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脱炭素の救世主か 水素の課題と可能性、イチから学ぶ

CBINSIGHTS
二酸化炭素(CO2)排出削減が世界各地で喫緊の課題となる中、水素をエネルギーとしてどう活用するかが解の一つになっている。特に製造業では燃料電池トラックの米スタートアップが上場し、スウェーデンのスタートアップがグリーン製鉄所の建設のため資金調達するなど動きが活発だ。また肥料の原料となるアンモニアを使った燃料への活用などの事例もある。最新の動きや課題をまとめた。

製造や運輸、電力業界がCO2排出量の削減を目指すなか、水素は最も有望なエネルギー源になる可能性がある。

だが、広く導入されるようになるには、水素のコストが大幅に下がり、化石燃料と並ぶ水準にならなくてはならない。水素を大量に製造し輸送できるよう、製造能力や輸送網も強化する必要がある。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

こうした課題に対処するため、投資家は2030年までに世界で水素プロジェクトに約5000億ドルを投じる計画だ。水素、特に再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解して製造する「グリーン水素」のコストを大幅に引き下げるのがこうした構想の狙いだ。

一方、企業は温暖化ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の一環として、水素燃料で工場や自動車、電力を賄い始めている。

水素とは何か。どうやって製造、輸送、利用するのか

水素は地球上に豊富に存在する物質で、かねてエネルギー源として使われてきた。1950年代には米航空宇宙局(NASA)が液化水素をロケット燃料として活用したほか、今では石油精製や肥料の製造に産業ガスが広く使われている。

水素はこのところ、製造や輸送、電力業界の脱炭素化を支援する可能性から注目を集めている。水素燃料電池として利用する際には水蒸気しか出さず、燃焼してもCO2を排出しない。

もっとも、水素をエネルギーとして使うにはなおいくつかのリスクがある。例えば、水素を燃やして発電すれば有毒ガスの窒素酸化物(NOx)が生成されるため、排ガスを洗う洗浄機を搭載しなくてはならない。

水素の「色」

水素には天然ガスを改質した「グレー水素」、製造過程で生じるCO2を回収する「ブルー水素」、水を電気分解してつくる「グリーン水素」の3種類がある。

現在製造されている水素の大半はグレー水素で、メタンと水の化学反応で生じた水素を取り出す水蒸気メタン改質(SMR)によって製造される。

各社は脱炭素化の一環として、ブルー水素やグリーン水素の利用を増やそうとしている。つまり、水(H2O)を酸素と水素に分解する電気分解で製造する水素を増やさなくてはならない。

電気分解を行う水電解装置は、グリーン水素の供給を増やすカギとなる。建設中の大半のプラントは固体高分子膜(PEM)水電解装置を採用している。これは不安定な再生エネ由来の電気でも、従来の電解装置よりも簡単に水素を製造できる。

水素のバリューチェーン

水素のインフラは「製造」「貯蔵・輸送」「利用」の3つの分野で構築されつつある。

各分野は比較的開発初期の段階だ。この産業を次のレベルに引き上げるため、各分野では投資や実証実験、建設活動が増えている。

・21年に入ってからの水素テックへの投資の半数以上は水素製造企業に向けられている。各社は増えつつある需要を満たすため、プラントの建設を急ピッチで進めている。こうした施設の大部分はグリーン水素を製造する電気分解プラントだ。

・水素の貯蔵・輸送分野への投資件数は10%未満にとどまる。こうした企業は水素貯蔵タンクなど、水素の貯蔵・輸送の一面に特化しがちなのがその理由だ。一方、米チャート・インダストリーズなどの上場企業は、水素をパイプラインやトラック、ボンベなどで長距離輸送するため、巨額の費用が必要な大規模投資に取り組んでいる。

・水素自動車や製造業などで主に利用される。20年には水素自動車や水素航空機などの輸送形態に関心や資金が集まった。例えば、燃料電池トラックメーカーの米ハイゾン・モーターズは21年、特別買収目的会社(SPAC)を通じて上場し、6億ドル以上を調達した。製造業では、スウェーデンのH2グリーンスチール(H2 Green Steel)が最近、シリーズAのメガラウンド(調達額が1億ドル以上のラウンド)で1億500万ドルを調達した。資金は天然ガスの代わりに水素を使ってCO2排出量の多い製鉄プロセスを脱炭素化する「グリーン製鉄所」の建設に充てられる。

