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長崎県MaaS、西九州新幹線の開業迎え交通網を強く

日経ビジネス電子版
9月23日の西九州新幹線(長崎~武雄温泉間)開業が目前に迫る長崎県で次世代移動サービス「長崎県MaaS」が始まった。JR九州や長崎自動車(長崎バス)、長崎電気軌道など9つの交通事業者が参画し、長崎県内全域が対象という国内では例を見ない取り組みだ。新幹線の駅から観光スポットへの2次交通の貧弱さに悩むJR九州と、人口減の中、利便性の向上で利用客を増やし公共交通を維持したい地元交通事業者の利害関係が一致した。

9月23日、いよいよ西九州新幹線が開業する。開業まで約50日となった7月31日、長崎市の水辺の森公園には多数の市民が詰めかけていた。海上輸送される新幹線「かもめ」の車両を「ハッピーバースデー」を歌って出迎えるイベントが開かれていたからだ。残念ながら台風で海上が荒れた影響で、肝心の車両は姿を見せなかったが、「主役不在」でも集まった市民たちの熱気は最高潮に達していた。1973年の整備計画決定から半世紀。地元にとっては悲願だった西九州新幹線が、ようやく現実のものとなったからだ。

一方で、約50年という歳月は、西九州新幹線を取り巻く環境を大きく変えた。計画が決まった当時約50万人を誇っていた長崎市の人口は、この22年7月、ついに40万人を割り込んだ(推計人口に基づく)。19年に地方銀行の十八銀行(現・十八親和銀行)がふくおかフィナンシャルグループと経営統合したことで、長崎県は日本で唯一の「上場企業ゼロの県」でもある。新幹線の利用客の柱であるビジネス需要は、かなり厳しいといっていい。

では観光需要はどうか。最大のネックは、西九州新幹線の運行区間が長崎(長崎市)~武雄温泉(佐賀県武雄市)間にとどまり、博多とは在来線特急「リレーかもめ」と乗り継ぎが必要になることだ。長崎~博多間の所要時間こそ最速1時間20分と現在より30分短くなるが、同じホームで接続するとはいえ、乗り換えは新たな手間となる。通常料金が6050円のところ、出発3日前までのインターネット予約なら3600円に大幅に割り引くのも、利用者の反応が未知数だから。ちなみに年末までは、7日前までの予約でさらに安い3200円の切符も設定している。正規の半額近い水準だ。

最大のライバルは乗り換えが不要なマイカーだ。実は、博多と鹿児島中央を結ぶ九州新幹線の利用客を見ると、新型コロナウイルス禍前と比べた回復率が鈍い。22年のゴールデンウイークの場合、東海道・山陽新幹線がコロナ前の8割まで回復したのに対し、九州新幹線(博多~熊本間)は71.8%と約10ポイント下回った。このお盆も7月26日時点の予約率で、やはり10ポイント弱の差がある。

マイカーは公共交通機関よりも感染リスクが少ないと考えられている上、目的地までドアツードアで移動できるのが強み。対する新幹線は「駅から、あるいは駅までの2次交通が課題だ」とJR九州の古宮洋二社長は話す。九州新幹線も西九州新幹線も、結んでいるのは地方都市。大都市とは異なり、駅から観光スポットに向かう公共交通が充実しているとは言いがたい。せっかく新幹線で早く現地に着いても、駅でバスを何時間も待ったり、そもそも交通手段がなかったりすれば、利便性でマイカーに太刀打ちができない。

この問題を何とか改善して新幹線の利用促進につなげようと、8月2日から先行して「長崎県MaaS」がスタートしている。

MaaS軸に「競争」から「共創」へ

次世代移動サービス「MaaS(マース)」は「モビリティ・アズ・ア・サービス」の頭文字で、複数の交通手段を横断的に検索できたり、利用できたりする仕組みを指す。全国各地で実証実験などが進んでいるが、定着した例は少ない。複数の交通手段が使えるのが売りであるはずなのに、実際には特定の企業グループの交通サービスしか利用できなかったり、同じ地域に複数のMaaSアプリが乱立したり、本末転倒なことが起きているからだ。

長崎県MaaSはそれらからは頭一つ抜けた存在といえる。対象エリアは長崎県全域に広がり、参加する交通事業者も鉄道、路面電車、バス、レンタカーなど9事業者に及ぶ。JR九州と地元バス会社の長崎自動車(長崎バス)を委員長とする「長崎県MaaS実行委員会」が主体となることで、これまで競争してきた事業者同士が互いに手を取り合い、さまざまな利害関係を乗り越えた。

例えば、長崎市内には路面電車の長崎電気軌道、民営バスの長崎自動車、公営バスの長崎県交通局(県営バス)の3つがあり、「観光スポットごとに、どの交通機関を使えばいいのかが分かりにくかった」(JR九州の木下貴友モビリティサービス推進室長)。MaaSなら、目的地を入力するだけで最適な行き方が表示される。今後は、複数の交通事業者を利用できるフリーパスなども販売していく予定だ。

それだけではない。交通手段を一括検索して最適な経路を検索するアプリには、公共交通機関とはライバル関係と捉えられがちなトヨタグループが開発した「my route(マイルート)」を採用。ルート検索すると、公共交通機関だけでなく自動車の利用も候補に挙がり、トヨタレンタカー・トヨタシェア(カーシェアリング)の予約ができるのも特徴だ。

my routeは西日本鉄道やJR九州が中心となって、すでに福岡市や北九州市、宮崎市などで利用されている。ダウンロード数は約33万件と国内最大規模。西鉄の清水信彦専務は「福岡市内ではすっかり定着し、バスの1日乗車券は9割以上がmy route上で購入されている」と胸を張る。国土交通省の「令和4年度日本版MaaS推進・支援事業」では、このmy routeを九州全域に広げる事業が選定された。長崎県に続き、22年度中には熊本県や鹿児島県でも導入の準備や検討が進んでいるという。

長崎県MaaSの参画企業からは、「人口減少で、観光客の取り込みがより重要となる」(長崎自動車の嶋崎真英社長)、「新幹線が開業する長崎市から県北部へ足を延ばしてもらう有効なツールだ」(佐世保市に本社を置く西肥自動車の山口健二社長)といった期待の声が聞かれた。JR九州の古宮社長は「昔は競争だったが、今は共創。公共交通が生き残っていくためには、一丸とならないといけない」と話す。

MaaSの力で逆風を跳ねのけ、西九州新幹線の開通効果を最大限高められるかどうか。それだけでなく細る地方の公共交通を維持していく上でも重要な試金石となる。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2022年8月16日の記事を再構成]

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