/

運賃値上げ表明の東急 サブスクで目指す収益安定化

日経ビジネス電子版

東急の2021年3月期決算は562億円の最終赤字となり、1995年を最後に行っていなかった運賃値上げを表明した。鉄道の定期券利用客数は前の期と比べて33.7%も減り、関東の大手私鉄では最も落ち込んでいる。そこで定期券を保有するメリットを打ち出すため、5月12日から新たなサブスクリプション(定額課金)型のオプションサービスを始めた。鉄道やホテルなどは固定費の比率が高い。定期券やサブスクを通じて安定収入を確保したいという狙いがある。

「定期券利用客の落ち込みは、関東の大手私鉄の中で最も大きい」。5月13日の決算会見で、東急の藤原裕久常務はこう述べた。東急の定期券利用客は21年3月期、前の期比で33.7%も減った。通勤定期に限ると28.4%の減少で、これは小田急電鉄の21.4%、東武鉄道の17.1%と比べてかなり大きい。その理由について藤原氏は「(東急のターミナル駅である)渋谷にはIT関連企業が多く、テレワークの影響を受けている」と話す。東急沿線にはIT関連に限らずテレワークに積極的な大企業に勤める人が多く、定期券の支給を取りやめて実費精算に切り替える会社が増えていることも影響しているようだ。

東急は22年3月期の業績予想で、新型コロナウイルス禍前の75%程度まで利用客数が回復し、100億円の最終黒字を確保するシナリオを描く。ただし定期券の回復は鈍く、70%までしか戻らない想定だ。コロナ禍を受けて策定した24年3月期までの中期経営計画では、消費税率改定によるものを除けば95年以来となる運賃値上げの実現を目指すとともに、「通勤・通学を中心とした収支構造からの変革と、域内移動需要の創出」を掲げた。

そこで1月13日から4月28日まで、田園都市線を対象に新たな移動サービス「DENTO(デント)」の実験を実施した。東急の稼ぎ頭は東横線と田園都市線の2路線だが、東横線は渋谷と横浜を結ぶ都市間輸送の側面があるのに対し、田園都市線は、東急が開発したベッドタウン・多摩田園都市から渋谷など都心方面への通勤利用が大半。テレワークの影響を大きく受けているからだ。

デントではスマートフォンで会員登録した通勤定期券の保有者に対し、鉄道とバスがそれぞれ100円で乗り放題になるチケットを販売したり、沿線の商業施設の割引クーポンを配信したりして、通勤以外の移動を喚起。密を避けて移動できる高速バスや相乗りハイヤーを運行し、新たな通勤スタイルのニーズを探った。その結果が出た。

登録会員数は目標の半分の1万203人にとどまった。「コロナの第4波により、当初予定していた飲食サービスを中止したり、大々的な告知ができなくなったりと苦戦を強いられたのが一因」(東急の交通インフラ事業部MaaS戦略担当課長の森田創氏)。ただ、リピート利用率50%という目標は何とか達成した。

デントでは様々なサービスを提供したが、利用をけん引したのは100円の乗り放題チケットだった。発売枚数は鉄道が1万5468枚、バスが6584枚。鉄道は週末の利用が多く、バスはどの曜日もほぼ同じ利用状況だった。スマホの全地球測位システム(GPS)情報から、定期券の区間とは異なる移動実態が確認できたという。

また、沿線の商業施設の割引クーポンとの組み合わせで、波及効果も高まった。「例えば、東急ハンズでの会員の平均客単価は5000円を超えている。鉄道の運賃を100円に割り引いても、それを上回るお金が東急グループに落ちたことになる」(森田氏)。通勤以外の移動の喚起には一定の効果があったと分析する。

ただし、新たな通勤スタイルの開拓には課題が残った。「動くシェアオフィス」をコンセプトに運行した高速バスの利用件数は192件にとどまり、平均乗車率が1割弱と低迷。移動中も仕事ができることを売りにし、都心に着く時刻を午前10時過ぎと遅めに設定したものの、会員からは「会社の始業時間に間に合うような時刻なら利用するのだが」といった声が寄せられたという。

半面、田園都市線沿線に設けたテレワークスペースの利用は367件あり、比較的堅調だった。森田氏が「我々が想定したほどフレキシブルな働き方は定着していないことが分かった」と話すように、テレワーク可能な人はそもそも通勤せず、従来通りの出勤が求められる人が仕方なく通勤している実態が浮き彫りになった。

混雑を避け、高速バスの車内で仕事をしながら通勤するという提案は空振りに終わった(出所:東急)

このデントに続き、5月12日からは定期券保有者向けの新たな実証実験「TuyTuy(ツイツイ)」を始めた。新たな移動の創出を主眼に置いていたデントに対し、ツイツイは定期券に新たなサブスクサービスを付加し、保有し続けてもらう狙いがある。デントは持ち株会社の東急が企画したが、ツイツイは鉄道事業の子会社・東急電鉄が企画した。担当する東急電鉄運輸計画課の盛田浩市課長は「定期券は事前に運賃収入を得られる優れたビジネスモデル。減少すると鉄道事業への影響が大きい」と話す。

