/

令和版ブルートレイン 郷愁と新鮮さで夜行列車大盛況

日経ビジネス電子版

「ブルートレイン」、略して「ブルトレ」。この名前に懐かしさを感じる中高年は少なくないだろう。夜行の寝台列車として青い車体の客車が登場したのが1958年のこと。蒸気機関車が現役を引退し「SLブーム」が一段落した70年代後半には、当時の中高生を中心に「ブルートレインブーム」が巻き起こった。

しかし80年代以降、新幹線網の発達とともに夜行列車の廃止が加速。ブルトレは次々と姿を消していった。現在、JRを定期的に走る夜行列車は「サンライズ出雲・瀬戸」(東京~出雲市・高松)のみで、これは愛称となっている夜明けをイメージしたベージュと赤の車体だ。

また列車に宿泊しながら周遊するクルーズトレインとしてJR東日本が「トランスイート四季島」、JR西日本が「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)」、JR九州が「ななつ星 in 九州」をデビューさせたが、車体の色は四季島が金、瑞風が濃緑、ななつ星が赤紫と、いずれもブルトレのイメージとは大きく異なる。

そんな中、「令和版ブルトレ」として人気を集めているのが、JR西が20年9月から運行を始めた「ウエストエクスプレス銀河」だ。

濃紺の外観はブルトレをほうふつとさせ、列車名の「銀河」は08年3月まで東京~大阪間を走っていた夜行列車と同じ。車内設備も、向かい合うボックスシートの背もたれを倒すとベッドになる「ファーストシート」は往年のA寝台、2段ベッドが並ぶ「クシェット」は往年のB寝台に通ずる雰囲気だ。

さらに車内にあるフリースペースには「明星」「彗星(すいせい)」といった寝台特急と同じ名前が付けられ、当時のヘッドマークも再現されている。担当する営業本部の内山興課長は「87年の分割・民営化以降、効率化や速達化でブルトレは淘汰されていった。失われていった鉄道の旅を再発見してもらいたいと考えた」と話す。

企画した当初は、往年のブルトレと同じように全国の駅窓口を通じて切符を発売する予定だった。しかしデビューが新型コロナウイルス禍と重なり、感染防止の観点から、乗客への連絡を取りやすいツアー形式での販売に切り替えている。

販路はJR西グループの旅行会社・日本旅行に限定されたが、定員の54人を上回る申し込みがあり、抽選が常態化している。緊急事態宣言下ではキャンセルがあったものの、「それでも半分ぐらいの乗車率で、逆に驚いた」(内山氏)。しかもリピート利用もあり、抽選の倍率は増加傾向という。

運行区間はまず、20年9月から11月までが京都・大阪~出雲市(島根県)の山陰コース、20年12月から21年3月上旬までが大阪~下関(山口県)の山陽コースとなった。そして3月下旬から6月まで再度、山陰コースを走り、この7月16日からは新たに京都・新大阪~新宮(和歌山県)の紀南コースを走り始めた。

大阪から新宮へは、00年まで夜行列車が走っていた。古くは新宮の熊野速玉大社にちなんだ「はやたま」という列車名があり、列車名のない普通列車となった後は、朝釣りをする人たちがよく利用することから「太公望列車」、あるいは「新宮夜行」といった愛称で呼ばれてきた。

ただし大阪から新宮までは約270キロメートル。夜行列車が走る距離としてはやや短く、廃止時点では新大阪を午後11時前に出発し、新宮には早朝5時過ぎに着くダイヤだった。

これに対して銀河は、京都を午後9時15分、新大阪を午後10時16分に出発し、新宮には翌朝の9時37分に着く。所要時間は12時間22分で、平均時速は30キロメートルに満たない鈍足ぶりだ。

どうしてそこまで時間がかかるのだろうか。7月初旬に本運行を再現して行われた試運転に同乗したところ、その理由が見えてきた。

夜食にラーメン、朝食にカツオのたたき丼

京都を午後9時15分に出発した銀河は、3駅目の向日町(京都府)でしばらく停まり、新大阪の5駅手前の茨木(大阪府)でも10分ほど停車。「先を急ぐ新快速に道を譲ります」と車内アナウンスが流れた。

