/

旭化成、事業の新陳代謝を可能にする3つの経営術

日経ビジネス電子版

総合化学の一員ながら、石油化学や繊維といった枠にとらわれず、常に事業を入れ替えてきた旭化成。同社には次なる成長の「芽」を育む土壌がある。100年余りの歴史の中で培ってきた「現場主義」に基づく事業創出のDNAを3つのポイントにまとめて紹介する。

◇    ◇    ◇

時代のニーズに応じて事業ポートフォリオを転換し続けてきた旭化成は、どのように新規事業の種をまき、芽吹かせてきたか。偽造品対策の「アクリティア」や断熱材の「フレッシュロジ」といった新規事業からは3つのポイントが浮かび上がってくる。

1つ目は事業間の「垣根の低さ」。数多くの事業を抱えているコングロマリット(複合企業)では、どうしても縦割りの各事業部門で完結する活動が増えてしまいがちだ。

フレッシュロジでは、多くの事業部門から人員が集結し、常識にとらわれない発想を生み出している。これは、プロ野球用語をヒントに「FA」と名付けた社内公募制度によるもの。アクリティア事業にも電子部品の開発部門にいた社員が参画しており、グループ全体では年150〜200人が応募しているという。

「次世代経営リーダー育成制度」と呼ぶ仕組みもある。将来のリーダー候補者を選抜したり、ビジネスリテラシーを高めたりするのが目的だが、約9カ月にわたる受講期間中に新規事業のアイデアを5人ずつからなる3〜4のチームで提案・議論。最終発表会では経営層に対してプレゼンテーションし、評価を得たものは継続して事業化を検討していく。

メンバーが部署の垣根を越えて「ワイガヤ」できる環境があるからこそ、他の部署や会社全体の事業内容、そして方向性などを感じ取ることができる。ひいては、それらが新規事業の芽を育むための土台にもなる。

「もう少し頑張ろう」が生んだ快挙

2つ目のポイントは「失敗を許容する文化」。研究開発が難航したアクリティアにも、10年以上にわたってヒトとカネが割り当てられ続けた。工藤幸四郎社長は「事業活動や研究開発において、もう少し頑張ってみようという『諦めない精神』は旭化成のDNAと言える」と語る。

19年に吉野彰名誉フェローがノーベル化学賞を受賞したリチウムイオン電池に使うセパレーターも、「今は拡大基調にあり、グループの中でも最も力を入れている一つの軸だが、1980年代〜90年代前半は撤収するかどうかの議論をしていた」(工藤社長)。将来性を見極めつつ、粘り強い姿勢で研究に取り組んだことが傑出した成果を生んだ。旭化成にとっては大きな成功体験だ。

アクリティア、フレッシュロジともに、顧客の元に何度も足を運んで課題をヒアリング。それら一つひとつに向き合ってきたことが現在の両事業の「芽吹き」につながっている。ただ放任するのではなく、現場の状況を経営層が把握した上で、リーダーとして事業継続の可否を判断できるかが問われる。

3つ目は「独自性の追求」だ。1922年に創業した後、旭化成は日本で初めて合成アンモニアの製造を手掛けた。原点とも言えるのは「電気化学における強み」(工藤社長)。アンモニア合成に不可欠だった電気分解の技術は今なお生かされ続けている。

一例が脱炭素化に向けて取り組む水素関連事業。複数の10メガワット(MW)モジュールからなる大型の水電解システムを2025年にも製品化する。株式市場からも「世界最大となるアルカリ水電解システムの需要拡大は中期的に期待できる」(SBI証券の澤砥正美シニアアナリスト)などと前向きな評価が上がっている。

アクリティアでの偽造品対策には旭化成自身の経験が生きている。サランラップや繊維「ベンベルグ」といった自社ブランド製品で、過去に何度も偽造品被害に遭った。実体験があるからこそ、ニーズは大きいとの判断が下されている。

ここまで見てきた3つのポイントに集約される社内風土がベースとなって、繊維や住宅、ヘルスケア、エレクトロニクスといった分野に進出、多角化してきたのが旭化成の特徴と言える。野放図に多角化してきたわけではなく、当然ながら市場における優位性や将来性などを踏まえて事業撤退もしてきた。

基本的には営業利益率や投下資本利益率(ROIC)、売上高成長率の評価を軸に、事業存続・撤退の選定過程ではフリーキャッシュフローなどの指標も活用してきた。各事業における温暖化ガス排出量に基づき、炭素税が課された場合の収益シミュレーションなども行っている。

事業入れ替えに攻めの発想

工藤社長は今後、こうした事業選定の評価をさらにスピーディーに下す考えを示す。重視するのは「ベストオーナー」の発想だ。自社の事業として収益が一定程度出ている場合でも、中期的に見て競合他社の方がその事業を成長させられる可能性が高いと判断した場合は、売却や撤退などといった選択をしていくというもの。競合優位性や時代の流れといった「受け身ではなく、プロアクティブに事業ポートフォリオの入れ替えなどの変革を進めていくことが、より重要になる」と工藤社長は話す。

多角的な事業展開は、危機時に複数の柱で収益を補完し合える半面、複合企業の評価が株式市場で割り引かれる「コングロマリットディスカウント」に陥るリスクもはらむ。国内の総合化学で見ると、旭化成はここ数年、三菱ケミカルグループを事業規模では下回りながらも時価総額では上回ってきた。こうした評価を保つためには事業の入れ替えにも攻めの姿勢が必要との発想だ。

成長の芽を育む3つのポイントを受け継ぎつつ、「プロアクティブ(先見的)な変革」を実践できるか。旭化成がユニークな存在であり続けるための試金石となる。

(日経ビジネス 生田弦己)

[日経ビジネス電子版 2023年2月15日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版

週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。

詳細・お申し込みはこちら
https://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

関連企業・業界

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン

権限不足のため、フォローできません