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量子計算機で金融を創造的破壊 欧米銀行大手の目算

CBINSIGHTS
欧米の大手銀行・金融機関で量子コンピューター技術を活用しようとする動きが広がっている。有力な取引戦略の構築や、最適なポートフォリオの高速な解析ができると期待されている。米シティグループなど複数の金融機関は既に量子コンピューター関連企業に投資している。一方で従来型のコンピューターで守られてきた暗号が解かれるリスクもはらむ。量子コンピューターが金融に及ぼす変化やリスクをCBインサイツがまとめた。

金融機関は開発が進んでいる量子コンピューターを活用したいと強く望んでいる。

量子コンピューターは現在使われている従来型コンピューターとは根本的に異なる方法で情報を処理する。このため、他の方法ではできない新しいタイプの計算が可能になる。理論的には、量子技術の導入に積極的な銀行はより高いリターンをもたらす取引戦略を構築し、様々なポートフォリオの組み合わせを高速解析して最適な投資の組み合わせを見つけ出す。与信などでのリスク分析のレベルを大幅に向上することもできる。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

量子コンピューターはあらゆる面で優れているわけではなく、技術的に厄介な問題にもなお直面しているが、モンテカルロ・シミュレーション(不確実な事象の起こり得る結果を乱数を多数発生させて予測する手法)のような銀行の日常的な数学的タスクを短時間でこなすのは得意だとみられる。

この広範な潜在力は注目を集めつつある。2021年に入り、メディアが金融での量子コンピューターの活用について言及した回数は過去最高に達している。

金融機関も量子の可能性に注目しつつある。英ナットウエスト・グループ(旧RBS)、米ブラックロック、米シティグループ、仏BNPパリバなどは量子コンピューティング企業に出資している。一方、米JPモルガンや英スタンダードチャータードなど他の多くの銀行は、このテクノロジーが何をもたらすかを探るためにスタートアップや大学と提携している。米ゴールドマン・サックスは5年以内に量子コンピューターを実務で利用できるようになると報告している。

今回のリポートでは、量子コンピューターが金融サービスにもたらす変化、すでにこの分野で動いている主要プレーヤーの動向、注意すべきリスクについて取り上げる。

ポイント

・金融サービスでは量子コンピューターの利用に弾みがつきつつある。金融はまだ開発途上のこの技術の商業的魅力を真っ先に見いだした業界の一つだ。

・ゴールドマン・サックスなどの銀行は取引戦略の適応性と効率を高めるため、量子コンピューターを使って高速のモンテカルロ・シミュレーションを開発しようとしている。

・スタンダードチャータードやスペインのBBVAなどの銀行は、量子コンピューターの最適化問題を解く能力をポートフォリオの配分や調整に生かすために実証実験を進めている。これによりリターンの向上やリスクの最小化がもたらされる可能性がある。

・ナットウエストなどの金融機関は量子コンピューターを使い、融資実行の際のリスクを評価している。スペインのカイシャバンクはすでに融資申請の分析ワークフローに量子コンピューティング機能の一部をとり入れている。

・量子コンピューターはいずれ、銀行の取引や決済、ブロックチェーン(分散型台帳)技術の多くの用途など世界のオンライン活動の大部分を支えている暗号を脅かすようになるだろう。金融機関は量子コンピューターが及ぼすサイバーセキュリティーの脅威に対処するために設計された新たな暗号化技術「ポスト量子暗号」の導入に動き始めている。

なぜ金融サービスは量子技術の早期導入に適しているのか

金融は短期的には量子コンピューターの恩恵を受ける可能性が最も高い部門の一つになるとみられている。

その一因は、銀行はモンテカルロ・シミュレーションなど、量子計算の強みを生かせる多くの計算や数学の技法を使っているからだ。量子アルゴリズムを導入すれば、最適化やビッグデータの検索、パターン発見に関する能力が高まる可能性もある。これにより銀行はより高い運用成績を上げるポートフォリオを構築し、不正を検知し、信用評価を改善できる。

金融機関は他の業界に比べて量子コンピューターのような新しい技術に投資できる資金力がある場合が多く、ライバルよりも少しでも優位に立つことで利益を得られる。つまり、比較的性能が低い当面の量子コンピューターは大半の業界ではさほど役に立たないが、ライバルに先んじようとする金融機関にとっては不可欠なツールになる可能性がある。

進歩は少しずつになるだろうが、米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)などの業界観測筋は、量子コンピューターは今後数年間で金融機関に数百億ドルの利益をもたらすと予測している。

量子モンテカルロ・シミュレーション、取引戦略を強化

取引戦略を講じている銀行は、不確実な事象を予測し、リスクをコントロールするためにモンテカルロ・シミュレーションなど複雑な計算が必要な数学的手法を使っている。こうしたタスクは従来のコンピューターでは対処が難しく、量子コンピューターが活躍する可能性がある分野の一つだ。

この複雑な数学の問題の一部に量子コンピューターを活用することで、想定外の相場の変動を生かせるようになり、(従来のような)古いデータに基づく投資で損をすることと差が出てくる可能性がある。