水素市場を軌道に乗せるには膨大な労力や多額の投資が必要だが、各社はこうしたテクノロジーを実装することで莫大なメリットを得る可能性がある。

水素はなぜ重要なのか

脱炭素化に向けて政府の規制が増え、投資家の圧力が高まるなか、製造、エネルギー、運輸各社はCO2排出を削減するために水素に注目している。

製造業では水素は業務の脱炭素化に使う事実上のエネルギー源になる。太陽光や風力は電力の脱炭素化を支えるが、現行の再生エネ発電の方法では製造業の業務に足る十分な電力を安定供給できない。一方、水素は鉄鋼、ガラス、化学製品、セメントに関連する高温の製造業務の燃料として活用できる。製造現場に設置するオンサイト型のモジュラー式電解設備は高い水素輸送コストが不要になるため、特に工場に適している。

エネルギー会社や電力会社は水素をエネルギー貯蔵に活用できる。水素は太陽光や風力など再生エネ由来のエネルギーを捕捉して貯蔵する「エネルギーキャリア」だからだ。これにより、例えば日が照らない夜間の住宅や町、工場の電力を賄える。しかも、従来の蓄電とは違いエネルギーを数日間どころか、数カ月間貯蔵できる。

輸送機器メーカーは環境に優しい車のオプションを検討しており、水素車は電気自動車(EV)よりもいくつかの点で優位に立つ。特に、水素燃料電池車(FCEV)はEVよりも短い充電時間で長い距離を走行できる。つまり、頻繁に充電する時間がない電車やトラック、その他の重機には水素の方が適している。充電ステーションへのアクセスが限られる鉱山など辺ぴな地域での業務を支える可能性もある。

製造や運輸、エネルギー企業は導入に際して何を検討すべきか

水素、特にグリーン水素を十分に調達する際、今後数年は主に次の4つの点を検討しなくてはならない。

・水素の供給を増やしつつコストを減らす

・水素キャリア

・グリーン水素への移行

・水素の供給インフラ

製造、エネルギー、輸送各社が水素燃料を使った解決策の導入を成功させるには、この4つの要素が重要になる。

水素の供給を増やしつつコストを減らす

水素の供給を増やしつつコストを減らすのは、水素の導入拡大における目下の最重要課題だ。

現在の水素の価格はおおむね1キログラムあたり3~6ドルで、各社は水素を天然ガスよりも有効な選択肢にするために1~2ドルを達成しようとしている。

各社はこの問題に次の手段で少しずつ取り組もうとしている。

1.水素プラントを建設して供給を増やす

2.水素プラントの稼働率を高める

3.電気分解プラントへの設備投資を減らす

4.再生エネ(太陽光や風力)発電のコストを引き下げる

グリーン水素の製造コストを大幅に下げるには、この4つの手段を全て実施しなくてはならない。もっとも、1~2ドルを達成できる時期は不明だ。

各社は水素の供給を増やすため、既に世界各地でプラント建設を進めている。水素協議会によると、21年7月時点で進行中の水素プロジェクトは製造、産業利用、輸送、インフラなど359件で、2月から131件(57%)増えた。

水素プラントが水素を供給し始め、供給量が増えると、プラント運営企業は収益性を高めるために稼働率を向上し、設備投資を抑える必要が出てくる。

再生エネに関しては、ソーラーファームやウインドファームを新設するコストは既に化石燃料を使う発電所よりも低い。太陽光と風力の発電容量の伸びはこの20年で最も大きく、再生エネの価格はさらに下がる可能性がある。

水素キャリア

環境に優しいエネルギー源としての水素の有望性を踏まえ、各社は水素を密度の高い状態にして貯蔵し、大量輸送を可能にする手段「水素キャリア」について研究している。液体有機水素キャリア(LOHC)などの水素化合物が主な例だ。

LOHCは製造、輸送、電力業界での利用に適している。LOHCは小型のモジュール式設備さえあれば、キャリアとなる化学物質から水素を分離できるからだ。

特に、一般的に肥料の原料として使われるアンモニアは、米エアープロダクツ・アンド・ケミカルズなどの企業から関心を集めている。アンモニアは既に広く製造されており、水素とは異なり高圧タンクで貯蔵する必要もない。この新たな商機を生かすため、CFインダストリーズやノルウェーのヤラ・インターナショナルなどの肥料大手は既にグリーンアンモニア製造工場の建設に乗り出している。アンモニアの有望性の高さから、製造、輸送、電力各社も直接燃料として利用する方法を探っている。

