プライム企業、ESGで巻き返し 「非財務」で価値向上
Earth新潮流 日経ESG編集部 半沢智

「国内外の多様な投資家から高い支持を得られる魅力的な市場を提供する」。東京証券取引所の山道裕己社長は1月11日、新市場区分の発表記者会見でこう語った。現在の東証1部、東証2部、マザーズ、ジャスダックという市場区分を、プライム、スタンダード、グロースの3つの市場に再編する。それぞれの市場の所属企業が発表され、4月の東証再編がいよいよ迫ってきた。
「小粒」企業多く
プライム市場のコンセプトは「世界経済をリードし、海外投資家の投資を呼び込む市場」だ。ではこの市場の実力はどうなのか。QUICKの協力を得て調査・分析した。プライム市場の上場企業1841社を対象に、時価総額、自己資本利益率(ROE)、PBR(株価純資産倍率)、独立社外取締役比率の4つについて調べた。
企業規模を表す時価総額を見てみよう。最も多かったのが1000億円未満で62.3%だった。2番目は1000億~5000億円未満で24.4%だった。運用規模が大きい機関投資家にとって、時価総額5000億円程度が投資対象の最低ラインと言われている。このラインに照らし合わせてみると、プライム市場の企業は86.7%が投資対象外となる。プライム市場は「小粒」企業が多く、機関投資家の投資対象としては見劣りがする。

企業の稼ぐ力を示すROEはどうか。株主資本からどれだけ効率的に利益を生み出したかを表す指標で、投資家が重視する。0~5%未満が26.2%、5~10%未満が34.7%で、6割以上が10%未満だった。
ROE8%超は約半数
米大手議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズは、過去5期の平均ROEが5%を下回り、かつ改善が見られない企業の経営トップの再任議案に反対推奨している。新型コロナウイルス禍の今は一時的にこの基準を猶予しているが、「5%」は経営陣を維持するための最低ラインといえるだろう。プライム市場はこれを下回る企業が3割弱あるのが現状だ。
経済産業省が2014年に公開した「伊藤レポート」では、グローバル投資家と対話する際の最低ラインとして「8%」を上回るROEをコミットすべきだとした。これをプライム市場に照らし合わせてみると、ROE8%超の企業はプライム市場の51.2%だった。日本企業のROE水準は徐々に上がってきているが、まだ約半数が8%をクリアできていない。
投資家の期待度を表すPBRも見てみよう。PBRが1倍を下回る状態は、企業が存続するより解散した方が価値が高いことを表しており、1倍は「解散価値」と言われる。プライム市場で見てみると、この解散価値以下の企業が47.2%と約半数を占めた。海外企業の平均PBRは、欧州企業は2~3倍、米国企業は4~5倍である。
「未来」の価値示せるか
PBR1倍以上は財務価値(純資産)以外の価値で、財務諸表に表れない非財務価値と捉えることもできる。つまり、多くの企業がESG(環境・社会・企業統治)を含む非財務価値を投資家に示せていない。

ここに、企業価値向上の余地がある。財務価値が財務諸表で示された「過去から現在」の価値である一方、非財務価値は財務諸表に表れない「未来」の価値だ。ESGを通じて将来の成長とリスク低減を示せるかが、日本企業の課題といえる。
世界全体から見ると、日本株は本来の価値より安い「バリュー株」に位置付けられる。最近は世界市場をけん引している米国のIT企業を代表とする「グロース株」ブームの勢いが弱まりつつある。こうなると、これまで安値で放置されていたバリュー株が見直される。東証再編は日本企業のESGの取り組みを海外投資家に伝え、成長を訴える機会にすべきだ。
社外取締役の選任進む
21年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、プライム市場の企業は取締役会において3分の1以上の独立社外取締役の選任が望ましいとした。プライム上場企業における独立社外取締役の選任比率を見てみよう。
結果は、3分の1未満が28.7%だった。ガバナンス・コードが定めるプライム基準である「3分の1以上」を満たす企業は7割超で、独立社外取締役の選任が進んできた。ただし、基準ぎりぎりの企業が4割近い。
海外投資家は独立社外取締役の比率や多様性を見て、企業のガバナンスや取締役会の実効性を判断する。プライム市場の上場企業は今後「海外並み」を迫ってくる海外投資家と対峙することになる。「プライム」の名にふさわしい企業を集めた魅力ある市場になるのか、それとも単なる「看板替え」なのか。海外投資家は、これを見極めようとしている。
[日経産業新聞2022年3月18日付]
