炭鉱の「カナリア」
SmartTimes WAmazing代表取締役社⻑CEO 加藤史子氏
明るい太陽の元、目の前に真っすぐに平たんな道が続いている。道はきれいに舗装されており障害物は何もない。このような状況で前進を求められたら誰もが大手を振って大股で歩くことができるだろう。

では逆に月明かりさえない闇夜にて前進しなくてはならないとしたら、どうするだろうか。両手を突き出し周囲に障害物がないか確かめながら息を殺して耳を澄まし姿勢を低くしてそろりそろりと進むのではないか。先を見通せない状況下で進むとき我々は本能的に触覚や聴覚、時には嗅覚といった五感をフル稼働させる。
これはまさに、コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻、対ロシア経済制裁によるエネルギー資源、小麦などの農産物のコスト高、コストプッシュによるインフレ、地震、それによる電力逼迫など様々な予測不可能な事象の中での会社経営に似ている。
未来は誰にもわからないからこそ現状を早く正しく把握するためセンサーをフル稼働させることが必要だ。まさに闇夜を進むときに五感を研ぎ澄ますように。
2020年2月14日、台湾の厚生労働省に相当する衛生福利部、中央感染症指揮センターが日本への渡航の警戒レベルを「1(注意)」に指定した。台湾発のニュースは当社台湾出身の社員により直ちに日本語翻訳され社内共有された。
この知らせを契機に当社のコロナ禍サバイバル戦略は動き出した。スタートアップ企業の財務基盤は脆弱で1日も時間を無駄にすることはできない。新たな資金調達、オフィス撤退も含めたすべての削減できるコストの見直し、インバウンド事業が売上ゼロになることを想定した新規事業の立案などである。
日本政府から初めての緊急事態宣言が発出される4月7日よりも2カ月弱はやく当社の緊急事態対応を開始できたおかげで、当社は従業員の雇用を守りつつコロナ禍を生き抜くことができた。
四方を海に囲まれている日本と違い、台湾など大国と近接している地域のアンテナ感度は鋭く危機察知能力は高い。
1986年のチェルノブイリ原発事故発覚の契機はソ連政府による発表ではなかった。放射性物質の異常値を検知したスウェーデンが、在ソ連の自国外交官を通じてソ連政府に接触をし確認をしたことが正式発表につながった。
当社の外国籍従業員の数は50名を超え出身地も多様だ。多様性ある人材による組織、いわゆるダイバーシティー経営は決してきれいごとではなく「炭鉱のカナリア」の役目も果たす。
不透明な時代だからこそ多様な人材により種類や感度の違う複数のセンサーを持ち、集まった情報からスピーディーに経営判断をする重要性はますます高まっている。
[日経産業新聞2022年4月22日付]