銀河は特急列車で、本来なら格下の快速列車に抜かされることはない。しかし先を急がない銀河は、新快速で約25分の京都~新大阪間を55分もかけてのんびりと走る。

その後、大阪市内は長い停車はなく駆け抜けたものの、和歌山に午後11時42分に着くと、1時までなんと1時間以上も停車した。実はここが銀河の旅の1つ目のハイライト。駅から徒歩4分の所にある、深夜2時まで営業している和歌山ラーメンの店で夜食を食べるイベントがツアーに組み込まれているのだ。

往年の夜行列車でも、時間調整のために途中駅で長時間停車することがよくあった。記者も、改札を抜けて駅前のコンビニで買い物をしたり、牛丼を食べたりした経験がある。車内アナウンスでは「ラーメンを食べた後は、駅前のコンビニで和歌山限定のアイスクリームが買えます」という案内も流されていた。昔の夜行列車を追体験する趣向であることが分かる。

1時に和歌山を出発すると車内の照明が消されて就寝となるが、6時には明かりがともり、6時4分に本州最南端の駅・串本に着く。

ここでも8時まで2時間近く停車。今度は用意されたバスに乗り込んで5分ほど移動し、大小の奇岩が並ぶ橋杭岩の観賞をした後に、カツオのたたき丼を朝食として食べる。早朝にもかかわらず地元のボランティアガイドが待機し、地形の特徴などについて説明を受けた。

内山氏は「運輸部門にダイヤの作成を依頼したところ、最初は新宮に朝早く着く案を出してきたので突き返した」と明かす。銀河は以前の夜行列車のような移動手段ではなく、乗ること自体が目的になる観光列車だからだ。

結果的に、新宮に到着した後に熊野古道など周辺の観光地に移動しやすい9時半過ぎの到着に落ち着いたが、そのぶん、乗車中の楽しみを充実させる必要があった。

コンテンツ作りに奔走したのが地元・和歌山営業部の上段貴司部長。「銀河は地元の熱意がないと成立しない列車」と話す。ここに、JR西が運行しているもう1つの夜行列車、瑞風との大きな違いがある。

「走るホテル」がコンセプトの瑞風には20人近いクルーが乗り込み、乗客一人ひとりに手厚い接客を行う。それは数十万円という高額な旅行代金だからこそできること。

対する銀河は紀南コースの場合、往復の交通費と現地のホテル1泊がセットで3万円前後と比較的安価だ。そのため、列車には車掌と旅行会社の添乗員が乗るだけで、車内販売も含めてサービスは一切しないことにした。

価格帯が低い銀河だからこそできる

代わりに注力するのが、途中の停車駅でのイベント。主体となるのはJR西ではなく、地元の自治体や飲食店だ。これまでのコースでは食事は弁当が中心で、駅の外で夜食や朝食を提供するのは紀南コースが初めてのこと。ただ「コロナ禍で飲食店は客数の減少に悩んでおり、快諾が得られた」と上段氏は話す。

銀河の具体的な構想が発表された18年から、白浜以南の沿線7市町村が協議会を作って銀河の誘致を進めてきたことも、運行の後押しになったという。新宮を正午に出発して京都へと向かう上り列車では、紀伊勝浦、太地、古座、串本、周参見の各駅でそれぞれ15~50分ほど停車。地元の特産品の試食や販売が行われる。

協議会の代表を務める田岡実千年新宮市長は「銀河の旅を楽しんだ後も、また再訪してもらえるきっかけになればと期待している」と話し、こう続ける。「白浜より南側は鉄道の利用客がぐっと少なくなる。約10年後には紀伊半島を一周する高速道路が全面開通する予定で、鉄道の先行きは心配だ」

20年3月期の平均通過人員(利用客数)は、和歌山~白浜間が1日8222人なのに対して、白浜~新宮間は同1085人。JR西にはこれを下回る利用客の線区が複数あるものの、旧国鉄の廃線基準が4000人未満だったことを考えると、楽観視はできない。鉄道の維持はJRだけでなく、地元自治体にとっても大きな課題となっている。

