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首位独走TSMCの「体育会系」競争戦略 半導体受託製造

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

半導体世界大手の台湾積体電路製造(TSMC)がライバルの韓国サムスン電子や米インテルとの差をさらに広げようとしています。6月には回路線幅が2ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体の試験生産ラインを年内に完成させると発表しました。現在主流の先端品の2~3世代先を行く超先端品で、TSMCの独走状態は続きそうです。収益力も高い同社ですが、なぜこれほどまでに強いのでしょうか。グロービス経営大学院の金子浩明教授が「バリューチェーン」をキーワードに解説します。

世界シェア過半、営業利益率40%超

TSMCは微細化技術で最先端を走るだけでなく、高収益企業としても知られます。台湾の調査会社トレンドフォースによると、2020年度の半導体受託生産における世界シェアは50%を超え、営業利益率も40%を上回りました。TSMCはしたたかに業界構造を自社に有利な方向に導きながら、「規模」と「微細化」をたゆまず追求しています。勝利への執念さえ感じられ、イメージとしては「知的体育会系」の競争戦略です。

半導体各社の戦略の違いは「バリューチェーン」の違いに表れています。バリューチェーンとは、事業活動を機能ごとに分類し、プロセスで示したものです。どの部分で付加価値が生み出されているか、コストがかかっているかを分析する枠組みです。

TSMCは半導体メーカーですが、自社で設計はしていません。製造に特化しています。こうした業態を「半導体受託製造会社(ファウンドリー)」と言います。競合のインテルやサムスンは自社で設計から製造まで手掛けています。基本的に、自社で設計した半導体だけを製造するビジネスモデルです。このように設計から製造まで一貫して手掛ける半導体メーカーのことを、「統合デバイスメーカー」と言います。

半導体デバイスを製造するには、集積回路の設計者と製造工程の設計者の「すり合わせ」が重要です。工場での歩留まりが著しく悪ければ、製品としては失敗だからです。また、生産を外部委託する場合は設計図を相手に渡さなければならないので、ノウハウが流出する恐れがあります。それを避けるためにも、サムスンのような垂直統合型が好ましいと考えられていました。

そうした中で、なぜTSMCはファウンドリーを選択したのでしょうか。

創業者モリス・チャン氏の先見の明

TSMCの創業は1987年で、当時は日本企業が半導体業界の上位を占めていた時代です。創業者のモリス・チャン氏は中国出身で、1983年までアメリカの大手半導体企業テキサス・インスツルメンツ(TI)の幹部でした。チャン氏は同社を退職後、85年に台湾当局に招かれ工業技術研究院(ITRI)でトップを務め、TSMCを創業します。

チャン氏はTIでの経験も踏まえ、半導体業界が「垂直統合型」から「水平分業型」に向かう流れを予測していたのかもしれません。あるいは、垂直統合型では日本の半導体メーカーに勝てないと考えた可能性もあります。

ファウンドリーが成長する引き金となったのは、半導体の急速な微細化です。1960年ごろからシリコンチップに集積されるトランジスタの集積度は毎年2倍のペースで上がりました。有名な「ムーアの法則」です。90年ごろからは18〜24カ月に2倍、最近では2年で2倍のペースに落ちていますが、今でも集積度は上がり続けています。

80年代後半、ムーアの法則に従ってICの設計がどんどん複雑になっていきました。そこで登場したのが電子設計自動化ツール(EDA:Electronic Design Automation)です。EDAツールの登場によって、集積回路の設計に特化した企業が登場しました。こうした業態を「ファブレス」と言います。ファブレスの「ファブ」は、fabrication(製造、組み立て)の略です。米国では84年にザイリンクス、85年にクアルコムが創業しています。

設計に特化「ファブレス」

ファブレス企業の中には、集積回路の設計情報の重要な部分だけを知的財産として保有し、半導体メーカーに有償で供与する企業が出てきました。こうした設計情報を「IPコア(Intellectual Property Core)」と言います。最大手は90年に創業した英国のアームです。こうした企業の登場によって、半導体の設計ノウハウが乏しい企業でも、独自のチップを設計できるようになりました。

