三菱商事が「3冠」奪還、返り咲いた王者の危機感
4月に就任した三菱商事の中西勝也社長は5月10日の記者会見で、「コロナ禍の反動に伴う需要の急回復、資源価格という追い風がある中、収益機会を着実に捉えて最高益を達成した」と総括した。これまでの総合商社業界の過去最高益は、三菱商事の19年3月期5907億円。22年3月期は上位3社が8000億円を超える空前の好決算となった。三菱商事の3月末の時価総額は約6兆8000億円、株価は4601円となり、伊藤忠から「3冠」を奪還した。

共通する追い風は、資源や商品価格の高騰だ。コロナ禍で最初に感染を抑えた中国が景気刺激策を打ち、鉄鋼の原料となる鉄鉱石など金属資源の価格が上昇。感染抑制に伴って回復した需要に対し、生産活動や物流の回復が追いつかず、商品全般の価格が上がった。さらに2月から続くウクライナ危機が、資源・エネルギー、商品価格全般を高止まりさせ、トレードビジネスと資源ビジネスを押し上げている。
世界で広がる脱炭素の潮流は、原油や天然ガス、金属資源への新規投資を抑制的にしている。また、ウクライナ危機で「ロシア依存脱却」が喫緊の課題となったことでエネルギー需要は高まり、総合商社が「残存者利得」を得やすい環境となっている。23年3月期は、資源高騰の追い風が弱まるとみて各社が減益を見込むが、三菱商事が8500億円、三井物産は8000億円、伊藤忠は7000億円と、いずれも高水準の利益計画を描く。
利益1兆円に迫る力強さ
特に、三菱商事の盤石さが目立つ。同社は21年3月期の最終利益が、前期比6割超減の1725億円となり、商社4位に落ち込んだ。前述の通り、中国で鉄鋼生産が増え、鉄鉱石と共に原料炭も需要が伸びるはずだったが、オーストラリア政府が「新型コロナウイルスの発生源の究明」を主張して、中国との外交問題に発展。三菱商事の主力事業であるオーストラリア産原料炭の輸入が実質制限され、鉄鉱石に比べて価格上昇が出遅れてしまった。

しかし、中国がオーストラリア以外から原料炭を輸入し、オーストラリア産原料炭にも価格裁定が働くと、北米での天候不順などが価格を押し上げた。2月に勃発したウクライナ危機は、資源や商品価格を高め、原料炭価格は空前の高水準に突入した。22年3月期は原料炭だけで2706億円の利益を出した。
原料炭の価格は4月に入っても高値で推移している。三菱商事の場合、一部の原料炭は1~2カ月前の価格で販売する。この1年で原料炭価格が下落傾向に入っても、ある程度、業績は下支えされる。他商社の幹部は、「この原料炭価格の水準が続けば、三菱商事は利益1兆円を超える」と漏らす。
三菱商事が考える「実力値」
そもそも今回の決算でも、利益1兆円に肉薄していた。22年3月期、三菱商事は一過性損失を1231億円計上した。主に2桁億円の損失計上が30件超積み重なったもので、一過性利益650億円と相殺しても計581億円の損失となっている。23年3月期~25年3月期の新たな中期経営戦略が始まる前に、「不透明な事業環境への備えとして、資産評価を見直し、懸念される損失はできる限り取り込んだ」(野内雄三最高財務責任者=CFO)としている。
この「備え」が今回の最終利益9375億円に上積みされれば、1兆円に到達していたかもしれない。日本企業で最終利益1兆円に到達したのは、トヨタ自動車やソフトバンクグループなど10社に満たない。1兆円クラブ入りは、大きな節目となるが、三菱商事の危機感がそうさせなかった。
その危機感は同日発表した中期経営戦略に表れている。23年3月期の利益予想は、前期比875億円減の8500億円。さらに、新戦略最終年度の25年3月期の利益は8000億円と身をかがめた。

三菱商事は、足元の資源価格の高騰は長続きせず、3年後の資源価格を低めに見積もった。この保守的な想定を23年3月期に当てはめると、利益は2000億円減の6500億円。この「平時に戻ったときの実力値」(中西社長)を1500億円上積みして8000億円とし、さらに資源価格が想定より上振れすれば、利益1兆円に到達するとも読める。

