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アマダ次期社長がひらく「誰でも熟練技能者」時代

日経ビジネス電子版
板金加工機世界大手のアマダは9日、技術畑出身の山梨貴昭取締役専務執行役員(59)が4月1日付で社長に昇格すると発表した。同社は神奈川県の本社に約250億円を投じて金属加工のイノベーション(技術革新)拠点を開いたばかりで、山梨氏はその推進役にもなる。新トップの下でデジタル技術とものづくりの融合を加速し、「誰でも熟練技能者になれる」時代を切り開く。

アマダはステンレスなどシートメタル(金属板)を曲げたり、レーザーで切り抜いたり、プレスしたりする板金加工機の世界大手。2015年から社長を務めてきた磯部任氏(61)は、欧米や新興国でのグローバル事業を成長させたほか、自動化装置メーカーなどのM&A(合併・買収)にも踏み切った。磯部氏は代表権のある会長に就く。

2019年3月期連結決算(国際会計基準)で過去最高の売上収益(売上高に相当)と営業利益を計上。新型コロナウイルス禍でいったん落ち込んだものの、23年3月期は回復し、売上収益は前期比12%増の3500億円、営業利益は25%増の480億円といずれも4期ぶりに最高を更新する見通しだ。

磯部氏の後任となる山梨氏は技術開発部門が長く、ファイバーレーザー加工機などの製品競争力を大きく高めた。アマダは早くから金属加工のデジタル化や自動化に力を入れており、分厚い顧客基盤を持つ。山梨次期社長の下で顧客志向の技術開発を一段と進め、グローバルな競争を勝ち抜く考えだ。

新たな成長のエンジンになりそうなのが、神奈川県伊勢原市の本社に3日開設した「アマダ・グローバルイノベーションセンター(AGIC)」だ。とにかく大きい――。これが訪問した第一印象だ。延べ床面積はサッカーコート約4面分に相当する約3万平方メートル。鋼鉄やアルミなどの板を切り抜いたり、曲げたり、溶接したりする機械がそこかしこに並ぶ。

誰でもどこでもデジタルものづくりを

顧客が一定期間、専用に使えるラボルームは9室そろえた。各室には様々な板金機械をそろえるほか、9室とは別に金属成分を分析したり、加工精度を見極めたりする測定室も。キーエンスなどの高価な測定器がずらりと並び、加工精度を精密に検証できるよう室内温度はセ氏20度に保たれている。250億円を投じた設備の充実ぶりからは、顧客の課題解決では競合に負けないという気概がうかがえる。

顧客である金属加工会社は、アマダのエンジニアらとたっぷり時間をかけて新技術や高効率な生産ノウハウを追求。アマダは顧客の困りごとを拾い上げ、新たなソリューションサービスを考え抜く機会にしたい考え。一方通行ではない"共創"の場として、アマダが顧客に寄り添った開発を進める心臓部になる。

「多彩な環境と機能を完備した。技術志向を一層強めていく」。アマダの磯部社長は3日の記者会見でこう力を込めた。構想から実現まで3年を費やし、用意した90機種のうち85%が新機種ということからも磯部社長の肝煎りだったことがうかがえる。

「誰でもどこでもデジタルモノづくり」――。アマダが打ち立てる旗印は、ずばりこれだ。AGICでのデモンストレーションではアマダが持つ最新技術を随所にみることができた。

加工現場でAR技術が威力

例えば板金を曲げ加工する「ベンディングマシン」。機械に取り付けられたディスプレーには、作業者が板金をセットするスペースの映像が映し出さている。そこに板金をセットしようと持っていくと、ディスプレーにAR(拡張現実)技術によって作業者に対する指示がビジュアルに表示される。

板金の置き方を間違えると位置や向き、傾ける角度などのずれが瞬時に分かる。作業者はARの指示通りにセットし直すだけ。これなら素人の記者でもできると感じた。

1つの曲げ加工が終わると、次に部材をセットする位置が再びARで指示される。複雑な形状でも指示通り位置を重ね合わせるだけで次々と加工でき、あっという間に図面通りの品が完成した。これがアマダ流の「デジタルツイン」だ。

従来はCAD(コンピューターによる設計)データを横目に見ながら、作業者が曲げる位置や角度を見極めながら加工していた。視線も頭脳もリアルとデジタルの間を行き来していたが、一気にそのわずらわしさを解消した。

三菱電機などとシェアを争う「ファイバーレーザー加工機」でも誰でもものづくりを体現する。ファイバー加工機は光ファイバーを増幅媒体に使ったビームで金属板を切り抜く。

加工中、余分な溶融物を付着させず高精度に切り出せるかが腕の見せどころだが、それにはビームを操る熟練の技能がいる。金属の材質や板厚によって光の径や形状、出力を最適に調整する必要があるからだ。

アマダはその高度なスキルから作業者を解放。加工条件を入力すれば無段階でビームの径や形状が変わるユニットを開発し、新境地を切り開いた。「熟練技能者不足という現場の課題からシーズを発掘し、スキルレスという形で製品化した」と山梨次期社長は説明する。

政府の22年版「ものづくり白書」によると、製造業における能力開発や人材育成に関する問題点として、回答企業の約64%が「指導する人材の不足」を挙げた。製造業の就業者数は21年までの20年間で約157万人減り、全産業に占める就業者の割合も3.4ポイント低下している。この窮状にアマダは「誰でも熟練技能者」という答えを用意した。

さらに「どんな状況でも」加工を止めない技術も盛り込んだ。例えば加工機を音声で操作できる機能。これまで作業者は材料などを持って手がふさがっていたり、その場から離れられなかったりする場合、操作盤のパネルに触れられなかった。だが、音声操作機能が付いているとどんな状況でも声だけで機械を操れる。

モバイル端末からならどの機械でも遠隔操作できる。特定の機械に縛られることなく、どこからでも複数台を一元管理できるというわけだ。

AGICでは顧客に寄り添ってイノベーションに磨きをかける考えだが、磯部社長はこうした部分最適を超えて「工場全体」に革新を呼び起こすデジタルサービスに突き進もうとする。

次期社長に託す将来像の実現

実はアマダは機械業界では、バーチャル空間でリアルなものづくりを進める「デジタルツイン」のパイオニアだ。今でこそ製造業ではデジタルツインがもてはやされているが、アマダは2000年前後から「デジタル板金工場」などと呼んでデジタルツインをサービス化していた。

それまで金属加工業者は部品の試作で、2次元の設計図面を脳内で3次元化し機械でどう加工すればよいかプログラムを自分で考えていた。アマダは設計図を3次元でデジタル化し、加工手順など機械を動かすプログラムも自動作成。デジタル試作から実際の加工までシームレスにできるソフトを世に送り出した。加工検証の時間は大幅に削減され、「エンジニアリングのアマダ」の地位を不動にした。

今では機械の稼働状況の監視や故障の未然予防メンテナンスなどIoTのプラットフォームを構築。顧客から吸い上げたデータを基に効率的な加工方法や生産性改善のポイントなどリポートを送り、特に中小企業にとって欠かせない存在になっている。

10年代後半、ファナックの「フィールドシステム」や三菱電機を中心とする「エッジクロス」など工場のIoTプラットフォームは続々と登場したが、工場には十分浸透しきれていない。一方、アマダの顧客の間では、すでにこの5年あまりで約2000社・4000台の機械に最新の「V-factory」と呼ぶプラットフォームが普及している。

アマダは3年以内にこの数を5000社まで引き上げる考えだが、V-factoryはまだ機能的に「つながる工場」になりきれていない。「設計から部品の調達、生産計画、加工、メンテナンスまで一気通貫でサービス化する」(山梨次期社長)青写真を描くが、完成にはしばらく時間がかかる見通しだ。

「誰でもどこでも」をうたうイノベーションで顧客を囲い込み、「工場丸ごと請負人」になる将来像を描くアマダ。これを完成させるのが山梨次期社長の1つの大きな使命となる。

(日経ビジネス 上阪欣史)

[日経ビジネス電子版 2023年2月9日の記事を再構成]

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