また、ファブレス企業だけでなく、統合デバイスメーカーもファブレスを志向するようになりました。微細化が進んだことによって半導体製造装置の価格が高くなり、工場への設備投資が重くなっていたからです。

半導体業界の水平分業化が進んだのは、設備投資額の上昇や、EDAツール、IPベンダーの登場だけが理由ではありません。TSMCが水平分業化を促したことが大きいです。

ファウンドリーのビジネスは、ファブレスからの注文が増えないと拡大できません。しかし、集積回路の設計には高度なノウハウが必要です。裏を返せば、設計のハードルを下げれば、ファブレスからの注文も増えるはずです。

設計情報が流れ込み蓄積

TSMCは顧客のハードルを下げるために、IPのライブラリーなど設計に必要な各種ツールを整備して顧客に提供し、さらに顧客の相談に乗るための設計営業チームもつくりました。また、台湾にあるファブレス企業を傘下に収め、自社顧客のための設計請負の専門会社(デザインハウス)に変えました。これにより、IC設計のノウハウがない顧客でも、自社専用チップが作れるようになりました。

さらに、多くの顧客に多数の製品を提供していると、その分だけチップの設計情報がTSMCに流れ、蓄積します。TSMCはファウンドリー専業なので、顧客の回路設計図を模倣して自社製品を作る心配がありません。だから顧客は図面を安心して委ねます。一方のTSMCは設計に関する豊富なノウハウを生かして、顧客に対する設計サポートを充実させられます。こうして、ますます顧客はTSMCを頼りにするという好循環が生まれています。

生産規模の拡大はチップのコスト低減につながります。ひとつのラインで大量のチップを作ることでチップあたりの固定費を低減でき、生産工程の改善などによって歩留まりが向上するからです。これを「習熟効果」といいます。

加えて、TSMCは多くの顧客を抱えているため需要のばらつきが少ないです。19年時点で499社の顧客に272種の技術を使った1万761個の製品を製造しています。これは工場の稼働の安定とコスト低減につながります

サムスンとインテルには負けない

TSMCがこれだけ強いので、競合もファウンドリーを手掛けようとします。サムスンは19年にファウンドリー事業に参入し、30年までに同事業に12兆円を投じる予定です。インテルも3月に参入を表明しました。先端技術ではキャッチアップされるかもしれません。それでも私はTSMCの独走はしばらく続くと見ています。

競合にとって最も模倣が困難な部分は、これまで蓄積してきた設計に関するノウハウです。サムスンはTSMCより安値で生産を受託しているようですが、それでもTSMCを選ぶ顧客が多いのは、設計サポート力が優れているからです。

加えて、圧倒的な規模を生かした価格戦略はTSMCにしかできないと言えるでしょう。同社は生産数量に応じて単位コストが下がる半導体の「コストカーブ」を先取りして、先端品の価格を最初から安く設定しています。これが可能なのは、最初に市場に先端品を投入し、なおかつ最も大きな規模で生産しているプレーヤーだけです。これをされると、競合は先端品でもうけにくくなり、追いつく機会を失います。「肉を切らせて骨を断つ」戦略です。

「微細化競争の終わり」にリスク

懸念を挙げるとするならば「ムーアの法則」の終焉(しゅうえん)です。半導体チップの基板であるシリコンの原子間距離が約0.3ナノメートルなので、それ以上の微細化は不可能です。TSMCやサムスンなどのトップ集団はサプライヤーに対してさらなる微細化のロードマップを示しているようですが、その先は微細化競争が終焉する可能性があります。

微細化競争という競技種目から、3次元積層など別の種目に移ったときに、TSMCが今の地位を維持できるかどうか分かりません。ただ、同社の2ナノメートル生産ラインは24年ごろに量産に入るようですので、少なくとも30年くらいまでは微細化競争が続くのではないかとみられています。半導体受託生産におけるTSMCの1強時代はしばらく続きそうです。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「バリューチェーン」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/6eb7a870(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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