住友化学、原油高で一息 誤算のサウジ2兆円石化事業
住友化学が資本参加するサウジアラビアの石油化学プラント「ペトロ・ラービグ」。約2兆円の総事業費を投じながらも、石化製品需要の低迷などで業績が悪化し、減資と増資を組み合わせた財務リストラを予定するほどにまで累積損失が膨らんでいた。だが、ここに来て流れが反転。原油高につながった外部環境の変化を受けて、息を吹き返しつつある。
ペトロ・ラービグは住友化学とサウジアラビアの国営石油会社、サウジアラムコが37.5パーセントずつを出資する合弁事業だ。2005年に合弁会社を設立し、09年から操業を開始。ガソリンなどの石油製品のほか、ポリエチレンやポリプロピレンといった石化製品を製造してきた。現在は操業第2期に入っている。
「ラービグ計画は近年の当社案件の中で最も収益性の高いプロジェクト」「(中期経営計画において)『ラービグ計画の完遂』を最重要の課題として位置付ける」――。00年代に公表された住友化学の投資家向け広報(IR)資料にはこうした威勢のいい文言が目立つ。
経団連会長も務めた当時の住友化学社長、故・米倉弘昌氏の肝いりで進められた。ところが安定操業や収益化のメドがなかなか立たず、市場関係者らから「お荷物だ」などと指摘されることも少なくなかった。
近年も、新型コロナウイルス禍や原油価格の下落などで石油化学製品市況が悪化。定期修理で設備の稼働を止めた影響も相まって、ラービグは20年度(20年12月期)、最終損益が約1270億円の赤字と過去最悪の業績を計上した。
その後、定期修理を終え石化製品需要の回復などもあって業績は徐々に改善してきたものの、21年9月末でも累積損失は約400億円に上っていた。減資と増資はこの累損解消と財務体質の強化を図る目的で、21年12月に打ち出されていた。ラービグの自立的な経営を促し、住友化学が安定的に配当を得られるようにする狙いもある。

そんなラービグに関して住友化学は22年4月5日、予定していた減資のみ中止すると発表した。石化製品需要の回復などを背景にラービグの業績が改善し、累積損失額が当初想定よりも大幅に縮小する見通しとなったことが理由だという。
ラービグは最大79億5000万サウジリヤル(約2670億円)の増資のみを実施し、住友化学は出資比率に沿ってその37.5パーセントを引き受ける。ただし、住友化学とサウジアラムコはかつてラービグに供与した劣後融資を株式化する「デット・エクイティ・スワップ」を行うだけで、新たな資金は拠出しない。
ラービグの業績が改善する一因となったのが、ロシアによるウクライナ侵攻だったという。

ラービグは、石油精製や石化製品製造の原料に安価な中東産のエタンを用いる。その調達価格は1MMBTU(100万英熱量単位)あたり2ドル弱。これに対し、一般的な石化事業では原油価格に連動するナフサ(粗製ガソリン)が使われる。ラービグは原油や石化製品の価格上昇時にマージン(利幅)が拡大、コスト優位性も高まる。
ロシアとウクライナの緊張関係の高まりから、実際の軍事侵攻へと状況が悪化した中で原油をはじめとするエネルギー価格が上昇。アジア地区におけるナフサのスポット(随時契約)価格は3月上旬に1トン1000ドルを超え、約9年ぶりの高値を付けている。
結果としてラービグの競争力が高まった。ただ、足元の業績好転は自助努力というよりも「外部要因に助けられた側面が強い」(証券アナリスト)。この先、原油高が落ち着くことがあれば、再び苦境に追いやられてしまう可能性は残る。
住友化学への業績貢献においても、大きな支えになるかどうかは不透明だ。SBI証券の沢砥正美シニアアナリストは「ラービグの好業績が続いても、住友化学の石化事業は前年度からの反動減が予想され、全体として22年度は厳しくなるのでは」とみる。21年度は同業他社の生産トラブルで石化市況が高騰した「特需」に救われた。

そして、脱炭素の潮流も避けては通れない。住友化学によると、ラービグは一般的なものよりも二酸化炭素(CO2)削減効果の高い製造法でプロピレンオキサイドを作っているものの、ビジネス自体は石油精製や石化製品製造といった石化事業のど真ん中。世界が「50年のカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)達成」へ動く中、逆風も予想される。
「当社としては追加で資金支出は行わない、というのが変わらない姿勢だ」。22年3月に開いた機関投資家・アナリスト向け中期経営計画説明会で、岩田圭一社長はラービグに関してこう述べた。既に成長の柱に据えるのではなく、いかに投資資金の回収だけでも進めるか、という守りへと舵(かじ)を切っている。
国内の総合化学6社でみると、住友化学は年初からの株価下落率(4月12日時点)が1パーセント台後半と最も小さい。ロシアがウクライナに侵攻した2月下旬を中心に、各社が軒並み株価を下げた中でも、住友化学はラービグが支えとなり、下落率を比較的小さく抑えた。
とはいえ、足元の株価は500円台半ばと、ここ数年で付けた高値(18年1月の882円)からは4割近く安い。ラービグの業績反転を評価しつつも、市場はラービグに代わる中長期の成長戦略を求めている。
(日経ビジネス 生田弦己)
[日経ビジネス電子版 2022年4月14日の記事を再構成]
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