各社がアンモニアで特に有望視しているのは海上輸送だ。アンモニアは圧縮して貯蔵する必要がなく、エネルギー密度が高いため、水素を単体で運ぶよりも長距離の海上輸送に適している。例えば、フィンランドのバルチラ(Wartsila)は現在、フィンランドでアンモニアを燃料にしたエンジンを試している。同社は最近、アンモニアを70%混ぜた燃料を使った船舶用エンジンを作動させた。

もっとも、各社はアンモニア燃焼用に改良された分解装置、エンジン、燃料電池の最善の開発方法を解明しなくてはならない。

グリーン水素への移行

各社はグリーン水素を目標としつつも、プラント建設が可能になるよりも先に水素を製造、輸送、利用しようとしている。一方、何人かの企業幹部が決算会見で論じているように、各社はまずはグレー水素やブルー水素を利用し、供給が増えて価格が下がった時点でグリーン水素に移行するつもりだ。

だが現時点では、各社はまだ水素製造に使う再生エネ由来の電力の拡大に取り組んでおり、グリーン水素であれば全てグレー水素よりも環境に優しいとは限らない。中国やインドなどの国では、グリーン水素の製造に使う電力の方がSMRによる水素製造よりもCO2排出量が多い。こうした国は依然として化石燃料を使う発電に大きく依存しているからだ。このため、世界経済の脱炭素化を果たすにはクリーン電源への早急な移行が不可欠だ。

地域の太陽光や風力ファームの増設状況をチェックすることで、各社はグリーン水素の製造がいつごろSMRよりも真にクリーンになるかを把握しやすくなる。これは製造、輸送、エネルギー各社が検討すべき重要な点だ。太陽光や風力発電に近く、アクセスしやすい場所にプラントを建設すれば、グリーン水素に速やかに移行できる。

水素の流通インフラ

水素の供給という迫りくる波に対処するため、各社は現在よりもはるかに大量の水素を輸送しなくてはならなくなる。各社はこの課題に真っ向から取り組み、水素を安全に運ぶ方法を試そうといくつかの実証実験を進めている。

例えば、英電力大手ナショナル・グリッド(National Grid)は約1400万ドルを投じて英国に水素のテスト施設を建設しようとしている。水素はパイプラインを劣化させる場合があるため、同社は一般的な鉄製パイプラインが水素や、天然ガスに水素を混入したものに対応可能かどうかを確かめようとしている。この施設では水素を通常の圧力で運搬できるかどうかも調べる。これもパイプラインの劣化につながる可能性がある。

米エネルギー省の国立再生可能エネルギー研究所(NREL)もプロジェクト「ハイブレンド(HyBlend)」でこの問題への対応に取り組んでいる。

製造業、輸送機器メーカー、電力各社は水素を安全に扱うために既存インフラを取り替える必要があるかどうかを判断するため、こうした実証実験を詳しくチェックすべきだ。

地下での電力系統向け水素プロジェクトも進んでいる。オランダのコアエナジー(Corre Energy)はこのほど、欧州連合(EU)全域で電力系統用に水素を地下に貯蔵するプロジェクトの開発資金として約2400万ドルを調達した。製造各社は業務のエネルギー源として大量の水素が必要になるため、こうしたプロジェクトに注意を払っておくべきだ。

消費者向けの分野では、各社は水素ステーションを拡大しつつある。例えば、米ファーストエレメント・フューエル(FirstElement Fuel)は米カリフォルニア州最大の水素供給網を構築し、運営している。水素の製造拡大と並行し、ハイゾン・モーターズなどはFCEV、特に大型トラックなどの商用FCEVの開発に取り組んでいる。FCEVが公道を走行するようになれば、水素供給網の拡大が普及を支えるだろう。

水素の投資活動の状況は。主なプレーヤーは

21年の未上場の水素テック企業への投資額は既にこれまでの最高だった19年を超え、過去最高に達している。今年のベンチャーキャピタル(VC)投資の件数は既に54件、投資総額は6億9400万ドルに上っている。

