダは中国市場で年160万台前後を販売している。同社の新型コロナウイルス禍前の世界販売(450万~500万台規模)の3割以上を占める重要市場だ。ここで30年には約80万台のEVを売り上げる目標を掲げる。ホンダのサブブランドといえる「e:N」シリーズは先兵として、今後の市場開拓の命運を握る。

本格的なEV時代に向けて、各社は従来のエンジン車にない「新しい価値」をEVで提供しようと知恵比べを始めている。その過程で、半世紀以上にわたってガソリン車をつくり続けてきた自動車メーカーとしての価値観や先入観が時に邪魔をする。EVシフトが先行する中国で、生みの苦しみと格闘する技術者たち。三谷氏は「先行してチャレンジできる中国市場での成功と失敗を拾い集め、今後の開発のプラスにしていければ」と語る。

車開発の「本丸」も聖域視せず

開発現場で意識改革が起こり始める中、ホンダはEV時代への車づくりを見据えて組織体制の見直しも進めている。大きなターニングポイントとなったのが、研究開発子会社である本田技術研究所の再編だ。八郷隆弘前社長の体制下だった19年2月、研究所の組織変更を発表。20年4月に研究所の四輪開発部門を切り離し、ホンダ本体に統合させた。

開発部門である技術研究所を別会社にする独自のスタイルを続けてきたのは、販売台数や利益といった数字にとらわれずに独創的な技術や商品を生み出すためだ。研究所は創業者の本田宗一郎氏が自ら立ち上げた「本丸」。グループ内での存在感も抜群に大きかった。

ただ、開発と販売が離れていたことで、開発効率の低下といった問題は常につきまとった。ホンダは、研究所に売上高の一部を委託研究費として支払い、研究所から設計図面を買うという取引形態を採用。世界各地の市場ごとに数多くの派生車種をつくる戦略も相まって開発費は膨張していた。その一方、稼げるヒット車は限られ、四輪車事業の営業利益率は2%前後で低空飛行が続いた。

再編により、研究所の役割は先端技術研究に絞り込まれ、一方でホンダ本体が新車の開発、生産・販売を一貫して手掛けられるようになった。さらに22年4月、現社長の三部敏宏氏の下、開発効率を一層高めるために導入したのが「事業開発本部制」だ。

四輪、二輪、そして発電機などのパワープロダクツ(汎用品)と、大きく3つの事業領域ごとに分けていた開発部門に横串を通し、「電動化」「ソフトウエア」「エネルギーシステム」といったテーマで横断的な開発ができるよう部門を整理し直した。ホンダにとってはEVだけでなく、二輪車や汎用品の電動化も大きな命題だ。共通の技術課題を1つの部門の下にまとめることで開発資源を集中させ、技術を多様な製品に迅速に広げることを狙う。

投資合戦の様相を呈する電動化のうねりを生き抜くため、ホンダは聖域を設けることなく組織の在り方を大きく変えてきた。「脱ガソリン車」へのロードマップも示した今、あとは反転攻勢に出てしっかりと成果を刈り取ることが求められる段階に入っている。

世界に20万人の大所帯、山は動くか

だが、まだ課題は残る。

「EVとかソニーとか宇宙とか。楽しそうだけど、自分の仕事には何も関係ない」

研究開発部門の、ある現役社員の言葉だ。会社が矢継ぎ早に打ち出す発表を日々目にするものの、新型車を発表する期限までに技術開発を進めて成果を出す、という自分の仕事には何の変化も感じられないとこぼす。

四輪でも、稼ぎ頭である二輪でも、今、足元で収益を上げているのはガソリンで動く製品だ。EV開発や次世代技術の開発に直々に携わるエンジニアにとって電動化は自分事かもしれないが、既存のビジネスに携わる多くの社員にとってまだまだ実感は湧きにくい。

ホンダのある有力OBは「研究所を解体し、組織を変えれば解決するわけではない。数万人のエンジニアが前向きに創意工夫できる環境をつくれなければ意味がない」と注文を付ける。

ホンダは21年春、55歳以上65歳未満の正社員を対象に早期退職を募り、2000人超が会社を去った。世代交代を進めることでエンジン車の開発・販売を軸としてきた人員構成を見直し、EVやソフトウエアなど次世代技術を主体とした組織に組み替えるためだ。経営陣の危機感と電動化シフトへの覚悟が見えるが、組織の隅々まで変革の精神を根付かせるにはまだ時間が必要だ。

三部社長は今を「第2の創業」と表現し、「全てをゼロからつくりかえる」と宣言する。ホンダの改革はまだ始まったばかり。ホンダ単体で約3万6000人、グループ全体では20万人を超える従業員を抱える大組織の山を動かすのは、そうたやすくない。

(日経ビジネス 橋本真実)

[日経ビジネス電子版 2022年8月15日の記事を再構成]

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