アラムコ、水素技術などに投資 脱炭素時代を見据え

サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコは圧倒的な業界最大手で、原油生産能力は2位のブラジル国営ペトロブラスの3倍以上にのぼる。原油価格が過去最高の水準に迫るなか、時価総額が2兆ドルを超える世界で最も価値の高い企業でもある。
同社はこれまで、業界トップの地位を固めるため、より優れた産業用バルブや特殊化学品の開発などの石油・ガス技術に投資してきた。だが、各国政府が化石燃料からの脱却を進めるなか、同社は戦略的買収、出資、提携を通じて新たな市場に事業を拡大しつつある。
例えば、産業用の分析機器の開発に向けて提携や投資をしているほか、代替燃料として水素事業を展開するために自動車メーカーとの提携やスタートアップへの投資にも取り組んでいる。
CBインサイツのデータを活用し、サウジアラムコの最近の買収、出資、提携から5つの重要戦略をまとめた。この5つの分野でのサウジアラムコとのビジネス関係に基づき、企業を分類した。
・サイバーセキュリティー
・エネルギー貯蔵
・水素
・産業用分析
・石油・ガス

サイバーセキュリティー
サウジアラムコはこれまで、サイバーセキュリティーの脅威や攻撃の標的になってきた。初の大規模な攻撃は2012年のコンピューターウイルス「シャムーン」によるものだった。同社のワークステーション約3万台が被害を受け、ネットワークの回復に1週間以上を要した。
サイバー攻撃は引き続き脅威であり、サウジアラムコはサイバーセキュリティー技術を開発するために他社に出資や提携をしている。
石油・ガス業界ではセンサーとあらゆるモノがネットにつながる「IoT」機器がますます不可欠になっているが、こうした機器はネットにつながっているため攻撃の標的になりやすい。そこでサウジアラムコは20年10月、サイバーセキュリティーのデジタル化と自動化技術を開発するため、仏電機大手シュナイダーエレクトリックと提携した。両社はサウジ国内に研究センターを開設した。
サウジアラムコはこの分野の多くのスタートアップにも出資している。例えば、21年には米ゼイジ・セキュリティー(Xage Security)と米アタックIQ(AttackIQ)に出資した。ゼイジ・セキュリティーはブロックチェーン(分散化台帳)を活用した認証システムで保護を強化する。アタックIQは企業による既知の攻撃者の発見や、攻撃を阻止するセキュリティールールの設定を支援する。
エネルギー貯蔵
太陽光や風力などの再生可能エネルギーによる発電はアイルランドからコスタリカまで世界各地で大々的に展開されている。だが、こうしたエネルギーは不安定で、安定供給するには何らかの形のエネルギー貯蔵と組み合わせなくてはならない。
サウジアラムコは電気を位置エネルギーに変えて貯蔵する「重力蓄電」やニッケル水素のような新たな電池など、再エネの安定供給の問題に対処するエネルギー貯蔵に積極的に投資している。
21年8月にはスイスのエナジー・ボールト(Energy Vault)の調達額1億ドルのシリーズCのメガラウンド(一度に1億ドル以上を調達するラウンド)に参加した。エナジー・ボールトは重力をエネルギー貯蔵の一形態として活用し、コンクリートブロックを高いところに上げて位置エネルギーとして蓄え、それを下に落として運動エネルギーとして取り出す。同社は22年2月、特別買収目的会社(SPAC)経由で上場した。
米エナベニュー(EnerVenue)のシリーズA(1億2500万ドル)にも出資した。エナベニューは送電網のエネルギー貯蔵にリチウムイオン電池ではなくニッケル水素電池を使う。ニッケル水素は数十年前から宇宙探査で使われてきたが、コストが高く他の分野での導入は進んでいなかった。エナベニューはニッケル水素電池のコストを大幅に引き下げる方法を編み出し、送電網の蓄電への利用が可能になったとしている。
水素
水素は持続可能な代替エネルギーとして台頭している。再エネを使って製造すると、ライフサイクル全体での二酸化炭素(CO2)排出量を完全にゼロにできる(これをグリーン水素という)。
サウジアラムコは水素の製造や利用を手掛ける企業との提携や投資により、化石燃料からの脱却に備えている。
例えば、グリーン水素のスタートアップ、米ユーティリティー・グローバル(Utility Global)に積極投資している。ユーティリティー・グローバルは独自開発した「酸化物イオンチップ」によりグリーン水素の製造コストを抑え、既存エネルギーと競争できるようにする。
