中小企業のリスキリング
SmartTimes 東京農工大学教授 伊藤伸氏
社会人のリスキリング(学び直し)へ社会的な注目が集まっている。デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展で、経営資源が限られる中小企業も取り組みが迫られている。リスキリングは、人工知能(AI)等の活用に伴い業務が減少する従業員を再教育する必要性が起点の概念だが、実行には経営側と従業員側の両方の視点が重要になる。

リスキリングとしてデジタル人材の育成が急務との認識は衆目一致する。ただ、中小企業にとっては、特定のプログラミングやシステム構築に際立った技術よりも、利用可能な技術の全体像を把握し、外部のIT企業を活用して業務プロセス刷新や新製品・サービスを実現する能力が有益だろう。狭い分野の専門職を常時雇用する余裕は小さいうえ、経営資源や市場状況の深い理解を併せ持つことがDXを成功に導くために不可欠だからだ。
「学び直し」と表現されても、かつて学習した内容の復習ではない。特にデジタル技術は進歩が速く、人材に求められるスキルも急速に変化する。筆者が指導する社会人学生にもIT分野では修得したスキルが業務に生かしやすいという声がある。組織内で仕事をしながら先輩から学ぶOJTは既存業務のノウハウや社内常識を伝授する色彩が強い。中小企業であってもリスキリングの場は外部に求めるのが合理的だ。
リスキリングの有力な場として大学等の高等教育機関に期待がかかるが、これまで国内では利用が低い水準にとどまっていた。厚生労働省の調査によると、国内の社会人が大学等において教育を受けている割合は2012年に2.4%と、対象となったOECD26カ国平均の10.9%から大きく引き離されて最低だった。
現在では政府の支援策もあって社会人向けに多彩な教育が提供されている。代表的な文部科学省の「職業実践力育成プログラム」では2020年度までに大学等の334課程が認定された。期間も数ヶ月から2年と幅があり、デジタル技術関連も多い。
こうした社会人向け講座の多くは厚生労働省の教育訓練給付制度の対象になっている。受講料自体を低く設定している場合もある。むしろ自分がどの講座を受講すればいいのか判断しにくいことや、まとまった時間が取れないことが障壁だろう。各種調査をみるとリスキリングに関する従業員の意欲は高く、経営側としては外部の教育を受けやすい制度設計や企業風土の醸成が求められる。
スキルを向上させた従業員が活躍し続けるには、従業員が希望するキャリアプランと親和性の高いリスキリング計画が不可欠である。中小規模ながら、ニッチ分野の世界市場で高いシェアを有するグローバルニッチトップ企業では、経営状況が苦しい時期に人材育成を重視し、成長につなげた事例が少なくない。労使の両方にとってリスキリングが恩恵をもたらす可能性はもっと認識されていい。
[日経産業新聞2022年1月26日付]

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