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広がる女性の賃上げ 日生は「生保レディー」も対象に

日経ビジネス電子版
女性の賃上げの波は、現場の正社員にも広がっている。日本生命保険は約5万4000人に達する正規の営業職員(9割以上は、いわゆる「生保レディー」と呼ばれる女性)の給与財源を7%程度引き上げることを決めた。人口減が加速する中、営業職員が長く安定して活躍できる体制を整え、組織の維持を狙う。グローバル化が曲がり角を迎え、国内外で安い労働力を当てにした経営は難しくなった。女性活躍の推進は、日本企業が男性中心のモデルから決別し、人材の多様化を通じてイノベーションを起こせるようになるかの試金石だ。

日本生命保険は昨年12月、約5万4000人に達する正規の営業職員の待遇見直しに動いた。100億円以上を投じて営業職員の給与財源を7%程度引き上げることを決めたのだ。「職員が長く安定して活躍できる体制を整えていく」(清水博社長)狙いがある。

もう大量離職を看過できない

保険の営業職は大量の人材を採用して多くの離職者を出す、いわゆる「大量採用・大量離職」の職場と呼ばれている。職員の9割以上を占める「生保レディー」は、入社3年目以降は給与の半分が成果給となる。契約が取れなければ手取りが激減するため、思うように稼げず退職する職員は少なくない。清水社長は「職員はお客様の信頼を獲得し、その本音を引き出していかなければならない。保険の営業は簡単な仕事ではないため、『自分には合わない』と短期間で業界を離れる人が一定数いるのは残念ながら事実」と話す。

だが大量離職を「仕方がない」と片づけられる状況ではなくなった。同社は1400万人を超える顧客を抱えているが、今後は日本の人口が減少し、働き手も減っていく。当然、職員の採用も難しくなる。手をこまぬいていれば同社の営業組織は縮小が免れず、既存の契約者にサービスを提供し続けることが難しくなる。そんな危機感を持っているという。

職員一人ひとりができるだけ長く安定して活躍できる環境を整えること、そして営業の組織を持続可能な形で拡大させていくことが経営の中心的な課題となる中、営業職員の給与財源を7%程度引き上げる方針を固めた。同時に、これを新しい評価制度に連動させる。この制度は昨年導入した「ニッセイまごころマイスター認定制度」で、同社が長く取り組んできた販売改革の一つの成果だ。

各職員が契約をもらっている顧客をどれだけ多く抱えているか、顧客のところに訪問できているか、苦情は少ないか、そして契約を継続できているかなど、より顧客の立場に立った指標を用いて3段階で評価する。これに、新規契約の獲得件数といった従来の評価基準を合わせて運用する。清水社長は「契約獲得はもちろん大事だが、その後のフォローはもっと重要だという考え」と強調する。

そもそも、営業職員はなぜ女性ばかりなのか。歴史を振り返ると、第2次世界大戦後、夫を戦争で亡くした女性を職員として採用し、育成することで組織を拡大してきた。そういう意味では「早くから女性に就業機会を提供してきた企業とも言える」(清水社長)。給与財源の引き上げと新しい評価の枠組みによって、現場の最前線で奮闘する職員にこれまで以上に報いるという。

手をこまぬいていれば、女性人材は増えるどころか流出していく。

2人の子どもを育てながらエンジニアとして働く伊東真由さん(36)は昨年、東証プライム上場のソフト開発会社、ウイングアーク1stに転職した。リモートワークの仕組みが整っていることが決め手だった。

元の職場では顧客企業のサポート業務を担当していた。顧客は伊東さんに常駐することを求め、その意を受けた会社も客先への出社を命じた。ただ、育児がある伊東さんはフルタイムでデスクにかじりついてもいられない。収入減に目をつぶり、短時間勤務をせざるを得なかった。