これは投資家が水素テックに大きな商機があるとみているしるしだ。最も投資額が多いのは、気候テックやエネルギーへの投資に力を入れている米ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ、英APベンチャーズ、オランダのシェルベンチャーズ、米SOSV、米ザ・エンジンなどのVCだ。

上場企業も水素に資金をつぎ込んでいる。こうした企業は世界各地で最大規模の水素プロジェクトの資金の大半を提供し、建設しており、冒頭で述べた水素施設への5000億ドルの投資の大部分を拠出している。上場企業による投資のかなりの額は20年に表明された。同年の未上場企業への投資件数や投資額が減少したのとは対照的だ。

例えば、エアープロダクツ・アンド・ケミカルズは20年7月、70億ドルを投じてサウジアラビアに世界最大のグリーン水素プラントを建設する計画を発表した。さらに、フランスのマクフィー・エネルギーはこのほど、フランス国内での水素ギガファクトリーの建設地を選定した。

未上場企業の活動に関しては、この分野で最大の投資案件や注目すべき提携を抜き出した。

・モジュラー式の水素プラントメーカー、米Bayo Techは21年、シリーズCのメガラウンドで1億8700万ドルを調達した。将来の水素プラントをモジュール式にすることは、オンサイト型水素施設の増設を検討しているメーカーや電力会社にとって重要な検討事項だ。こうしたモジュラー式の水素プラントは建設場所や需要などの要因に応じて規模を拡大・縮小できる。

・水素航空機メーカーの米ゼロアビア(ZeroAvia)はこの1年でシリーズAにより5870万ドルを調達し、英政府から1600万ドルの助成金を受けた。巨大テックや航空各社などは航空機やボート、重機など自動車以外の市場機会を探っており、ゼロアビアは米アマゾン・ドット・コムや英航空大手ブリティッシュ・エアウェイズなどから出資を受けている。

・チャート・インダストリーズはこのほど、車載用の液化水素タンクを商用化し、これをハイゾンの水素トラックに搭載する契約を結んだ。

・カナダのバラード・パワー・システムズ(Ballard Power Systems)は21年5月、FCEVを商用化するため、カナダの自動車部品メーカー、リナマーと燃料電池パワートレイン(車の動力を生み出すシステム)を開発する戦略的提携を結んだ。

次の展開は

FCEVは拡大する構えを見せている。実際の車両走行に進んだ実証実験の一例は、中国のEVメーカー開沃汽車集団(スカイウェル、Skywell New Energy Vehicles Group)による中国の南京市でのバス車両試験だ。同社は20年の実証実験を終えた後、21年4月にカナダのループエナジー(Loop Energy)の燃料電池モジュールを搭載した水素バス10台を注文した。

各社は水素パワートレインの開発動向も注視すべきだ。改良が進めば、FCEVの導入が大きく広がる可能性があるからだ。独BMWやトヨタ自動車、韓国の現代自動車などの自動車メーカーは自社のFCEVのパワートレインの改良に取り組んでいる。

一方、オーストラリアのエンドゥア(Endua)や米メーンスプリング・エナジー(Mainspring Energy)などは水素のエネルギーキャリアとしての位置づけを生かした水素発電機を手掛けている。事業の脱炭素化を見据えて水素発電機を試し始めたエネルギーや電力会社にとっては注目だ。例えば、オーストラリアのエネルギー企業アンポル(Ampol)は自家発電のディーゼル発電機と置き換えるため、エンドゥアの水素発電機を試験導入している。水素発電機がさらに勢いづけば、分散している産業資産や遠隔地のインフラ、バックアップ電源システムなどに利用が広がる可能性がある。

水素のコストを下げるもう一つの有望な要素は、電解装置、特にPEM電解装置で高価な希少金属(レアメタル)を使わなくなることだ。デンマークのコペンハーゲンに拠点を置くハイメ(Hymeth)はレアメタルを使わずに銅、ニッケル、鉄を使う合金の触媒を開発した。同社は標準的なレアメタルの触媒と比べても性能は十分良いとしている。

イタリアのエナプター(Enapter)なども、やはりレアメタルを使わない「アニオン交換膜(AEM)」という別のタイプの膜を手掛けている。こうした解決策が商用化されれば、特に農業のように水素を活用する効果がそれほど明確ではない分野でも、こうした製品によって水素の導入がどれほど加速するかを評価できるようになるだろう。

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