DX失敗例から学ぶこと
新風シリコンバレー WiLパートナー 小松原威氏
日本企業の人とデジタルトランスフォーメーション(DX)について話す際に「成功事例を教えて下さい」とよく聞かれるが失敗事例を聞かれることは少ない。成功事例を調べることは大切だが、事例ばかり求めるのではなく、自ら答えを作り、自ら事例となる気概が必要だ。そのためには失敗事例が有益である。自らの答えを実現するために、どこに落とし穴があるか確認できるからだ。

デジタルネーティブなシリコンバレーのIT企業の事例は日本の企業と違い過ぎる。なので今回は伝統的な大企業2社のDXの失敗事例を紹介したい。
米メディア大手ワーナー・ブラザース・ディスカバリー傘下で世界最大級のニュースチャネルであるCNN。1980年に創業されて以来、最も重要な新規事業だとうたわれた有料ストリーミングサービス「CNN+」が、4月にサービス開始後わずか一カ月で打ち切りとなった。
CNNが主戦場とするケーブルテレビ契約者数が減り続ける中で、テコ入れのために出遅れていたデジタル版サービスとして開始されたCNN+。100億円以上の資金を投入、外部のコンサルティング会社をつけて、数百人の新規採用がなされ事業を開始したが、目標とする会員数を獲得できなかった。
ワーナーメディアとディスカバリーが合併し、新経営陣との方向性の違いが大きな理由だ。ネットフリックスが失速するストリーミングサービス市場において、新経営陣はCNN+というニュース単独では顧客ニーズを満たせず、複数コンテンツを統合して提供すべきだと考えた。契約上、既存のCNNの番組をCNN+では流せず、独自番組だけとなったのも魅力が薄れた理由だ。
次に、1727年創業の英国四大銀行の一つRBSの事例だ。2019年にサービス開始したデジタルバンクサービス「Bó」がたった5カ月で廃止された。3年以上の月日と150億円もの資金が投入された鳴り物入りのプロジェクトだったが、競合のフィンテックを扱うスタートアップの成長に比べて大きく見劣りした。
サービス開始後に変わったRBSの新経営陣とBóチームの関係不和や、旧態依然とした本体からの悪影響もあり、早いサイクルでのサービス改善ができずにアプリに対する顧客からの低評価が続いたことなどが理由だ。
経営陣との意思疎通、市場投入のタイミング、顧客ニーズ、既存事業とのあつれき、スピード感など、失敗事例から学ぶべき点は多い。DXに関しても、経営層の外部招へい、新規事業の専任部署、ベンチャー投資など、失敗事例は枚挙にいとまがない。
だが、このような取り組みに失敗したとしても、真剣に取り組んだ組織やメンバーには大きな学びや成長があり、必ず今後の糧としている。
本当の失敗事例とは、こういった取り組みにも挑戦をせず、失敗すらできなかった企業の事例なのかもしれない。
[日経産業新聞2022年5月24日付]
