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「ニッポン開国」前夜、観光産業が抱える宿題

日経ビジネス電子版
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、年間3000万人規模のインバウンド(訪日外国人)需要を消滅に導いた。大きな打撃を受けた観光産業だが、政府は今秋にも1日当たりの入国者数の上限撤廃やビザ免除措置の再開など一段の水際対策の緩和に踏み切る方針だ。日本の「開国」は間近に迫っている。抑圧された旅行熱はいよいよ噴出しそうだ。ただ、その前に熟考すべき論点がある。「日本は再び、訪日客の数を追うべきか」だ。

「インバウンドが支えていた」とされるコロナ禍以前の日本の観光業界。20年にわたって推進した「観光立国」の変遷をたどると、我が国の観光産業が抱える光と影が浮かび上がる。日本が本格的に観光立国にかじを切ったのは、2000年代初頭。バブル経済崩壊後の停滞から脱却する新たな成長産業の一つとして、「観光」に期待のまなざしが向けられた。

「10年までにインバウンド1000万人を目指す」。小泉純一郎首相(当時)が03年の施政方針演説で「数」を追う政府目標を掲げたほか、官民一体での訪日旅行商品の開発、観光庁の設立などと歩を進めてきた。ただ、08年のリーマン・ショックをはじめ世界経済に停滞感が漂う中、00年代のインバウンド数はおおむね横ばい。当初目標は未達に終わった。

2010年代に訪日客が急増

10年代に入ると、第2次安倍晋三政権下で再び「観光立国」を目指す方針を打ち出す。ビザ発給要件の緩和を戦略的に進めた効果もあり、インバウンド数は右肩上がりで増えた。13年に20年の東京五輪開催が決定したことも追い風となった。こうした流れで、19年には過去最高の3188万人を記録した。

19年の日本国内の旅行消費額は29兆2000億円。うち8割強(23兆8000億円)を日本人、2割弱(5兆4000億円)をインバウンドが占めた。観光庁推計では、雇用効果は全産業の6.6%に当たる456万人に上る。

他にも、生産波及効果(55兆8000億円、全産出額の5.3%)や付加価値効果(28兆4000億円、国内総生産の5.1%)など、一定の経済波及効果が見られた(上記円グラフ、表参照)。コロナ禍まで、日本は「観光立国」に向けて、比較的順調な道のりをたどってきたように映る。

経済への影響力も高まっていた。財務省の国際収支統計によると、コロナ禍前の19年で日本の経常収支黒字は19兆2513億円。このうち、旅行収支は、2兆7023億円と全体の14%を占めた。足元では資源高騰や円安進行により、化石燃料の輸入額が大幅に増加。貿易収支(5兆6688億円の赤字、22年1~6月期、速報値)の赤字幅が拡大している。

同期の経常収支黒字(3兆5057億円、速報値)のうち、旅行収支は828億円で全体の2%に落ち込んだ。インバウンド需要の蒸発が与えた影響の大きさは、観光が日本の収支改善に寄与できる潜在力の大きさとも取れる。

もっとも、観光産業には課題が残る。注目すべきはインバウンド1人当たりの消費額の動き。インバウンド数が11年以降に急増した半面、消費額は15万円前後で横ばいだ。

インバウンド数の中身にも押さえたい点がある。東アジア地域への偏在だ。過去最高となった19年の訪日客数を国・地域別に見ると、中国と韓国、台湾、香港の4カ国・地域だけで2236万人と、全体の70%を占めていた。03年の57%(295万人)から10ポイント強伸びた計算になる。

特定地域の偏りにリスク

集客面で特定の地域に偏りすぎると、国家間の関係悪化など突発的な事変の影響を受けやすくなる。実際、日韓関係の悪化に伴い、19年には韓国からの客数が18年比で26%減った。19年時点で訪日客の3割を占めていた中国はゼロコロナ政策をとっているほか、日中関係自体も冷え込みが懸念されているのが現状だ。

「客数×単価」の計算式では、単価が増えない限り収入は客数に比例する。客数の増減に成長が左右される現状は、いささか心もとない。

政府は今なお「30年までにインバウンド6000万人」という目標を掲げ、「数」を追う方針を堅持している。

歴史的な円安水準を背景にインバウンド特需に期待する声も広がる。政府も今秋中の入国者数の上限撤廃に意欲を示すなど、「開国」に向けた水際対策の緩和が進む。

数の追求は誤りではない。ただ、労働力人口の減少に歯止めがかからぬ現状も鑑みれば、観光産業の持続的な成長には「質」の向上、すなわち高い消費意欲を持つ訪日客の取り込みが欠かせない。これがコロナ禍前の日本の観光が残した「宿題」だった。

この宿題を克服すべく、国内ではインバウンドが消えた状況下でも収益力を高める取り組みが進みつつある。「数」だけを追わない、観光事業者の工夫が各地で生まれ始めている。

(日経ビジネス 高尾泰朗、奥平力、神田啓晴、中西舞子、生田弦己)

[日経ビジネス電子版 2022年9月14日の記事を再構成]

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