フェスに映画 ミュージカルの新しい流れ(井上芳雄)
第110回
井上芳雄です。ミュージカル俳優が一堂に集うフェス形式のコンサートが1月末に2つ開催されて、その両方に参加しました。『Japan Musical Festival 2022』と『The Musical Day ~Heart to Heart~2022』です。ミュージカルの盛り上がりを感じてうれしいと同時に、今後の課題も感じました。最近見た2本のミュージカル映画『シラノ』と『ライフ・ウィズ・ミュージック』の感想とあわせて紹介しようと思います。

まず1月28日にLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で開催されたのが『Japan Musical Festival 2022』。アッキーこと中川晃教君を中心に、実力派から若手、2.5次元といろんなジャンルのミュージカル俳優が集って、人気ミュージカルの名曲や今年日本で上演される新作からの曲などを歌いました。アッキーに聞いた話では、コロナ禍の前に韓国の野外ミュージカルフェスに呼ばれたことがあって、数日間で何万人も集まる大規模なフェスだったそう。いずれはそういうイベントに発展することを目指しているとのことです。
僕はスケジュールの都合で映像で出演しました。フュージョン・ウォールという最新の技術で、まるで舞台上にいるような立体的な映像でした。まず映像の僕と生身のアッキーがトークをした後、僕たちがダブルキャストで出演したミュージカル『モーツァルト!』から『僕こそ音楽』をデュエットしました。僕がどこか別の場所にいて、生中継でやりとりしていると思った人も結構いたみたいです。
でも、実際は僕の映像は何日も前に撮ったもの。アッキーと一緒に、アドリブを入れながらトークをして、デュエットする映像を収録しました。アッキーは自分が言ったことを覚えていて、舞台上でそれをリアルに再現したというわけです。歌は合わせられるだろうとは思っていましたが、トークもすごく上手に合わせてくれたので、普通にやりとりしているみたいでした。僕も配信された映像を後で見て、驚きました。とても面白くて、新しい試みになったと思います。僕も収録しながら、「勝手にいろいろしゃべっちゃったけど、アッキー大丈夫? 覚えるの大変じゃない?」と聞いたら、「頑張る」と言ってくれて、本当にすごく頑張ってくれました。さすがアッキーです。
フュージョン・ウォールの技術を使うと、背景もいろんな映像が作れます。収録で歌っているときに「左手をぱっと開いてください」と言われたので、そうしたら、舞台上ではキラキラした輝きが出てきて飛び散るという映像がついていました。今の技術は、こんなことまでできるんだと驚きました。テレビ局(日本テレビとCS日本)が主催に入っていたからできた映像の使い方だったのかもしれませんね。
フェスならではの新しい出会いや驚き
1月30日には『The Musical Day ~Heart to Heart~2022』が開かれました。俳優の上山竜治君が発起人となって、コロナ禍で自分たちにできることは何かということで始まったイベントです。2020年12月13日にオンライン配信で第1回を催したのに続いて、今回が2回目。僕は前回に続いての出演です。会場も同じブルーノート東京で、今回は配信に加えて、お客さまを入れての有観客ライブだったのが新しい点。ライブハウスの空間を生かして、ミュージカルの曲をバンド編成でアレンジを変えて、普段とはまた違う聴き方や楽しみ方ができるのも、このフェスの特徴です。