21年3月には韓国造船大手の現代重工業とも提携した。製造時に生じるCO2を回収した「ブルー水素」の製造施設を建設し、工業プロセスに水素燃料を提供する。ブルー水素は化石燃料を使って製造するが、排出されたCO2を回収・貯蔵することで排出量を実質ゼロにする。
水素燃料の利用推進にも目を向けている。22年には水素燃料車を開発するため、韓国・現代自動車と提携すると発表した。
産業用分析
油田の現場には油井・ガス井があるだけではない。抽出前の流体の調整から廃水処理、オンサイト発電まで、生産ライフサイクルを支える多くの産業的な要素がある。
サウジアラムコは自社の巨大な生産施設の生産性を高めるため、産業用分析を手掛けるスタートアップに着目している。例えば、20年8月には米パーサブル(Parsable)のシリーズD(6000万ドル)に参加した。パーサブルのプラットフォームは油田で働く作業員のタスクや書類をデジタル化する。作業手順や訓練に関する書類をアプリ内に置き、IoTセンサーで作業員の進歩を追跡して生産性向上に役立つ知見を提供する。
同様に、21年には産業用IoT(IIoT)スタートアップの米シーク(Seeq)と油田のデジタル化で提携した。これによりサウジアラムコはシークのセンサーとソフトウエアを生産施設に導入した。生産現場のパフォーマンスを高め、予測分析モデルによって新たな知見を得るのが狙いだ。
さらに、IIoTプラットフォーム向けソフトウエア開発を手掛ける米フォグホーンにも創業初期から投資している。フォグホーンのエッジ分析プラットフォームは人工知能(AI)を活用し、IIoTセンサーで収集したデータに基づいて知見を生み出す。サウジアラムコはフォグホーンのシリーズA、B、Cに参加している。フォグホーンはその後22年1月、米空調機器大手のジョンソンコントロールズに買収された。
石油・ガス
石油・ガスはなおサウジアラムコの主な収益源で、上流の探鉱・生産事業は収益の90%以上を占めている。同社はこの分野でのリードを保つため、石油・ガステック企業への投資、提携、買収を積極的に進めている。
同社は上流部門を重視していることから、油田の生産効率を高め、機器の故障を防ぐスタートアップに投資している。例えば、油田ではパイプラインからの流れを調整する多くのバルブが使われており、これは石油・ガスの生産効率の維持に不可欠だ。サウジアラムコは最先端のバルブテックを活用するため、スタートアップに投資している。
米クラークバルブ(Clarke Valve)が提供する「シャッターバルブ」は漏洩を減らしてタービンなど他の機器の損傷を防ぎ、効率を高める。サウジアラムコは同社のシリーズB、C、Dに参加している。
油田では産出に伴い有毒物質も排出される。このため、排出されるガスから有毒な汚染物質や温暖化ガスを除去する企業にも出資している。
例えば、スイスのダフネテクノロジー(Daphne Technology)はガスが排出される場所に設置する気体浄化装置を手掛ける。これにより窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)など有毒物質の排出を削減する。サウジアラムコはダフネの複数回の資金調達ラウンドに参加している。直近では21年10月のシリーズB(1100万ドル)に出資した。
提携や買収により下流の化学事業も強化している。22年には米バルボリンから事業部門バルボリン・グローバル・プロダクツ(VGP)を取得した。VGPは自動車用や産業用の潤滑油と化学製品の大手だ。サウジアラムコはこの買収で自社の化学製品のラインアップを拡充する一方、バルボリンのブランド認知度も活用している。
その他
サウジアラムコは5つの重要戦略に加え、CO2回収や量子コンピューティングでも注目すべき提携をしている。
CO2回収:CO2を回収すれば、温暖化ガスの排出により環境に影響を及ぼすことなく、将来も石油・ガスの生産を続けられる。サウジアラムコは22年5月、英カーボンクリーン(Carbon Clean)のシリーズC(1億5000万ドル)に参加した。カーボンクリーンは自社開発した溶剤を使い、既存の精製施設を新たに建設することなく脱炭素化を進められるモジュール式のCO2回収装置を手掛ける。
量子計算:石油・ガス業界ではAIによる予測分析や知見を活用しているため、計算能力の重要性が高まっている。量子計算はコンピューティングに変革をもたらすとみられており、従来の計算手法では見つからなかった新たな知見を明らかにする。サウジアラムコは22年2月、エネルギー業界での量子計算の活用事例を開発するために量子計算スタートアップの仏パスカル(Pasqal)と提携すると発表した。
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