全固体電池は「実用化後が勝負」東工大・菅野特命教授

――全固体電池の研究開発は今どのような段階でしょうか。
「固体の電解質の素材を探す中でいくつか有望な材料が出てきて、基礎研究の段階では電池としての特性も良いと検証されています。そこから、産業界で電池に仕上げるプロセスの開発に入ったところです。基礎研究では、今ある材料からもう少し特性が良いものを求める研究を続けています。より高い電圧に耐えられるかどうか、(電極と電解質が接する)界面がきれいに密着し安定して動作させるためにどうしたらよいかなどを研究しています」
「自動車メーカーや国が進める新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトと連携して課題解決を進めています。実際に電池として仕上げる際に色々な課題が生じると、研究室にフィードバックが来ます。それに対して材料の組み合わせやつくり方などを提案しているところです」
――全固体電池のメリットについて改めて教えてください。
「まず、現在のリチウムイオン電池は液体の電解質の中に正極と負極が浸っている状態です。この電解質を固体に置き換えるので、1つの電池のパッケージに入れられる容量が増えてエネルギー密度が高まります。電解液の電池では、1つの電池セルを独立してつくって、それをまとめて1つのケースに入れる必要があるのですが、固体電池ではパッケージの中に電池セルをペタッと貼り付けて積層することができます」
「また、固体の特性として対応できる温度範囲も広がるので、安全性が高まります。既存の電解液の電池はセ氏60度が限界ですが、固体の場合は100度でも200度でも作動します。低温でも凍らずに作動します。安定性が高まって安全装置の簡略化にもつながります。EVバッテリーの炎上問題が取り沙汰される中、安全性の向上は不可欠です」
――開発は今どのような方向性で進んでいますか。
「固体の電解質に酸化物系の素材と硫化物系の素材を使うという、大きく分けて2つの方向で進んでいます。酸化物は抵抗が高いので小さなチップ型の電池製品になりそうです。一方で、硫化物は現行の電解液より抵抗が小さいので、リチウムイオン電池よりも良い電池になるのではと期待されています。硫化物系は主に車載向けの大型電池の開発で採用されています」
全固体電池の研究で海外勢猛追
――2011年に菅野先生の研究グループが新たな固体電解質(超イオン伝導体)を発見したのがブレークスルーになりました。現在も日本は全固体電池で先行しているのでしょうか。
「はい、先行していると言えます。日本は基礎研究の蓄積があり、産業界がいち早くその可能性に気づいて3大自動車メーカー(トヨタ自動車、日産自動車、ホンダ)の全てが開発をしている状況です」
「ただ、海外でも研究開発が活発になっており、特に米国、中国、韓国、英国、ドイツなどはものすごい勢いです。基礎研究を中心に国のプロジェクトが進んでいる国もあれば、ベンチャーを中心に開発している米国のような例もあります。欧州はもともと基礎研究に強く、自動車メーカーもあるので様々なプロジェクトが急速に進んでいます。また、液体を固体に置き換えるだけでなく、固体に適した電池の構成や製造プロセスの研究もあちこちで進み、基礎研究と入り交じってカオスな様相を呈しています」
――全固体電池はリチウムイオン電池を代替する存在になるのでしょうか。
「今のリチウムイオン電池はものすごく良い電池で、さらにエネルギー容量を上げるための新しい材料探しや、耐久性を向上させる研究が続いています。イタリアのボルタが約200年前に電池を発明し、その約50年後に鉛電池が世に出ました。鉛電池は今も車に1台必ず搭載され主力電源として使われています。電池はこれほど息の長いデバイスなのです」
「鉛電池に比べて容量がさらに10倍以上になったリチウムイオン電池は、1991年にソニーが初めて実用化しました。さらにそこから、性能や安全性を向上させて自動車に積めるまでに長い年月がかかった。長期間使うものなので、安全性や信頼性を確保するための開発にもそれだけ時間がかかりやすい。つまり、いったん新しい電池が出てくると50~100年は続き、なかなか置き換わらないのが電池の世界なのです」
膨大な量の試験で安全性を検証
――全固体電池の実用化にはまだ時間がかかるということでしょうか。
「『十分性能が高いリチウムイオン電池をさらに超えるもっと良い電池があるのではないか』という探求が今、世界中でなされている状態です。次世代電池とひと言で言っても、リチウム硫黄や亜鉛空気、マグネシウム、フッ化物電池など色々な研究が行われています。その中で、全固体電池は幸いなことに新しい材料が見つかり、実用プロセスに進んだので基礎研究としては大変うまくいっている」
「ただ、全く新しい電池というのは製造プロセスを一からつくらないといけないので、全固体電池は今その苦しみの中にあります。日本の企業や研究機関が全固体電池に懸けているのは、電池の限界がもっと引き上げられるのではという期待が見えてきたからです。基礎研究段階でメリットは示せているものの、 市場投入に向けた大型化にはかなりの努力が必要だと考えています」