僕はミュージカル『リトルプリンス』の昼公演が終わって駆けつけたので、途中からの参加で慌ただしかったのですが、前回と違ってお客さまがいたので、やはり雰囲気が違いました。お客さまの視線を受けるとテンションが上がり、歌も気持ちが入ります。トークでは、前回もそうでしたけど、若手の俳優が多いので大御所扱いされるから、そのポジションなりの盛り上げ方というか、司会の宮澤エマさんや後輩たちに突っ込んでもらおうと、ついはしゃいでしまいました。
上山君からは、前回出てみて改善点はありますか、と聞かれていたので、当初から言っていたことではありますが、名前のある人だけじゃなくて、今後が期待されている人や違うジャンルの人も呼べたらいいね、と伝えました。それを覚えてくれていたのでしょう、ミュージカル畑以外の方も出演されていました。加藤礼愛さんは、まだ12歳ですが、歌い始めるとすごく個性のある声で、楽屋でもみんなびっくりして聴き入っていました。高橋あず美さんは、ニューヨークのアポロシアターでのアマチュアナイトで年間チャンピオンになったというだけあって、ソウルフルで素晴らしい歌声。そんな新しい出会いや驚きもありました。
僕は2曲歌いました。まずミュージカル『エリザベート』から『闇が広がる』をシュガーこと佐藤隆紀君とデュエット。次にソロでミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』から『塵と灰』を。『塵と灰』は静かなところから始まって、盛り上がっていって、ちょっと賛美歌みたいになって、また盛り上がってとなる長い曲。テンポがすごく揺れるので、指揮者がいないと歌えないくらい、バンドと合わせるのが難しい曲です。そこで初めてのことですけど、自分の手でテンポをとりながら歌いました。指揮をしながら歌うような感じです。役を演じながらやると不自然だからできないですが、ライブの形式だからできることでした。
なので、すごく集中して歌えた気がします。先ほどのミュージカル畑じゃない2人の歌にも刺激を受けたし、佐藤君とのデュエットでも「シュガー、いい声出ているな」と思ったので、歌合戦ぽい雰囲気があった気がします。楽屋もみんな同じところで待機しているので、ほかの人の歌を聴いて「おお、すごいね」とか言いながら、自分が舞台に出たら負けじと頑張るという感じでした。これもライブハウスならではで、お互いを高め合うという点でいい効果を生んでいたように思います。
2つのフェス形式のミュージカルコンサートに出てみて、コロナ禍のなか、こうしたイベントが次々と立ち上がること自体、とてもうれしく思いました。やっぱり需要がないとできないことだし、ファンの方にも、こういう人たちが出るんだ、この人がこんな曲を歌うんだ、と楽しんでいただけたのではないでしょうか。ミュージカル界が盛り上がるのはありがたいことだし、声を掛けてもらえるのも光栄です。そこは喜ばしい点なのですが、一方で今後の課題も感じました。
まず、ミュージカルの曲で多くの人が知っているものは限られるので、曲目が似通ってしまうこと。どうしても『レ・ミゼラブル』だったりディズニーだったりからの曲が多くなります。もちろん有名な曲を素晴らしい歌唱で聴く喜びはあるとは思うのですが、それが短期間に重なると、既視感が出てきます。俳優の側も歌い慣れている曲を歌うことが多いから、レパートリーが決まってくる。出演者も、そこまでミュージカル界に無尽蔵に人材がいるわけではないので、どうしても重なります。僕自身がそうで、片方は映像にしても、両方とも出ていますから。曲目や顔ぶれは今後の課題でしょうし、ジャンルを超えた広がりがもっと出てくるといいですね。
いろんなフェスやコンサートが出てくるのはうれしいことではあるけど、逆に多すぎると、それぞれのパワーが分散して、大きなうねりになりにくいかもしれません。本当は、ミュージカルのイベントといえばこれという決まった催しが年に1回くらいあって、そこを目がけて業界全体が盛り上がるようになればいいのにと思います。例えば、アメリカのトニー賞のように。今はそれぞれの場所で、いろんな種が生まれているという状況です。それ自体は素晴らしいことなので、まずはそれぞれが大きく育っていけるようにしたいし、僕にできることがあるとすれば、その橋渡しというか、間をつなぐ役割なのかなと。コロナ禍が収まれば、そういう流れもまた加速すると思うので、楽しみですね。
ミュージカルの表現だから心の声が伝わる
映画の話に変わりますが、ミュージカルものがまた増えてきています。ここ数年、ミュージカル映画が増えて、それがヒットすることで演劇の劇場にもお客さまが来てくださるという流れがあったのですが、コロナ禍でもミュージカル映画の制作は続いていて、いろんなタイプの作品が生まれています。最近見た『シラノ』と『ライフ・ウィズ・ミュージック』の2本が面白かったので、紹介しておきましょう。