JR西も、瑞風や銀河といった観光列車の運行を「地域共生」の取り組みと位置づけている。ただ瑞風は富裕層向けの列車で、立ち寄り観光は文化財や伝統芸能の鑑賞、高級料理店での食事などに限らざるを得ない。

これに対して価格帯が低い銀河なら、「地元の人たちが三々五々集まってきて、それぞれが作った農作物や特産品を売ってもいい」と内山氏は話す。

銀河は、対象となる客層も瑞風より広い。瑞風は大半が2人用個室で、高価格ということもあって乗客の多くがリタイア層の夫婦だ。これに対して銀河は1人用のグリーン個室から通常のリクライニングシートが並ぶ普通車まで5つの設備があり、幅広いニーズに応えられるようにしている。

内山氏によると、抽選倍率が特に高いのは1人用グリーン個室「プレミアルーム」と3~4人用の半個室「ファミリーキャビン」だという。前者は1人旅向け、後者は家族旅行向けで、どちらも瑞風では取り込めていなかった客層だ。

そもそも瑞風は小学生以下は乗ることができない。これに対して銀河のファミリーキャビンは5平方メートルの広さがあり、カーペットを広げると親子4人が横になって寝ることができる。半個室なので人目を気にする必要がない点も子連れ旅行に向く。

ブルトレへの乗車経験がある年齢層にとっては郷愁を誘う銀河だが、物心ついた頃には夜行列車がほとんど姿を消していた若者にとっては、むしろ新鮮に映る。特に子供にとっては、動く車内で一晩を過ごすこと自体がわくわくする体験のようだ。

鉄道旅行という文化を次世代に

実際、子供をターゲットにした夜行列車をキラーコンテンツに育てた鉄道会社もある。新潟県の第3セクター・えちごトキめき鉄道(上越市)だ。

19年12月から「親子夜行列車体験号」を企画し、これまで5回、延べ173人が夜行列車の旅を楽しんだ。料金は1~2人参加で1万8000円だが、募集開始から1分以内で完売し、キャンセル待ちが3~5組出るほどの人気ぶりという。

えちごトキめき鉄道は総延長97キロメートル。移動手段としての夜行列車を走らせるほどの距離はないが、「夜行列車に乗って旅行した体験を子供たちに伝えられないかという声を聞き、企画した」(えちごトキめき鉄道)。

直江津(上越市)を出発した後、全線を1往復し、翌朝に同じ直江津に戻ってくる行程とし、途中駅で夜食として立ち食いそばを振る舞ったり、駅弁とポリ容器に入ったお茶を用意したりして昔の夜汽車の雰囲気を再現しているという。

8月からは50年以上前に旧国鉄が製造した車両を使う予定といい、大人にはより懐かしく、子供にとってはより新鮮な体験になりそうだ。

JR九州のななつ星など、数々の観光列車を手掛けた工業デザイナーの水戸岡鋭治氏は、記者のインタビューでこう語ったことがある。

「ななつ星は大人向けにせざるを得なかったが、本当に作りたいのは親子で乗れる夜行列車だ。停車駅で『夜鳴きそば』が食べられて、どんなに夜更かししても怒られない。小さいうちにそんな旅行体験ができれば、鉄道旅行という文化を身近に感じてもらえるはず」

コロナ禍による需要減少もあり、移動手段としての鉄道の役割は急速に縮小している。鉄道旅行に郷愁を感じる世代はますます減っていく。JR西やえちごトキめき鉄道の取り組みは、鉄道旅行という文化を次世代へとつなぐ一助になる。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2021年7月14日の記事を再構成]

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。「日経ビジネス電子版」のオリジナルコンテンツもお読みいただけます。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

お申し込みはこちらhttps://www.nikkei.com/promotion/collaboration/nbd1405/

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経ビジネス

企業経営・経済・社会の「今」を深掘りし、時代の一歩先を見通す「日経ビジネス電子版」より、厳選記事をピックアップしてお届けする。月曜日から金曜日まで平日の毎日配信。

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

関連企業・業界

業界:

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン