「やらない理由」に商機 使いやすいミシンが大ヒット

ミシンメーカーのアックスヤマザキは、ミシンを「使わない層」の理由を徹底分析した。市場が縮小する中、使いやすいミシンに焦点を絞り商品開発。新規顧客を開拓し、ヒットを飛ばす。
書棚に収まるほどコンパクトでインテリアになじむ黒いボディー。スマホでレシピ動画を見れば、初心者でも簡単にミシンが扱える。
「めんどくさい」「出し入れが大変」「難しい」というミシンの三重苦を解決し、人気を集めているのが「子育てにちょうどいいミシン」だ。コロナ禍の巣ごもり需要も取り込み、2020年3月の発売から1年間で5万台を売り上げる大ヒット商品となった。

開発したのは大阪市生野区のミシンメーカー、アックスヤマザキ。3代目の山崎一史社長が、「もう一度ミシンに日の目を」との思いを込めて世に送り出した新商品だった。
赤字1億円からの挑戦
山崎社長の祖父が創業したのは1946年。国内生産品を輸出するビジネスで成長した。円高が進むにつれ経営環境が悪化すると、2代目である父親は海外生産品を国内で販売する事業に転換。債務超過からV字回復を遂げた。
ただ、好調はいつまでも続くわけではない。90年代半ばに最盛期を迎えたミシン市場は、縮小傾向に転じていく。95年に約159万台と推定されるミシンの国内販売数は10年間で大幅に減少。アックスヤマザキでも、海外ブランド向けに大口のOEM(相手先ブランドによる生産)を受注していた日本の事業会社が2000年に解散したこともあり、売上高がピーク時から3分の1にまで落ち込んでいた。
「どうしたらいいやろうか。もう自信が無い」──。05年、父から「話がある」と急に実家に呼び出された山崎社長は、見たことが無いほど弱気な父親の姿に衝撃を受けた。当時、機械工具の会社に勤めていた山崎社長。父から会社を継げと言われたことは一度もなかったが、「僕がやらなあかん」と決心。家業を継ぐ道を選んだ。
その後、自社製品の販売などで何とか経営は持ちこたえたが、根本的な問題は解決していなかった。OEMの比率が高いため、低収益構造に陥っていたのだ。また、縮小し続ける業界の中で市場の食い合いをしていても、いずれは限界が来る。しわ寄せが一気にきたのが、15年。65歳を迎えた父親が引退し、山崎社長がトップを引き継いだその年は、円安の為替要因も重なり、1億円の赤字が出ると予想された。
かつてV字回復を遂げた父親の姿を自身に重ね、「この交代はゼロから取り組める良いタイミングや」と奮起。「新規事業を起こし、売上主義を捨て、粗利を倍にする」と目標を打ち立てた。
「簡単」突き詰めヒット連発
山崎社長の頭には1つの秘策があった。それが、3年前から開発に取り組んでいた子供向けミシンだ。過去に経営会議で「こんな商品で会社を潰す気か」と一蹴された悔しさをバネに、地道に開発を重ねていたのだ。
たどり着いたのが、「毛糸ミシンHug(ハグ)」だった。一般的なミシンとは全く異なり、針を使って毛糸を差し込み、繊維と絡めることで布を圧着させる。針や糸を使うミシンらしさは損なわず、簡単と安全を両立させた。
15年10月に発売したこの子供向けの毛糸ミシンがヒット。会社を救う稼ぎ頭となり、期初に予想された1億円の赤字を回避した。さらに経営体質を改善するため、本丸のミシン事業も整理を進めた。100機種ほどあったOEM製品は30種ほどに絞り込み、赤字続きだった台湾の専属工場も閉鎖を決めた。
地盤固めにめどがついた19年、さらに付加価値の高い自社商品が必要だとの思いから、冒頭の「子育てにちょうどいいミシン」の開発に着手した。
ヒントとなったのは子供用ミシンの販売促進イベントでの1コマだ。楽しそうに遊ぶ子供を横目に「私もミシンやりたいな」とつぶやく母親の姿に気が付いた。話を聞くと、やってみたい気持ちはあるが、出し入れの面倒臭さや、慣れない操作の難しさがハードルになって二の足を踏んでいるという声が多かった。
そこで、徹底的に初心者に寄り添うミシンを開発することを決意。インテリアを邪魔しない見た目にすることで、そもそもしまう必要をなくし、コンパクトな大きさを突き詰め、サッと手に取れる気軽さを実現した。
頭を悩ませたのは「難しい」という課題をどう解決するか。上糸と下糸で布を縫うというミシンの機構そのものや、手順を変える余地はほとんどない。そんな時、スマホで動画を見ながら料理する妻の姿を見てひらめいた。操作方法から、体操着袋の作り方まで、動画で一覧できる専用サイトを開設。本体にQRコードをプリントし、初心者がレシピ動画を見ながら一緒につくることができる仕掛けを用意した。
「子育てにちょうどいいミシン」は、本当はミシンや手作りに興味があったエントリー層の心をくすぐった。「やらない理由」「買わない理由」をとことん突き詰め、見えない需要を掘り起こしたのだ。18年に25%だった粗利率は、20年に49%にまで改善した。
山崎社長は「手作りしなかったかもしれない人の人生や思い出を、僕たちのミシンで変えられたら、こんなに幸せなことはない」と顔をほころばす。もう一度、一家に一台ミシンを──。山崎社長のチャレンジは、きっと夢物語では終わらないはずだ。

(日経ビジネス 橋本真実)
[日経ビジネス 2021年9月20日号の記事を再構成]
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