『シラノ』は1897年の初演以来、日本をはじめ世界各地で上演され、何度も映画化やミュージカル化されている有名な作品です。ところが僕はちゃんと見たことがなくて、今回初めて見ました。主演のピーター・ディンクレイジは、僕が好きな海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』で重要な役をやっている俳優で、彼がどんなふうにシラノを演じているのか興味があったし、もともとは彼が主演した舞台ミュージカルの映画化というところにもひかれました。
舞台は17世紀フランス。騎士で詩人であるシラノはロクサーヌに思いを寄せますが、自身の容姿に自信が持てないために告白できません。一方、ロクサーヌはシラノと同じ隊の騎士クリスチャンに片思いをしていて、シラノに恋の仲介を頼みます。シラノは複雑な気持ちを抱えながら、文才がないクリスチャンに変わってロクサーヌへの手紙を書く……という三角関係のラブストーリーです。
初めて見て、2人の男が1人の人物のようになって恋愛するという設定が面白くて、やはり名作だと感じました。シラノといえば鼻が大きいイメージですが、今回はそうじゃないコンプレックスを描いています。そこを含めて古典をそのまま映画化するのではなく、現代的なアレンジを加えています。音楽はロックバンドのザ・ナショナルのメンバーが手がけているのでポップスだし、踊りや衣装も現代風。イタリアでロケ撮影したという映像はすごくきれいです。過度に現代化しているということではなく、いろんなものがミックスされたバランスのいい映画化なので、一番伝わりやすい形なのだろうと思いました。
ミュージカルにした意味もよくわかりました。歌やダンスでやりとりを描くというよりは、心の内を歌で教えてくれるという作りでしたから。シラノの葛藤だったり、ロクサーヌの喜びの爆発だったりが歌で語られます。「ミュージカルにするには心の声を聞きたい人物の話かどうかが重要だ」と、『ナイツ・テイル-騎士物語-』の演出家ジョン・ケアードがよく言っています。会話だけからでは、なかなか心の内はうかがいしれないのですが、ミュージカルにすることで登場人物の本音が歌の形で伝わってきました。

『ライフ・ウィズ・ミュージック』も心の声を音楽で表現しているという点で、ミュージカルならではの世界が展開します。シンガーソングライターのSia(シーア)が初監督を務めた作品で、現実のドラマシーンと登場人物の心情を表現したミュージックシーンが交錯する構成が斬新でした。
主人公はアルコール依存症のリハビリテーションプログラムを受けて、孤独に生きている若い女性のズー。祖母の急死によって、長く会っていなかった自閉症の妹・ミュージックと暮らすことになります。最初は途方にくれるズーですが、アパートの隣人らの助けを得て、次第に自分の居場所を見つけ、自身も少しずつ変わろうとしていく……というストーリーです。
妹のミュージックの頭の中ではいつも音楽が鳴り響いていて、彼女の心の世界に入ったとき、トリップしたようにミュージックシーンになります。その表現に驚いたし、現実とミュージックシーンの差が鮮明であればあるほど、現実で置かれている状況がリアルに迫ってくるという作りも面白いものでした。ミュージックシーンの衣装や踊り、色彩は現実とかなりかけ離れていて、ジーン・ケリーやフレッド・アステアが出ていた昔のミュージカル映画で、音楽がかかるとジャンプして別世界に行くみたいな表現を思い出しました。Siaという才能と出会えたのもうれしい発見でした。
スティーヴン・スピルバーグ監督が監督した『ウエスト・サイド・ストーリー』のような正統派のミュージカル映画も公開中ですし、『RENT』の作詞・作曲・脚本を手がけたジョナサン・ラーソンの自伝的なストーリーである、Netflix(ネットフリックス)の『tick, tick... BOOM!:チック、チック…ブーン!』もアカデミー賞主演男優賞にノミネートされるなど話題になっています。いろんなタイプのミュージカル映画が出てきて、いろんなところで楽しめるようになっています。映像の世界でもミュージカルが盛り上がっていて、心が躍ります。

(日経BP/2970円・税込み)

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。3月5日(土)は休載。第111回は3月19日(土)の予定です。
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