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今治造船、スエズ座礁も船主業継続 様々なリスク認識

日経ビジネス電子版

国内造船最大手の今治造船は2021年3月期の最終損益が黒字転換した。同社を巡っては、グループの正栄汽船(愛媛県今治市)が船主となっているコンテナ船が3月、エジプトのスエズ運河で座礁したことが記憶に新しい。だが、決算会見では、事故で賠償金を支払う事態になったものの船主業に取り組み続けると強調した。

「あの案件でコンテナ船の保有をやめる気は全くない。リスクがあると認識したうえで造船業と一体になって船主業をできるくらいの規模感を持たないと、今後は造船経営自体が厳しい」

今治造船の檜垣幸人社長は12日、年1度の定例記者会見で、自身が社長を務める正栄汽船の座礁事故についてこう語った。

3月下旬に正栄汽船が保有する大型コンテナ船「エバーギブン」が運河をふさぎ、400隻以上の船に影響が出た。全長400メートルあまりの同船は3カ月超を経て、ようやく7月7日に同運河から出航した。スエズ運河庁が5億5000万ドル(約600億円)の賠償を求めたのに対し、船主側は1億5000万ドルを提示して交渉が長引いていた。交渉は6月下旬に基本合意していた。

保険会社などを含め毎日のように開かれた交渉は、100日あまりのうちに計84回に上ったという。「何事をやるにも初めての出来事。危機管理室の設置なども検討していかなければならない」と今治造船の幹部は話す。

賠償の合意額は公表されていないが、檜垣社長は賠償額について「保険の範囲でカバーできる」という。

鋼材のコスト、4割上昇の動き

一方、本業はどうだったのか。今治造船が12日発表した21年3月期の売上高は前の期比2%減の3712億円。損益については具体的な金額を公表していないが最終損益が黒字に転換したという。

建造量は前の期より減ったが、年度を通して工事量が平準化し、為替が改善したことで収益が上がった。20年3月期にコロナ禍で保有株の価格が落ちたマイナスの影響も、世界の経済回復の傾向によって消えたという。

今治造船は22年3月期の船の建造量について、コンテナ船などの建造が増え前年並みとしている。だが、檜垣社長は「低い価格で受注した船の工事が残っているほか、鋼材などの値上げ圧力が日増しに強くなっている」と話す。国内でトヨタの次に鉄鋼を多く買っているとされる同社にとって、原材料の価格変動の影響は大きい。今治造船は交渉中のようだが、ある造船会社では「(中国での経済回復などに伴う)需給ひっ迫を背景に、7月以降の鋼材価格が1~6月に比べ4割近く上がった」という。

足元のこうした厳しい収益環境に加え、様々なリスクが高まる中で、経営の緩衝材としてむしろ重みが増しているのが船主業だ。造船会社がグループ会社として船主を持つことによって、長期的な用船契約を結ぶ以外にも、船価の厳しい時期に船主が船を買い取って黒字を確保できるタイミングになってから売却する、といった対応が可能になる。

業界各社は米中摩擦に大きく揺さぶられ、新型コロナウイルス禍の直撃も受けた。目の前では鋼材の急な値上がりが見込まれ、さらには脱炭素に積極的に投資しなければならない。

脱炭素を巡っては、国際海事機関が50年までに08年比で海運業界からの二酸化炭素(CO2)排出量を半減させる目標を掲げている。国内造船各社は液化天然ガス(LNG)やアンモニア、水素など様々な燃料を使った最先端の船の開発に追われている。

ある造船会社幹部は、21年度の業界の動向について、鋼材価格の上昇とオペレーターからの脱炭素関連の技術開発への要請という2つのコストが重荷になり「船価が回復して見かけの売上高は回復できても、造れば造るほど赤字になる状況も考えられる」と話す。リスクの荒波を乗り越えていく上で、座礁事故のようなことがあっても、船主業が果たす役割は大きい。

今治造船グループの正栄汽船は1960年代に事業を始め、今や100隻超の船を保有する国内トップの船主となっている。ツネイシホールディングス(広島県福山市)や名村造船所などもグループで手掛けている。2021年中には中堅の尾道造船(神戸市)が参入する見通しだ。同社は今後数年間、赤字を覚悟するなど厳しい経営環境にあり、幹部は「造船業だけではもうからず、やらざるを得ない。船主業は船を売るタイミングをコントロールでき、損失を吸収できる可能性がある」と話す。

相次ぐ事業停止や撤退

船主業ではないとしても何か手を打たなければ造船業界はますます厳しくなる。

名村造船所は21年に入り子会社の佐世保重工業(長崎県佐世保市)での新造船事業休止を発表。22年3月期まで6期連続の営業赤字となる見通しで、約250人の希望退職を募っている。サノヤスホールディングスは造船子会社を新来島どっく(東京・千代田)に売却。神田造船所(広島県呉市)は22年に造船事業から撤退する。

「かつて日本に造船という産業があった、という未来がきてもおかしくない」と、ある業界関係者は危機感を募らせる。日本船舶輸出組合(東京・港)によると国内の造船会社の受注残にあたる手持ち工事量は6月末時点で1807万総トンとなり、およそ四半世紀ぶりの歴史的低水準に沈んだ20年に比べれば1.3倍だが、業界関係者の多くは先行きを不安視する。

新造船の建造量シェアは1990年代まで日本がトップだったが、現在は国の後押しで巨大化した中国、韓国勢がしのぎを削る。こうした構図の中で生き抜く上でも、単なる「造船」という事業だけに依存してはいられない現実がある。

(日経ビジネス 西岡杏)

[日経ビジネス電子版 2021年7月14日の記事を再構成]

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