3階建てビル並み!新宇宙望遠鏡、宇宙での展開に成功

2021年のクリスマスに打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が、最も難しいミッションである機体の展開作業を無事成功させた。折りたたんだ状態で宇宙へ打ち上げられた後、目的地を目指して移動しながら機体の各部位を展開させる作業は、万に一つの失敗も許されない危険なステップをいくつも踏む必要があった。
ウェッブ計画に携わる科学者やエンジニア、それを見守る宇宙マニアにとって、この15日間は緊張の連続だった。全ての段階を、一つずつ順番に、完璧にこなさなければならない。事前に地上で練習を重ねていたものの、実際に宇宙でどうなるかは予想がつかなかった。一カ所でも間違えば、始まったばかりのウェッブ計画は早々と終了してしまうかもしれなかった。しかし22年1月8日、主鏡の展開が成功したことによって、展開作業の最終段階は無事完了した。
これから5カ月かけて、ウェッブ望遠鏡は観測開始に向けた試験と微調整を行う。全ての準備が整えば、時の流れを遡り、130億年以上前に形成された天体の姿をとらえることができるようになる。その使命は、誕生したばかりの宇宙の混乱の中から、星々や銀河、そして生命が誕生するに至ったはるかな歴史を明らかにすることだ。
2週間後に、ウェッブ望遠鏡は最終目的地、太陽-地球系のラグランジュ点L2と呼ばれる宇宙空間に到達する。地球からL2までの距離は、地球から月までの距離の約4倍に相当する。完璧に近い状態で打ち上げを成功させたため、望遠鏡は当初予定されていた10年という寿命を大幅に上回って運用を続けられる可能性も出てきた。
滑り出しは順調だったが、ここへこぎつけるまでに、ウェッブ計画はいくつもの障壁を乗り越えなければならなかった。打ち上げは当初、07年に予定されていたが、延期に次ぐ延期で予算が膨れ上がり、計画そのものが中止の危機にさらされた。おまけに、望遠鏡の名の元になったジェームズ・ウェッブ元米航空宇宙局(NASA)長官が、同性愛者への差別的な政策を支持していたとして、改名すべきかどうかという議論まで起きていた。
漆黒の宇宙と青い地球を背にして
ウェッブ望遠鏡は21年12月25日、フランス領ギアナにある欧州宇宙機関(ESA)の施設から、NASAのアリアン5型ロケットに載せて打ち上げられた。その約27分後、望遠鏡がロケットの上段から切り離された。ロケットに搭載されたカメラが、遠ざかっていく望遠鏡の姿をとらえた。そこには、漆黒の宇宙と青い地球を背にして輝く望遠鏡の姿が映っていた。

人類が間近でウェッブ望遠鏡を見るのはこれが最後となったが、NASAはその後も小さな光の点となってL2を目指す望遠鏡を追い続けている。
カメラの視野から外れる直前、望遠鏡は太陽光パネルを広げ、太陽から電力を供給し始めた。この最初の重要なステップがなければ、その先の計画も実行することはできない。「電力がなければほとんど何もできません」と、NASAの展開エンジニアであるアルフォンソ・スチュワート氏は22年1月4日、記者団に対して語った。
誤差の許されない展開作業
ウェッブ望遠鏡は、完全に開ききった状態にすると、3階建てのビルの高さほどになる。遮光板だけでも、テニスコート一面分に近い広さがある。あまりにも大きいため、そのまま宇宙へ打ち上げることはできなかった。
そこで、直径6.5メートルの主鏡を折りたたみ、小さな副鏡を格納し、長さ21メートルの遮光板はロール状に巻いた。薄い5層構造の遮光板は、太陽の光を遮り、科学機器をマイナス233度に保つために必要なものだ。望遠鏡が温かいと、観測対象である古代の天体が発するかすかな赤外線と、望遠鏡から発せられる熱とを区別するのが難しくなる。
打ち上げ時の振動で望遠鏡が破壊されないように、これらの構成部品はしっかりと折りたたみ、動かないように固定しておく必要があった。そして宇宙空間に出た後で全体を広げる計画だった。この段階で、不具合が生じる恐れのあるポイントは344カ所もあった。
当初、モーターの温度が予想よりもわずかに高くなったり、太陽光パネルで電力異常が発生するなど、いくつかの小さな問題はあったが、すぐに修正することができた。そして、いよいよ展開作業に入る。最も難しかったのが、遮光板の展開だ。
一枚一枚の層を、どこかに当たったり引っかかったりすることなく、ピンと張った状態で広げなければならない。船の帆を張る作業に似ているが、これを宇宙空間で、遠隔操作により、わずかな誤差も許されない状態で実行しなければならない。
26時間の作業の末、22年1月4日正午(日本時間翌5日午前2時)には遮光板の展開が成功したと発表された。
さらにその後、副鏡も無事展開され、所定の位置に固定された。副鏡は、主鏡が集めた光を検出器へ送る役割を持つ。これがなければ、望遠鏡の主鏡は宇宙空間に浮かぶ単なる金メッキの巨大なベリリウム板でしかない。
そして22年1月8日、最終段階として主鏡の展開と固定が完了した。ミッションオペレーションの責任者カール・スター氏が展開作業の完了を宣言すると、管制室は歓喜に沸いた。
ウェッブ望遠鏡のこれから
L2への旅を続けながら、科学者とエンジニアたちは、観測の開始に向けて望遠鏡の準備を進める。当初の予定では望遠鏡の寿命は10年とされていたが、その期間を大幅に超える運用の可能性も検討し始めている。アリアン5型ロケットによる打ち上げがあまりに完璧だったため、望遠鏡は燃料をほとんど消費せずに済んだ。L2に到着した後も、軌道に留まるために定期的に燃料を燃やす必要があるが、望遠鏡の燃料タンクには予想していたよりも多くの燃料が残っている。
ミッションの寿命を決定するのは燃料だけではないが、大きな要因であることには違いない。今のところ、NASAは燃料がいつまで持つかを正確に計算していないが、楽観的に考えてはいるようだ。
ウェッブ宇宙望遠鏡プログラムディレクターのグレッグ・ロビンソン氏は、「当初予定していた10年分よりもはるかに多くの燃料が残っているのは確かです。今後どのようにして推進装置と燃料を使って試運転の段階を完了させるかはまだわかりません。ですから、全体的な計算を出すのは時期尚早ですが、10年よりもはるかに長く行けると思います」と話す。
また、将来的に燃料補給が実現する可能性もあり、成功すれば計画の寿命を大幅に引き延ばすことができる。ハッブル宇宙望遠鏡は、宇宙飛行士による修理が何度も行われたが、ウェッブ望遠鏡まで人間が整備に行くのは遠すぎる。そのためNASA副長官のトーマス・ズルブヘン氏は、ロボットによる燃料補給の技術開発を優先課題に挙げている。
NASAには、燃料補給の技術がまだないものの、望遠鏡自体には再補給可能な燃料タンク、取り外し可能な断熱装置、目視で位置を確認できる標的マーク、アクセスしやすい連結点など、将来的に整備が可能になった時のための設計が組み込まれている。
同様に、NASAが次にL2へ送り込もうと計画しているナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡も、整備を可能にする設計が施されている。「私たちにとって巨大な資産ですから、燃料補給と整備は戦略的目標であり、非常に重要であると考えています」と、ズルブヘン氏は言う。
(文 NADIA DRAKE、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2022年1月13日付]
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