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デルタ減産と中国変調 復活の日本製鉄を脅かすリスク

日経ビジネス電子版

日本製鉄は2022年3月期の連結最終損益が3期ぶりの黒字となり、黒字額は3700億円と大幅回復する見通し。復活の原動力はトヨタ自動車向けをはじめとする鋼材の価格引き上げだ。順風満帆に見える日鉄だが、二つの波乱要素がくすぶり始めた。

「これまでの商慣習を打ち破った」「敵対的値上げと言ってもいいのではないか」

8月下旬、鉄鋼市場関係者は日本製鉄の強気な姿勢に一様に驚いた。日鉄とトヨタ自動車との部品メーカー向け自動車用鋼材をめぐる21年度下期(21年10月~22年3月)の価格交渉は、上期比1トン当たり2万円の大幅「値上げ」で決着した。値上げ幅は10年度以降で最も大きいとみられる。

日鉄が大幅値上げを求めた背景には、コロナ禍からの経済回復で原材料価格が急騰したことに加え、二酸化炭素(CO2)排出を抑える製鉄技術の開発など新たな投資の元手を確保する狙いもある。

トヨタ側は世界での電気自動車(EV)開発競争がし烈になる中での負担増に落胆するが、日鉄側はむしろ低すぎた取引価格を是正したにすぎないと主張する。「我々は自動車メーカーの高い品質要求に応えるため、技術や製品開発、設備投資にヒト、モノ、カネをかけてきた。何もおかしな水準を要求しているわけではなく、値上げしなければこちらが倒れてしまう」(日鉄社員)

大なたを振るって価格交渉力が増した

「ひも付きを中心とする鋼材価格の是正はまだ途上」。日鉄の橋本英二社長は19年4月の社長就任後、大口ユーザーと半年ごとに条件を決める「ひも付き取引」など国内向け鋼材価格は世界的に見ても低いと繰り返し訴えてきた。実際、自動車用鋼板は競合する韓国ポスコなどと比べて「国際的に陥没した価格が続いた」(日鉄幹部)ため、日鉄の収益性が持ち直さない要因の一つとなっていた。

今回の交渉で価格引き上げを強く求められるようになったのはなぜか。それは粗鋼生産能力の2割削減という、「かつてない大なたを振るったことで交渉力が格段に増したからだ」とSMBC日興証券の山口敦シニアアナリストは指摘する。

日鉄は製鉄所の中核設備である高炉を5基停止することを決めた。20年に北九州市、21年9月末に広島県呉市と和歌山市、24年度末には茨城県鹿嶋市と順次停止していく。年間粗鋼生産能力は1000万トン減って4000万トンになる。日鉄は国内鋼材需要が現状の年間6000万トンから25年度には年間5400万トンまで減るとみている。人口減や高齢化で需要が減る「縮むニッポン」に身の丈を合わせる格好だ。

日鉄は広島県呉市の高炉を21年9月末に休止する

需要を上回る生産能力を抱えていた日鉄は、高炉の稼働率維持を重視するあまり、トヨタなど大手自動車メーカーとの交渉では安い取引価格をのまざるを得ない局面があった。生産設備のスリム化によって足元を見られてしまう「弱み」が消え、供給量の限界を経営陣や営業部門が交渉の「切り札」として打ち出せるようになった。

デルタ減産ドミノで鋼材価格が軟調に

ただ日鉄の復活シナリオを狂わせかねないのが、東南アジアのサプライチェーン(供給網)で広がる「減産ドミノ」だ。新型コロナウイルスのデルタ型が猛威を振るい、ベトナムやマレーシア、タイ、インドネシアなどで工場の減産やライン停止が相次ぐ。半導体不足も重なり、操業がままならない工場も多い。その影響で鋼材需要が冷え込みつつある。

需要減退の兆候を示すのが、東南アジアの熱延コイルの価格変調。コロナ禍からの経済回復に伴って1トン当たり1000ドルを上回って推移していたが、8月下旬から900ドル近辺で軟調な値動きとなっている。休止していた鉄鋼メーカーの高炉が稼働を再開して供給力が以前より戻ってきた局面だけに、需要減退が進めば熱延コイルのさらなる価格下落につながりかねない。

収益性の低下につながるコスト増加の兆しもある。中国とオーストラリアの政治的な対立が、製鉄に使う原料炭の価格高騰を招いている。中国が20年から豪州産原料炭の輸入を制限し、調達先を国内、北米、モンゴルに移した。これによって北米産の価格が急騰し、中国以外の海外メーカーが豪州産の調達を増やしたところ、今度は豪州産が急激に値上がりした。モンゴルや中国の原料炭は供給が不安定で、国際的に原料炭市況が値上がりした状態になっている。もう一つの主原料である鉄鉱石は価格が下落しているが、このまま原料炭の価格上昇が続けば負担増が上回り、日鉄にとっては下期以降の業績圧迫要因となりかねない。

中国は粗鋼減産政策を続けるのか

最大の懸念が、温暖化ガスの排出量抑制に向けた中国の粗鋼減産政策の持続性だ。8月下旬、中国鋼鉄工業協会は鉄鋼輸出総量を制限すると表明した。20年の中国の粗鋼生産量は約10億5300万トンで世界の6割を占めた。21年は20年以下に抑える方針を示していたが、鉄鋼メーカーは夏場から実際に生産量を引き下げ始めた。

中国政府は波乱が海外に及ぶことを警戒。鉄鋼メーカーが中国国内で余った鋼材を海外市場に輸出するのを防ぐため、輸出を優遇する税制も取りやめた。東南アジアの鋼材市況は中国からの鋼材輸出が少ないことで大崩れせずに持ちこたえている状態だ。

15~16年にかけて、中国は経済成長が減速する中で国内の過剰生産を抑えられず、余った鋼材が海外市場に安値で流れ込む「チャイナショック」をもたらした。鋼材の国際市況は急落し、採算が悪化したタイ鉄鋼大手が経営破綻するなど、世界に動揺が広がった。日鉄も業績悪化で痛手を負った。

チャイナショックで日本製鉄は鉄鋼需要急減に直面した

中国の経済成長は減速しても失速しない?

日鉄をはじめとする国内鉄鋼メーカーの間では、中国はCO2排出量削減のため粗鋼減産政策を続けるだろうという見方が優勢だ。山口アナリストも「中国政府はチャイナショックという過去の教訓に学び、適度なインフラ投資や金融緩和によって経済成長が減速することはあっても失速はさせないという姿勢で臨むのではないか」とする。

しかし中国経済の先行きについては不動産市場の引き締めなど不透明な部分も多い。中国の鋼材消費の多くは建設向けが占めている。内需が一段と減れば、現地の鉄鋼メーカーは輸出を再開せざるを得なくなり、そうなれば東南アジアをはじめとする鋼材の国際市況に下方圧力がかかる。来期も日鉄が強気の価格を維持して業績回復ペースを保てるか正念場が続く。

(日経ビジネス 岡田達也)

[日経ビジネス電子版2021年9月14日の記事を再構成]

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