前中期戦略(19年3月期~22年3月期)の利益目標は9000億円。2600億円超を積み上げる野心的な計画で、今回見事達成した。ただ、19年3月期は6400億円の目標に対し、5907億円にとどまり、コロナ禍が直撃した21年3月期は1725億円に低迷。22年3月期は公約を果たしたものの、資源価格など市場環境に左右されがちな「市況系」の利益は、前戦略の計画を1600億円上回った一方で、市況に左右されにくい「事業系」の利益は1400億円下回った。三菱商事は、新規投資による利益の積み増しなどが想定通り進まなかったと分析している。
新中期戦略はあえて「実力値」を公表し、その伸長計画を提示した。定期的に「実力値」の推移を問われることになり、あえて自らに高いハードルを課したと言える。三菱商事は、原料炭や、サーモン養殖事業などの食料部門、三菱自動車など自動車製造部門など現在の収益基盤を強固にし、稼いだ資金で脱炭素時代に向けて再生可能エネルギーなどに投資する方針を示した。今の稼ぎ頭の底上げを実現しなければ、収益貢献に時間がかかる未来に向けた種まきがままならないという危機感がある。
王座は三菱商事が堅持か
三菱商事は危機感を示すものの、資源価格の水準は、コロナ禍、ウクライナ危機、ESG(環境・社会・企業統治)の潮流が相まって構造的に切り上がった可能性がある。世間の関心が高いロシア・ウクライナ関連ビジネスのリスクも大きいとは言えない。
上位3社の22年3月期のロシア関連の損失は、
三菱商事
PL:自動車事業などで約130億円、OCI:サハリン2の評価減などで約500億円
三井物産
PL:アークティック2宛ての融資引き当てなどで209億円、OCI:サハリン2、アークティック2など液化天然ガス(LNG)の評価減で806億円
伊藤忠商事
PL:影響軽微、OCI:サハリン1の評価減などで約150億円
となっている。三井物産の額が目立つが、好決算が続く商社の業績への影響度は限定的となっている。
商社決算のFVPLとFVOCIの違い
商社の決算では、少額出資先を会計上FVPLとFVOCIのいずれに仕分けるかがポイントになることがある。保有資産の評価減を計上する場合、FVPLは連結最終利益に反映されるが、FVOCIは反映せずに貸借対照表(BS)の純資産に直入する。持ち分が20%に満たない少額出資先(一般投資)はFVOCIに分類することが多いが、三井物産なら、「投資決定時点で売却方針があるかどうか」などの条件に照らし、売買益目的の保有ならFVPL、それ以外はFVOCIに分類する。「政策保有株」は、FVOCIに計上されていることが多い。
商社のロシア・ウクライナ関連ビジネスは、売掛金の引き当てや在庫の評価損などは損益計算書に反映し、少額出資先のサハリン1、サハリン2などの評価減は、純資産で処理している。連結最終利益には影響せずとも、純資産が目減りすると配当余力が下がる恐れがある。評価増減とは別に、毎期出資先が稼ぐ利益は、配当として商社の連結最終利益に貢献する。これはFVPL、FVOCIに違いはない。
「返り咲いた王者」に対し、三井物産と伊藤忠はどう対抗するのか。三井物産の部門別利益上位3つを三菱商事と比較すると、
三菱商事:金属資源4207億円、天然ガス1051億円、自動車・モビリティ1068億円
三井物産:金属資源4976億円、エネルギー1140億円、機械・インフラ1208億円
となり、利益は三井物産が上回る。強い分野をさらに強くすることを重視する三井物産と、分野別の10グループをバランス良く育てようとする三菱商事の傾向の違いがみえる。ロシアで開発中のLNG事業アークティック2(三井物産の持ち分10%)などのリスクをどう最小化するか。新規成長分野として重視するヘルスケア部門などが、4本目の柱に育つまでの時間をいかに短くするかが鍵となる。
21年3月期に達成した「3冠」を明け渡した伊藤忠は、資源部門で2社に劣る。新たに出資した日立建機、西松建設などとのシナジーを創出し、同社が強調する安定成長が継続できるかが試される。石井敬太社長COO(最高執行責任者)は、「(利益トップを逃した)結果は真摯に受けとめる。ただ、これから伊藤忠が資源に張っていくということにはならない。(非資源分野という)強みを生かした仕事を積み上げていけば、環境が変わったときに再び3冠がとれると信じている」と話した。
今回の三菱商事の最終利益が前期比5倍超に膨らんだように業績はぶれやすくなっているが、3社はスタイルの違いを明瞭にしつつ、高いレベルで利益争いを繰り広げている。

23年3月期の首位争いは、三菱商事が優位に見えるが、ウクライナ危機やコロナ禍は予想しがたいものだった。資源高という追い風が吹いているうちに、いかに柱となる事業部門を増やすのか。利益1兆円を目指す競争の結果を左右する。
(日経ビジネス 鷲尾龍一)
[日経ビジネス電子版 2022年5月13日の記事を再構成]
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