鉄道事業は固定費率が高く、需要の変動に弱い。安定収入である定期券の減少は何としても食い止めたいところ。一方で定期券代の支給を廃止して実費に切り替える企業は増加しており、利用客自身に定期券を持つメリットを感じてもらう必要があると考えた。

ツイツイでは定期券保有者に対してモバイルバッテリーや傘、電動キックスケーターのシェアリングサービスを提供する。パンが定期的に届いたり、切り花がもらえたりするサブスクサービスも盛り込む。5月と6月は無料で、7月は月額500円。ニーズを見極めた上で8月以降も継続していく考えだ。その際は「ツイツイ単体で採算を取るのか、定期券保有者への優遇サービスと割り切るのか考える必要がある」(盛田氏)。

モバイルバッテリーのシェアリングサービスなどとタッグを組む(出所:東急電鉄)

デントと並行する形で企画を進めてきたが、連携は取っている。緊急事態宣言が解除された後には、ツイツイでも鉄道の乗り放題チケットを提供する予定で、「デントでニーズがあったという情報を受け、すぐに取り入れることに決めた」と盛田氏。利用客にとっては東急でも東急電鉄でも違いはなく、ゆくゆくはサービスを一本化していきたいとする。

ホテルのサブスクに933件の申し込み

東急の悩みの種は鉄道事業だけでない。鉄道・バスなどの交通事業の営業赤字は260億円(21年3月期)。これに対してホテル・リゾート事業の営業赤字は312億円に達した。足元の客室稼働率が約30%と低迷を続けるなか、ここでもサブスクサービスの事業化に乗り出している。全国39の東急ホテルズと東急バケーションズを連続する30泊または60泊できる定額プラン「tsugi tsugi(ツギツギ)」だ。

期間内ならどのホテルでも追加料金なしで1室2人まで宿泊でき、途中に泊まらない日があってもいい。30泊で18万円、60泊で36万円と決して安くはないが、4月に先行体験を募集したところ、それぞれ50人(計100件)の枠に933件もの申し込みが殺到。抽選になるほどの反響を呼んでいる。

1泊当たりの単価は6000円。主要都市のシティホテルから伊豆、軽井沢、沖縄などリゾート地のホテルまで利用できることを考えれば格安だ。企画したホスピタリティ事業部アコモデーション戦略グループの川元一峰氏は「ホテルは供給過剰感があり、基礎稼働を確保していくのが重要だ。コロナ禍が収束してインバウンド需要が戻っても、稼働率が100%になるとは考えにくい。金額を大幅に上げることなく提供し続けられると思う」と話す。

複数のホテルを移動しながらのワーケーションを定額制で実現する

このサービスが東急の社内起業家育成制度に提案されたのは、コロナ禍より前の18年5月のこと。生活の拠点を定額で次々と住み替えるニーズがあるのでは、という考えからだったという。とはいえ当時はテレワークやワーケーションが定着しておらず、ターゲットが見えない状況。加えて対象物件探しも難航した。空き家などが念頭にあり、インバウンド需要に沸いていたホテルの利用は全く想定していなかったという。

それがコロナ禍で一変し、20年10月からプロジェクトが再始動。12月には事業化が決まった。テレワークの浸透で、全国を旅しながら生活するスタイルが現実味を帯び、稼働率が低迷するホテルの救世主になるのではという期待感が高まったからだ。

想定以上の応募があったツギツギだが、課題は残されている。宿泊は定額制だが、移動のコストは含まれていない。全国39の施設を利用できるという価値を最大化するためには「移動をしやすくする取り組みも必要」と川元氏は次の展開を見据える。

東急ホテルズは、ツギツギとは別に、JR東海が傘下の旅行会社を通じて発売するワーケーションプランにも参画している。6泊7日が8万円(2人1室の1人分)で、期間中は東海道新幹線が乗り放題になる。東京、横浜、静岡、名古屋、大阪にあるホテルをハシゴしても、移動を含めてこの金額だけで済む。ビジネス需要が落ち込むJR東海にとって、ワーケーションは新たな移動需要の創出につながる。一方、長距離の移動手段を持たない東急グループにとっては、JRやエアラインなどとの連携が欠かせない。

鉄道もホテルも固定比率が高いという共通点がある。JPモルガン証券の姫野良太アナリストは「サブスクは企画の手間がかかるだけで、追加投資は不要。増収策として広がる可能性がある」と話す。需要に応じて料金を変動させて収益の最大化を目指すダイナミックプライシングが攻めだとすれば、高値は狙えないが安定的な収益を得られるサブスクは守りと言える。コロナ禍でどん底状態にある鉄道やホテル業界において、サブスクに取り組む重要性が増している。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス2021年5月14日号の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。「日経ビジネス電子版」のオリジナルコンテンツもお読みいただけます。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

お申し込みはこちらhttps://www.nikkei.com/promotion/collaboration/nbd1405/

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン