一度は復活も再び危機に 救えるか絶滅寸前のオオカミ

世界で最も絶滅に近いオオカミが、米国にいる。アメリカアカオオカミ(Canis rufus)だ。
野生におけるその数はわずか20頭弱。ノースカロライナ州東部のアリゲーターリバー国立野生生物保護区およびポコシン湖国立野生生物保護区周辺のごく狭いエリアに生息している。
アメリカアカオオカミはかつて、テキサス州から米国東海岸にかけて生息していたが、狩猟によってその範囲が徐々に狭められ、1980年には野生下での絶滅が宣言された。1987年、8頭の飼育個体をノースカロライナの野生に放つという画期的な実験が行われ、やがて100頭以上の個体群を形成するにいたった。にもかかわらず、密猟と、米国魚類野生生物局による管理方法の変更によって、その数は再び激減することとなった。
2021年の春、保護活動家にとってささやかな朗報があった。飼育下で生まれた子4頭をオオカミの巣穴に入れたところ、野生のオオカミがこれを受け入れてくれたのだ。さらには、別の成体4頭も野生に戻された。子オオカミたちは今も元気で暮らしているようだが、成体の方はそううまくはいかなかった。数カ月後には3頭が車にひかれて死に、4番目の個体は私有地で射殺された。
個体数を増やしたい魚類野生生物局は11月、新たに9頭の成体を放す計画を発表した。同局はまた、ノースカロライナ州におけるアメリカアカオオカミの保護地域を90%縮小するという18年の提案を撤回することも先日発表している。絶滅危惧種法に違反しているとの訴訟を受けての措置だ。
保護団体「ワイルドランズネットワーク」のロン・サザーランド氏は、政府がこの誤った提案を放棄したことは極めて重要だと述べている。それでも「現在の状況は、18年よりもさらに緊急性を増しています。この種を救い、危機から立ち直らせるために、米国の動物保護コミュニティーは緊急に対応を開始すべきです」と氏は言う。
「われわれは、人とアメリカアカオオカミのより有益な共存を促すための方法を見つけるために、関係者と引き続き協力していきます」。魚類野生生物局のアメリカアカオオカミ回復計画を主導するエミリー・ウェラー氏はそう述べている。

野生のオオカミ
現在、ノースカロライナ州に生息する小規模な野生個体群のほかに、約240頭が米国内の動物園や自然センターの人工飼育下で暮らしている。これらの施設では、個体数の回復と遺伝的多様性の維持を目的とした繁殖が行われている。アメリカアカオオカミの「種の保存計画(SSP)」の一環だ。
ノースカロライナ動物園の動物管理主任で、アメリカアカオオカミSSPのコーディネーターであるクリス・ラッシャー氏によると、研究者らは、絶滅を防ぐための重要な一歩として、飼育下の個体数を合計400頭にまで増やしたいとしているという。
次に必要なのは、より多くのオオカミを自然に放すことだと、サザーランド氏ら保護活動家は言う。「野生下に暮らす個体数がもう一度40~50頭まで増え、軌道に乗る兆しが見えてくるまで」は、こうした放獣を続けていく必要があると、氏は述べている。現時点でアメリカアカオオカミを支える最善の方法は、「成体や若いオオカミを放すことよりも、飼育下にある子供を、子連れの野生のオオカミに引き取ってもらうこと」だという。
アメリカアカオオカミが自分たちの周りの環境をよく知るためには、おそらくは親から教えてもらうのが一番だ。親オオカミは、道路を避けること、狩りの方法、巣穴を構える場所などについて、何世代にもわたって蓄積されてきた知恵を授けてくれるに違いない。子供を野生の親に里子に出すプロセスは、アメリカアカオオカミにおいては100%の成功率を誇っており、これは個体群の遺伝的多様性にもつながる。