――国内自動車メーカーは2020年代後半の市場投入を掲げています。実現しそうでしょうか。
「よく分からないのが正直なところですが、電池そのものは製造ラインをつくればできます。20年代後半の段階で信頼性や耐久性、充放電の特性などが市場投入できるレベルかどうかが問題でしょう。鉛電池は150年以上使っているのでどういった条件下で何が起こるかをある程度は把握できますが、全固体電池はこれから膨大な量の試験を行って安全性を検証しなければならない。基礎研究者の私から見ても非常に難しい判断を迫られるでしょう」
――11年からトヨタと共同研究をされていますが、関連特許数が一番多い同社が先頭を走っているのでしょうか。
「それはもちろん、研究量に比例しているでしょうね。(投入時期などに関しては)私からは何とも言えませんが、各社に色々な戦略があってそれに基づいているのだと思います」
――電池産業は中国や韓国企業が大きくシェアを伸ばし、競争が激化しています。
「全固体電池は関連する論文数が10年ごろから急速に増え、参入する企業や他の分野からの研究者も多いので、我々が考えもしなかったようなものが出てくる可能性があります。競争激化で新しい材料が出てくるのは基礎研究にとっては非常に歓迎すべきことです」
「ただ、実際に車に積んで利益が上がらないと、それを支える基礎研究は活発にならない。リチウムイオン電池が1990年ごろに出てきて、その時点で基礎研究が『ああよかった』といったん落ち着いてしまったのが日本の失敗でした。産学連携がもっと強力に続いていればよかったとは思います」
「もともとリチウムイオン電池の構成は日本発の技術で、(ノーベル化学賞を受賞した)吉野彰さんが在籍した旭化成をはじめとした日本メーカーの努力のたまものです。日本は世界のスタンダードづくりが得意なので、次もそれに代わるスタンダードを出していくのではないかと思います。材料や装置など電池産業の裾野は広く、全てが日本にそろっている。まだ日本の電池産業には力があるので、全固体電池の製品化に期待したいところです」

――基礎研究の立場から、どのように産業界と連携していくのが理想でしょうか。
「全固体電池はそれなりに研究者の層が厚く、NEDOのプロジェクトにも大学の研究者が入り込んでいます。科学技術振興機構(JST)の次世代蓄電池プロジェクトも現在進行しています。 国が、『産』と『学』が会話できるような仕組みを整えてきました。うまく回っているかどうかは別として、他の分野に比べれば産学連携が進んでいる方だと思います。世界でこれだけ産学連携ができているのはあまり例がないくらいです」
国主導で産学連携を深める仕組みを
――うまく回っていない面もあるのでしょうか。
「やはり現場では、(企業で)開発・製造する人と、基礎研究をする人が一緒に何かやろうとすると、ものすごくあつれきが生まれやすい。見方が全然違いますから。ただ、あつれきがあって初めてお互いの言い分が分かるのも事実で、この点はやってみないと分からないです。そこから産学がさらに連携を深める仕組みが必要だと思います」
「基礎研究の立場からすると、電池がどのように開発・製造されているかよく知らない。逆に、企業側は材料の組み合わせの最適化を追求しているのですが、基礎となるサイエンスを深く理解できていない。本当に困った時にだけ基礎研究側に問いかけているので、お互い理解をもう一段深めながら協業する必要があります。予算や秘密保持の問題で個別の共同研究をさらに大きな枠組みにするのは難しいので、国が主導して仕組みをつくるべきではないでしょうか」
――全固体電池が実用化される数年後の将来像をどうみますか。
「継続してこの分野の基礎研究が重要だという旗を立てて、長期的に資金を投入していくのが必須です。日本はいったん製品化されると基礎研究が終わりがちです。リチウムイオン電池の反省を生かし、同じことを繰り返してはいけない。数年後に全固体電池の製品が出ても、それは始まりにすぎないのです。そこから大きく人材も研究資金も投入すれば、効率良く次のステップにいけるでしょう」
「(中韓勢など)追いかける側は商用化された時点からのスタートなので、日本の10倍もの投資をしてすぐに追いついてしまう。基礎研究と産業界が連携して第2世代、第3世代と続けて投入することで追いかける側を引き離す必要がある。(自動車メーカーが掲げる)数年後の製品化が、全固体電池で巻き返すための真のスタートと言えるでしょう」
(日経ビジネス 薬文江)
[日経ビジネス電子版 2023年1月13日の記事を再構成]
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