具体的には、量子コンピューターを使って取引戦略を構築すると、現行の手段よりも明らかな利点を3つ得られる。

・シミュレーションを短時間で実行できるため、刻一刻と変化する相場のダイナミクスに反応しやすくなる。

・追加時間をかけずにより複雑なシミュレーションを実行でき、予測精度が増す。

・入力するデータがかなり少なくても、アルゴリズムを実行できる。

量子コンピューターで複雑なポートフォリオの最適化を速やかに処理

投資戦略や変動の激しい相場は複雑で、金融の多くの最適化問題を従来のコンピューターで解くのは極めて時間がかかり、不可能でさえある。だが、量子コンピューターの多くのベンダーはこの分野に改革をもたらすチャンスがあるとみている。

例えば、量子計算のソフトウエアを手掛けるスペインのマルチバース・コンピューティング(Multiverse Computing)は、BBVAや量子コンピューターの開発に取り組むカナダのDウエーブ・システムズ(D-Wave)と共同で、関連リスクが比較的低く、投資利益率(ROI)が60%に上るポートフォリオを構築した。マルチバースは膨大な選択肢から3分以内でこのポートフォリオの組み合わせを見つけ出したと報告している。この研究によると、同じタスクを量子以外の手段で計算した場合には完了までに1日以上かかった。

量子のセキュリティー上の脅威への対策が必要に

量子コンピューターは金融サービスに多くのメリットをもたらす可能性がある一方、新たなタイプの計算を行う能力により「公開鍵暗号」を脅かす大きなリスクもはらんでいる。

公開鍵暗号はウェブサイトへのログインからメールの送信、銀行の取引や決済に至るまで、ネット上のあらゆるものに使われている。現在の公開鍵暗号は従来のコンピューターには極めて難しい数学の問題を使っているが、将来の量子コンピューターにはすぐに解読されるだろう。

この脅威がいつ現実になるかは分からないが、大方の予想では10~20年とされる。

この量子の脅威に備えるため、新たな公開鍵暗号テクニックが登場しつつある。「ポスト量子暗号」と総称されるこの技法では、量子コンピューターでも容易に解けない暗号アルゴリズムを使う。「耐量子」「抗量子」と呼ばれる場合もある。

オンライン取引やデリケートな顧客データに対するあらゆる脅威に先んじようとする金融機関は、すでにこの分野で対策を講じ始めている。だが、新たな暗号方式への移行は厄介で時間がかかり、移行が完了するまでに10年以上かかる可能性もある。このため、多くの企業はできるだけ早くポスト量子暗号への移行に着手したいと強く望んでいる。

今後の見通し

20年代末には、量子コンピューティングは金融機関にとって不可欠な日常ツールになるほど成熟している可能性がある。それまでの間、金融機関は当面の量子コンピューターから得られるどんな利点もすぐにとり入れるだろう。

この分野で注目すべき主なプレーヤーは、ゴールドマン・サックスなど量子技術の導入に積極的な銀行だ。同行は5年以内に量子コンピューターが業務を支えるようになると予測している。米グーグルや米IBMなどのテック大手も量子コンピューターの開発を大きく進展させている。さらに、米サイクオンタム(PsiQuantum)などのスタートアップも控えている。同社は数年以内に強力な量子コンピューターを開発する目標を掲げ、7億2900万ドルを調達している。

大方の予想よりも早く飛躍的進歩が起きる可能性もあるが、量子コンピューターに対する過剰な期待には引き続き注意が必要だ。強力な量子コンピューターも万能ではなく、量子のチャンスは特定の問題の解決に秀でていることにある。

金融機関が量子戦略を成功させるには、モンテカルロ・シミュレーションや高速フーリエ変換、データ検索など、量子コンピューターで恩恵を受けられるタスクやプロセス、ビジネスモデルを見極めておく必要がある。つまり、問題を基本原則にまで分解し、これを従来のコンピューターよりも優れた、量子コンピューターの活用によって可能になる数学的手法でどう解決するかを判断しなくてはならない。

当初は量子コンピューティングの専門人材が少ないことがそのネックになるだろう。一部の銀行はすでにチームを立ち上げ、もっと強固な採用ルートを築こうと動いている。例えば、JPモルガンは大学院課程から量子コンピューティングの専門人材を採用するため、専用のインターンプログラムを立ち上げている。経験豊富な量子ソフトウエア技術者など重要な専門人材を確保するために、量子コンピューティングのスタートアップを買収するという手もある。だが、この方法は費用がかかり、効果が出るのはかなり先になるだろう。

それまでの間、銀行は量子計算のスタートアップと提携するために列をなし、グーグルやIBM、サイクオンタム、米リゲッティ(Rigetti)、米イオンQ(IonQ)など量子コンピューターの開発を手掛ける企業の進捗状況を注視することになるだろう。量子コンピューターが金融に創造的破壊をもたらす準備はまだ整っていないが、どの銀行もこのテクノロジーが本格化してから備えが万全のライバルに追いつこうと慌てる羽目には陥りたくないだろう。

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