「リモートワークでも十分対応できる仕事なのに、なぜ常駐を強いられるのか」。そんな思いから転職したところ、収入は1割ほど増えた。

人材大手パソナによれば、転職を機に収入がアップした子育て中の女性の比率は17〜19年で全体の50%未満だったが、コロナ禍の20〜22年では65%以上に上昇した。「転職市場で女性の積極採用を打ち出す企業は増えている」(坪野可奈部長)。女性をつなぎ留められない会社は、採用面でじり貧になるのは明らかだ。

中小企業も男性職場も変身

女性活躍に取り組むのは大手企業ばかりではない。従業員約40人、売上高約30億円の中小企業、皆成建設(仙台市)では16人いる現場監督者のうち女性が4人を占める。うち2人はミャンマー出身の女性だ。

仙台駅からほど近いマンションの建設現場では、小野亜衣さん(29)とミャンマー人のピュウ・ピュウ・タンさん(32)という2人の女性が男性の現場監督と共に工事を指揮する。小野さんは現場監督になって7年、ピュウ・ピュウ・タンさんは5年と経験も積んだ。「子どもを持っても現場に立ち続けたい」と小野さんは話す。

建設業界は深刻な人手不足に直面している。「多様な人材に活躍してもらわなければ立ち行かない」。こう語る同社の南達哉代表は女性トイレや更衣所を整備し、子育てと両立しやすいように、会社敷地内に企業主導型の保育園も誘致した。

業界大手の大和ハウス工業も、典型的な男性職場とのイメージを払拭しようと、ヘルメットの軽量化や快適な仮設トイレの設置といった地道な活動を展開。そのかいあって女性の工事現場監督者は昨年4月で146人と10年前の2.2倍に増えた。

足元では監督業務のデジタル化を推進し、遠隔で工事を管理できる仕組みを導入している。同社は「建設現場に対する心理的なハードルをさらに下げられる」とみており、女性監督者をさらに増やす考えだ。

コスト削減型経営は限界

国内の少子化や人手不足だけでなく、世界情勢の変化に対応するためにも女性活躍は急がれる。

これまで企業はサプライチェーン(供給網)のグローバル化を進めれば割安な労働力を確保できた。こうした状況では国内で人に投資する意欲は上がらない。「コストを下げて安売りをすれば収益をひねり出せた」(日本総合研究所の山田久副理事長)からだ。そのために人件費をさらに削るという循環が起きていた。

だが局面は変わった。世界では地政学リスクの高まりを背景に経済安全保障への意識が強まり、従来のグローバル化には急ブレーキがかかった。海外の安い労働力を当てにすることは難しくなりつつある。エネルギーコストも原材料費も跳ね上がり、「コスト削減に頼る経営には限界が見えてきた」(山田副理事長)。

企業はイノベーションを起こし、モノやサービスの付加価値を高めなければ厳しい状況を乗り越えられない。そのためには男性中心のモデルから決別し、多様な人材を集めて様々なアイデアや知恵を募り、これをうまく活用して競争力を高めていく必要がある。

経済産業省と東京証券取引所は毎年度、女性活躍の推進に優れた企業を「なでしこ銘柄」として選定している。「女性活躍と好業績の因果関係については既に多くの研究で裏付けされている」(内閣府経済社会総合研究所の林伴子次長)。経産省と東証も「(なでしこ銘柄選定企業は)東証1部(現東証プライム)上場企業の平均よりも総じて高い売上高営業利益率と配当利回りを示していることが読み取れる」として、企業に取り組みの加速を促す。

昨年7月には女性活躍推進法の省令が改正され、大企業は男女の賃金差を開示することが義務付けられた。同年10月には改正育児・介護休業法で男性の育休取得を推進する制度も施行された。そして政府はようやく、埋めがたい賃金格差を生み出した「元凶」ともいえる「年収の壁」の見直しにも動き出した。女たちの賃上げは、大きなうねりとなりつつある。

(日経ビジネス 飯山辰之介、西岡杏)

[日経ビジネス電子版 2023年3月14日の記事を再構成]

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