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EU「新炭素税」に警戒と期待 日本、基準作りで攻めも

Earth 新潮流 三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷尚氏

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流
EUの「55%削減」目標などについてスピーチするティメルマンス上級副委員長(気候変動担当)=ロイター

欧州連合(EU)の欧州委員会が7月、「Fit for 55」と銘打った気候変動対策の包括案を公表した。2030年までに域内の温暖化ガス排出量を1990年比で55%減らす目標の実現に向けた施策を盛り込んだ。

環境対応コストもEU基準

エンジン車規制や再生可能エネルギー発電の支援、排出枠取引の拡充に加え、国境炭素調整措置(CBAM)の導入などが並ぶ。EUへの輸出国が警戒するのが「国境調整税」とも呼ばれるCBAMだ。EUの排出規制への対応が不十分な輸入品に事実上の関税をかけるもので、EU向け製品の価格競争力に大きな影響を与えるからだ。

国境調整税はまずは鉄、セメント、アルミ、肥料、電力の5品目を対象に、EU製品と同等の排出規制対応コストの負担を求める。2023年にデータ収集を始め、26年から実施予定となっている。

この政策の背景にあるのがEUの排出規制強化に対する域内産業界の反発だ。EUの規制強化は域内の温暖化ガス排出削減に資するが、規制の緩い国が生産を増やしEUへの輸出を拡大していては世界の排出量は減らない。EU製品の価格競争力も落ちる。

そこで提案されたのが輸入品にもEU製品と同様に排出枠の購入を義務付ける国境調整税だ。産業競争力の維持と温暖化ガス排出削減の両立を目指している。

そしてもう一つの狙いはEUの財源の底上げだ。排出枠取引制度では国際競争に配慮し、鉄やアルミ、石油化学などで一定量の排出枠を域内企業に無償で供与していた。しかし、国境調整税で域内企業の国際競争力低下を回避できれば、無償排出枠をなくすことができる。EU加盟国の排出枠売却収入は15年には50億ユーロ(約6450億円)だった。無償排出枠をなくせば、最近の排出枠価格の上昇もあり、売却収入は年間1000億ユーロにもなる可能性がある。

ロシアや中国に影響大

もっとも、一見うまい仕組みだが実現は難しかった。国境調整税は自由な貿易を阻害する規制として国際貿易機関(WTO)のルールに違反するおそれがあったからだ。

これについてEUは「輸入制限の例外」であり問題ないと整理した。輸入品の「差別」につながるとみる向きに対しても「EU製品は生産時に排出枠を購入しており、消費者はそのコストを負担している。輸入品差別ではない」と退けた。

対象5品目のEUへの輸出量をみると、大きな影響を受けるのはロシア、中国、トルコ、ウクライナ、インド、韓国、それに米国だ。

米国は早くから警戒していた。ケリー大統領特使(気候変動問題担当)が4月にEUと気候変動対策を協議した際に、性急な実施はやめるよう求めた。国境調整税自体に反対というわけではない。米国も同様の仕組みを検討し、EUと交渉を開始している。米国はこれを中国との気候変動交渉のカードに使うことも示唆している。

ただ、米国の産業界は複雑だ。新しい規制は「勝ち組」と「負け組」を生む。国産品を売る企業は米国版国境調整税は歓迎だろうが、EU向け鉄鋼輸出企業はダメージを受けるだろう。利害対立から産業団体は「自由貿易と気候変動政策の両立が必要」と原則論を述べつつ、「制度作りには産業界も参加すべきだ」と主張している。将来の対象品目拡大が念頭にある。

中国は自由貿易の原則を掲げ「WTOルール違反だ」ととEUに反対する。ブラジルやインドなどと連携し、中国や途上国を対象から外すよう求めている。

他方で、中国はEUの支援も受け21年から電力を対象に排出枠取引を開始した。自治体の実験的な取引では鉄鋼やセメントなども対象だ。EUの国境調整税に対応する準備はできている。

他の国・地域も受け止め方は様々だ。カナダやオーストラリアは資源輸出への波及を懸念する。東南アジア諸国連合(ASEAN)は対象品目のEUへの輸出がほとんどなく、日本も影響は当面限定的なことから静観気味だ。

しかし、国境調整税は上手に使えば気候変動対策を後押しできる。規制の強化と多国・地域間の調和は長期的には自然な流れだ。日本はEU単独の国境調整税には反対だった。しかし、米国も導入を考え始めたとなると状況は変わる。日米欧の政策協調も選択肢になるだろう。

国境調整税の仕組み作りには2つのステップが必要だ。まずは排出量の測定。同じ鉄鋼でも、高炉と電炉など製造技術によって排出量やエネルギー効率は異なる。排出量の算出方法の統一が必要だ。

TPPやAPEC活用を

次は排出コスト。排出1トン当たりの炭素価格はEUでは現在約60ユーロ。輸出国の排出コストの差をEUが徴収する。米国のように、カリフォルニア州は排出枠取引制度があるが米国全体の炭素価格はないといった国もあり、公平なルールが必要だ。

日本は排出量の算定では実績がある。日本も参加した05年からの「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ」(APP)だ。鉄、セメント、アルミなどを対象に共通の算定方法などを検討した。鉄は国際標準ができたし、セメントはEUの排出枠取引で採用されるなど成果もある

日本でも炭素価格の導入が検討されている。守りから攻めに転じるチャンスかもしれない。日本が得意とするのは「定量化」だ。最終目標は世界共通ルールだが、国連の交渉にみるように多国間では簡単にはまとまらない。WTOでの協議と並行して、日米欧、あるいは環太平洋経済連携協定(TPP)やアジア太平洋経済協力会議(APEC)といった枠組みで協議するのが現実的だろう。

[日経産業新聞2021年9月24日付]

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