ただし、これはタイミングが難しい。野生のオオカミが子を産んだタイミングをねらう必要があるからだ。19年と20年は子が生まれなかった。ただし21年の里子作戦はどうやら成功したようだ。今年の冬もつがいが何組か放たれるが、彼らが春に子供を生むかどうかも蓋を開けてみるまではわからない。
飼育下のオオカミたちは、自然の中に放たれる日に備えるために、外の世界で遭遇するであろう風景を再現した大型の囲いの中で飼育される。交通事故に備えるのは容易ではないが、飼育員らは慎重に、ネガティブな要素を環境に採り入れる試みを行っている。たとえば、飼育下のオオカミが、車の音から健康診断などのいやな体験を連想するように仕向ける、といったものだ。
一方で、ポジティブな要素も採り入れている。新しい香りや自然物、録音された動物の鳴き声、隠された食べ物、獲物のまるごとの死骸などを使って、精神的・肉体的な刺激を与えるというものがあると、ミズーリ州にあるエンデンジャードウルフセンターのレジーナ・モソッティ氏は述べている。
飼育下にあるオオカミが人間から食べ物を連想するのを避けるために、餌の時間は一定にならないように設定されている。オオカミたちはまた、可能な限り家族のグループで飼育される。これは「野生環境で彼らが経験するものに近づける」ためだと、ラッシャー氏は言う。
魚類野生生物局は、自動車との衝突を減らすための戦略を立てており、自動車用の標識、野生動物用の横断歩道、道路反射板のほか、オオカミに車や道路を避けることを学習させる嫌悪的条件付けなどに取り組んでいるという。

また、今冬に予定されているものも含めた将来的な放獣は、作物の生育期を避けて行われる。そうした時期であれば、近隣の道路の交通量が少なくなるからだ。魚類野生生物局は州の交通局と協力して、携帯できる電子メッセージボードを4台購入しており、これはさまざまな場所でドライバーに注意を呼びかけるために使われる。
オオカミとの共存
アメリカアカオオカミの保護において重要なことのひとつは、彼らはこの土地の一部であり、人間の生活を脅かすものではないことを人々に理解してもらうことだ。
アメリカアカオオカミは、米国の絶滅危惧種法のもとで保護されているもの21年9月22日付で学術誌「Biological Conservation」に掲載された研究によると、生息数が回復している地域に住む人間のうち、ごく少数が、オオカミを絶滅に追いやっている主な要因であることがわかったという。
地元住民の大多数がオオカミに好意的な印象を持っているにもかかわらず、地域のハンターの11%が、オオカミに遭遇した場合は殺すと答えている。「ワイルドランズネットワーク」をはじめとする保護団体は長年の間、アメリカアカオオカミは人間にとって危険な存在ではなく、地域の野生生物資源にも害を与えないという事実を伝えるための活動を続けてきた。

政府機関と自然保護団体は力を合わせて、地域社会の理解を求めるためのプログラムを進めていきたいとしている。具体的な例としては、バーチャルな説明会、看板設置などの広報活動のほか、「プレイ・フォー・ザ・パック」というプログラムの提供などがある。
このプログラムは、アメリカアカオオカミに適した生息地をつくり、これを維持し、彼らが私有地に入ることに同意する代わりに、地元の土地所有者にインセンティブを提供するというものだ。魚類野生生物局は現在、「プレイ・フォー・ザ・パック」を通じた合意のもとに約4平方キロの私有地を確保しており、これをさらに増やすべく動いている。
魚類野生生物局は最近、アメリカアカオオカミの最新の個体回復計画を策定するための専門家チームを結成した。この計画には、彼らのかつての生息範囲内(ノースカロライナ東部の外側)における、野生の個体群が定着できる可能性のある場所の調査も含まれる。
同局はまた、アメリカアカオオカミの縄張り確保と交雑回避のために、コヨーテの捕獲と不妊手術を再開するとしている。これは、かつては効果を上げていたものの、近年では中断されていた手法だ。
ほぼ復活していた種が再び絶滅の危機にひんしていることで、アメリカアカオオカミの回復は「最初からやり直し」のように思われるかもしれないが、生物学者や専門家らは過去30年間で、何をすべきかについてたくさんの知見を得てきた。
数多くの不幸な失敗、挫折があり、課題はまだ残っているものの、多くの人が「この種を本来の生息地に復活させるために努力し、希望を抱く新たな理由を見出している」ことには、大いに勇気づけられるとモソッティ氏は言う。
(文 MEAGHAN MULHOLLAND、写真 JESSICA A. SUAREZ、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年12月9日付]
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